映画『ジョーズ』に登場した、巨大で恐ろしい人食いザメに代表されるサメのイメージ。流線型の体と長い背びれをもった、美しいシルエット。 どちらもサメの典型的なイメージだ。しかしそれだけではない。食卓に上るサケやサンマ、アジなどの硬骨魚類とはことなった軟骨魚類であり、もっとも長寿の脊椎動物であり、もっとも速く泳ぐ魚類の一つでもあるサメ。 その特異な生態をサメ研究の第一人者である著者らが詳細に解説する。また、硬骨魚類から分かれ、エイと分岐し、どのように現在の多様性をもつにいたったのか? さまざまな古代ザメを紹介しながら、その進化の道筋をたどる。 さらには世界初の人工子宮によるサメの繁殖を試みている美ら海水族館の研究者ならではの内容として、サメの繁殖にも1章をもうけている。 機能形態・生態・分類・繁殖と、専門的にかつ網羅的に解説した、類を見ない一冊。水族館でも最も人気のある魚種であるサメの総合解説書として刊行いたします。 *本記事は、『知られざるサメの世界 海の覇者、その生態と進化』(ブルーバックス)を再構成・再編集してお送りします。 全長16mