「コメ農家の時給は10円」 2025年もコメ不足は続くのか…「減反を続ける政府の責任」

 2024年夏、スーパーの棚からコメが消えた「令和の米騒動」がなぜ起こったのかご存じだろうか? 民間業者によるコメの奪い合いや、事実上の「減反政策」。それらが続く限り、25年もコメ不足に——。ノンフィクション作家・奥野修司氏による深層レポート。  *** 【写真を見る】「時給10円のコメ作り」 農家は悲鳴を上げる 「2024年の米不足は、23年の秋から予測されていました。つまり、偶然に米が不足したわけではないということです。このままでは25年も米不足になる可能性は非常に高いですね」  こう言うのは老舗米問屋の山中和平さん(仮名)である。数百軒の農家から米を集荷し、病院や外食産業などに販売し、米の流通の川上から川下まで知悉(ちしつ)する人物だ。 2025年もコメ不足か  24年の米不足は、1993年(平成5年)の「米騒動」ほどではないが、スーパーから次々と米が消えたのは、さすがに衝撃だった。新米が出回るようになって事態は収まったかに見えたが、棚に並ぶ米は少なく、値段は高止まりしたまま下がる気配がない。消費者にすれば、米は確保できても、高値が続くことに不安が消えない。それなのに、25年も米不足になるとはどういうことなのか。 民間市場で米の奪い合いに  1947年(昭和22年)に農業協同組合法ができて、農家が作る米は農協が集荷するようになったが、山中さんの会社は、農協がまだできていない戦前から米を集荷してきて膨大なデータがある。その山中さんにまずスーパーから米が消えた背景を語ってもらった。 「2023年(令和5年)産の米は、九州あたりは豊作でしたが、米どころの秋田、新潟、富山など日本海側は良くなかった。国が作柄概況は平年並みと発表した10月ごろにはすでに、北陸や東北の業者から『集荷が始まったのに、倉庫に米が全然集まらんぞ』という声が聞こえていたんです。もしかしたら来年は危ないかもしれん、そんな雰囲気でしたね。うちは前年産の米も抱えていたので、何とかなると思いましたが、各地の米問屋は戦々恐々だったはずです」  作況が平年並みといっても、調査する水田を定めて収穫量を推定するか、衛星写真で推定して決めるのだが、実際に収穫してみないと正確な量は分からない。結局、23年度は日本海側が高温障害で品質の低い米が多く、精米したら歩留まりが悪かったのだ。前年と比べ推定7万トン減少したといわれる。  24年が明けて3月になると次第に米の値段が上がり、民間市場では米の奪い合いが始まったという。 「米の相対取引価格(JA全農などが卸売業者に販売する価格)というのがあります。ここ10年、収穫時期から翌年まで価格が変わらないか下がるのが普通だったのに、23年産だけは上がっていたんです。かなり珍しいことでした。春先から品薄感が続いていたこともあって、不安になった業者は米不足を念頭に、量を確保しようとあわてて動いたのです」 「スーパーを守ろうという気持ちはないね」  在庫を持たない米問屋などは「買えるときに買ったほうが勝ち」とばかり買いに走ったという。5月の連休が明ける頃には、買いが買いを呼んで民間市場では2万4000円(60キロ)を超える異常な相場になっていた。やがて8月8日に南海トラフ地震を想定して「巨大地震注意」が発表されると、あっという間にスーパーの棚から米が消えてしまった。 「実は、米がなかったわけではないんですよ」と山中さんは意外なことを言う。 「ただ在庫は限られていましたので、スーパーに卸すか、年間契約している病院や飲食店、外食産業に卸すかでずいぶん悩みました。米がなければ外食産業は営業できないし信用にも関わります。病院は入院患者に影響します。結局、ほとんどの問屋はスーパーには量を絞って納入し、外食産業などを優先しました」  山中さんはこう言ったが、関東のある問屋はこんな本音を語ってくれた。 「スーパーは一定量売れるから取引しているが、市場価格が安くなると値段はたたかれるし、売れ残ったら引き取らされるんだから、消費者には申し訳ないが、スーパーを守ろうという気持ちはないね。米が足りなくなったら、次回も真っ先にスーパーから消えると思うよ」 三つの理由  それにしても1993年のような冷害があったわけでもないのに、なぜ主食の米がスーパーの棚から消えてしまったのだろう。米が不足した直接的な原因について、山中さんは次の理由をあげた。 1.日本海側の米の品質が悪く、精米時の歩留まりが下がった。 2.おにぎりブームで、国民1人当たりの米の消費量が増えた。 3.みそ、醤油に使う加工用米も不足していたため、主食用米が使われた。  異常気象のせいで、2023年産は日本海側の米どころが不作に加えて質も悪く、精米時の歩留まりが1.4%ほど低下したと山中さんは言う。また、おにぎり人気のおかげで、全国のおにぎり店がここ数年で2000軒を超えたそうで、結果的に国民1人当たりの米の消費量も増えたという。ただ、それでも全体で数万トンだろう。みそ、醤油に使ったのは1万〜2万トン程度だろうし、インバウンドの増加で米の消費量も増えたが、想定外ではなかったはずだ。 米余りをなくそうとする政府  山中さんの推計では、見通しと実際の需要との差は13万トン前後である。  農水省が24年10月30日に発表した需要量は23年秋の見通しを23万トン上回ったが、23年産の主食用米の収穫量661万トンに対してわずか3.5%に過ぎず、深刻な米不足を起こす要因とは思えない。では、何がスーパーの棚から米を消したのだろうか。 「需要に対する生産量が非常にタイトで、消費の変動をカバーできなかったんです。政府は米余りをなくそうとして、全農などと調整して収穫量を毎年減らしていますが、21年に過去最大級の補助金を出して主食用米を飼料用米や加工用米に転作させ、水田を畑に変えて“減反”を強行しました。その結果、21年産まで700万トン以上はあった主食用米の収穫量が、22年産は一気に30万トン減の670万トンに、23年産は661万トンまで減少したのです。結局のところ、すべてこれが原因です。もし23年産が700万トンだったら、たとえ需要が予想より20万トン増えたところで、たいした影響はなかったはずです」 「減反」を強行してきた政府の責任  だったら増産すればいいのにと思うが、政府はそうしたくないようである。  戦後の日本は米余りが続き、1970年代から減反政策を取ってきたが、安倍政権は「減反政策は終わった」として2018年に廃止した。しかしこれはまやかしで、減反政策は、形を変えて今も続いている。それが山中さんの述べた、主食用米から大豆や家畜に食べさせる飼料用米への転作を促す補助金政策である。  しかも、20年に新型コロナウイルスがまん延する。外食産業の売り上げが激減して、米の在庫がだぶつき、米価が大幅に下落した。政府はその対策として、主食用米から飼料用米への転作を加速させる。20年まで飼料用米の作付面積は7万ヘクタール前後が続いていたのに、22年は急激に14万ヘクタールにまで広がっているのがそうだ。  ところが農水省は、コロナ禍が収まった後もこの「減反」を続けた。 「コロナ禍で米が余り、農協と全農が長期にわたって保管したからその負担が重かったのでしょう。それを国が補填したから財務省がうるさかったようで、米余りを避けたいのです」  農協を守る意味もあったのだろう。今も米の生産量を、毎年10万トンを目安に減らし、需要に見合った量に抑えて米価を維持している。反面、生産量に余裕がないから、ちょっとしたことで米不足になるのである。令和の「米騒動」が起こったのは、数字だけを見て、節約一辺倒で「減反」を強行してきた政府の責任といえる。 危険な状況は変わらず  新米が出始めても、9月いっぱいは陳列棚に米がないスーパーもあったが、さすがに10月に入ると売り切れ状態は見られなくなった。これで安心した人は少なくないだろうが、今も危険な状況は変わらないと山中さんは言う。  例えば、農水省が発表する「6月末民間在庫量」である。その年の主食用米の需給状況を知るのによく使われる数字で、同時に翌年の予測も出るが、今回は農水省の推定と民間業者の推定が違うそうだ。 「23年の『6月末民間在庫量』は197万トンでした。24年の在庫量は153万トン、44万トン減です。25年の6月は24年より9万トン多い162万トンというのが10月末時点での政府の予想です。私らにすれば極めて楽観的な数字です。もっと減るだろうと予測しています。おそらく142万トン前後でしょう。理由はいくつかあります。23年の今ごろは、まだ業者も前年の22年産米を抱えていました。ところが、24年はすでに23年産米がなくなって24年産米の早食いが始まっています。米問屋にすれば倉庫に米がなくなるのだけは避けたいから、通常なら1〜2カ月分確保する在庫を、あわてて1カ月分ほど増やしているんです」 「新米が出回る時期になっても農協の倉庫はガラガラ」  それでも政府は、実質的「減反政策」をやめるつもりはない。仮に増産して米価が大幅に下落したとしても、EUのように打撃を受けた農家に「直接支払い」で所得を補助する制度があれば農家も安心だが、農水省は考えていないという。つまり増産で米価が下がれば消費者は喜んでも、農家はつぶれるだけなのだ。 「米の取引は全農や農協が扱っているものと思われがちですが、西日本で農協が扱う米の量は全体の3割(全国平均で5割強)で、残りの7割はその他の民間業者です。ところが、米不足で卸売価格が上がったため、今年の農家は農協に持ち込みません。農協での価格が安いから、高く買ってくれるところに行くんです。おかげで新米が出回る時期になっても、農協の倉庫はガラガラなのです」  大手商社もこの流れに影響されているという。 「大手商社は主に大手外食チェーン店などに納入していて、全農から買うのが普通です。全農も総合商社ですからね。ところが、24年はその他の民間から買いました。米はたいてい農協経由で全農に集まるものですが、それが集まらないので背に腹は代えられなかったのでしょう。かなり異常な状態です。何事もなければいいですが、余裕のある収穫量ではないので、需要が想定外に増えると来年も米不足になります」 「作れば作るほど借金が増える」  米の大半を、農協ではなくその他の民間業者が扱っていることは意外に思われるかもしれない。かつて米は食糧管理法(食管法)によって農協に持ち込むしかなかったが、1995年(平成7年)に新食糧法が施行されて、誰でも米を自由に売買できるようになったからである。ただ、米の流通の大半を、その他の民間業者が握ったことで、過不足に過敏に反応するデメリットもある。24年の米不足も、そんな影響があったという。「安定供給でいえば農協や全農です。民間はやはり動きが激しいですからね」と山中さん。  2024年10月、新米の卸売価格(相対取引価格)は、前年より5割以上高い2万3800円だった。31年ぶりの高値だそうだ。いずれ下がるといわれたが、12月でも民間市場では3万4000円前後で取引されていたと山中さんは言う。さすがにこれだけ高いと、国が増産しないといっても、「オレは作るぜ」という農家が増えるのではないか。山中さんは「どうですかねぇ」と首をひねった。 「コロナ禍で米価格は暴落しましたが、特にひどかったのは21年産米です。卸売価格が1万円を割った県(栃木県など)もあり、そのショックで翌年は九州の米も1万円になりました。かつて安倍政権が米価を国際価格に近づけると言ったとき、いよいよ1万円を割るんだと思いましたが、農家は『1万円で誰が米を作るんだ』と憤慨しました。それが現実になったんです。1万円なんて、作れば作るほど借金が増えるだけです」 時給10円の米作り  農水省の「水田作経営の農業経営収支」を見ると、2021年、22年の2年間は、農家の農業所得がなんと1万円、時間給にすれば10円ほどだ。農業所得1万円なんて冗談だと思うかもしれないが、これが稲作農家の現実なのである。この年はコロナ禍だから特別だったかもしれないが、実はコロナ禍以前でも稲作農家の農業所得はわずか18万円ほどに過ぎない。 「時給10円の米作りってなんですかねえ」  米問屋の山中さんはつぶやく。1万円は平均値だから黒字の農家もあるが、大半の小規模農家は赤字だ。それにしても、1年間働いて赤字になる農業ってなんだろう。  農水省によれば、10アール(1反)の田んぼに植えた稲の生産費は年間約12万8000円。これは平均だが、3ヘクタール(3町歩)未満の小規模農家だと14万円弱だ。仮に10アールにつき9俵の米(540キロ)が取れたとする。24年は高値が続いているが、23年の平均1万4000円ほどで考えると、農家の手取りは12万6000円。コストが14万円なら1万4000円の赤字、3町歩なら4万2000円の赤字だ。  農水省の杉中淳経営局長は、農業は農機具代や肥料、農薬などで「売り上げに占めるコストが95%以上は当たり前」と言った。農家を平均すればこの数字でも、小規模農家だと軽く100%を超える。農業を他の産業と同じように扱うべきではないということである。  統計の上では3〜5ヘクタール以上で黒字になるが、実際に稲作で生活するには15ヘクタール以上でないと無理だ。 「あと数年もすれば、ドカンとやめていく」  それにしても、赤字続きなのに、なぜやっていけるのだろう。 「田んぼは土日だけで、それ以外は外へ働きに出る兼業農家だからです。その収入で農業の赤字を補填し、家族を養っているんです」  富山県の稲作農家が言った。文字通り、日本の米は農家の汗で作られているのである。そんな農家が、コロナ禍で強烈なボディーブローをくらったのだ。 「国はいま、大規模農家を認定農業者にして補助金などを手厚くしていますが、農家の大半を占める小規模農家は、例えば年間の所得が下がったときの価格保証制度には入れないとか、補助金の対象外なのです。そんな農家の大半が70歳を過ぎていますから、米作りを続ける気力はないでしょう。あと数年もすれば、ドカンとやめていくはずです」(山中さん)  昨年の米不足程度ならまだ我慢できるが、31年前の米騒動のようになったらどうするのだろう。 「国は、米が足りなければ外国から買えばいいという方針です。作りたい人だけが作って、足らなければ輸入に頼る考えでしょう」 「食料・農業・農村基本法」(24年6月5日公布・施行)にも記されていて、米が不足すれば輸入でまかなうことが常態化する可能性もある。しかし世界で取引されている米は、私たちが食べるジャポニカ米ではなく、大半がタイ米のようなインディカ米だ。31年前の米騒動で輸入したあの外米を食べるということである。 「防衛力と同じくらい重要」  主食は世界中のどこの国でも増産している。なぜなら、国の安全保障にとって防衛力と同じぐらい重要だからである。ウクライナがロシアと戦い続けられるのも十分な主食があるからだ。その主食を、日本は減産し続けていて、今や米不足になりかねない限界にまで達しているのだ。誰だって予想外の出来事を考えて貯金するのに、この国は、国民が食べる主食の貯金を限界まで減らしているのだ。かなり異常な事態だろう。  23年の10月末、24年の米は22万トン増の見通しで、今年は深刻な米不足は起きないという農水省の予測が発表された。それを聞いて山中さんはあぜんとしていた。 「本当に22万トン増なら米価は下がります。消費者は喜んでも、農家はどうでしょうか。米は他の作物と違って年に1回しかできないんです。ふたたび暴落したら、みなさん高齢だからいっぺんに農業をやめるでしょうね。そのことが恐ろしいです。せめて主食だけは食べることに困らないように、消費者が納得し、同時に農家の収入も安定する価格を設定して、国がそれを保証すべきではないですか。そうすれば農家も安心して米作りができるんです」  とはいえ、国は耳を貸さないだろう。財政負担を減らしたい財務省が出費に反対するからだ。消費者は自己防衛のためにも、米の生産者団体などから定期購入をするなど、「わが家の食料安保」をつくる準備をしておくべきかもしれない。 奥野修司(おくのしゅうじ) ノンフィクション作家。1948年生まれ。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で講談社ノンフィクション賞と大宅ノンフィクション賞を受賞。『ねじれた絆』『皇太子誕生』『心にナイフをしのばせて』『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』など著作多数。 「週刊新潮」2025年1月2・9日号 掲載

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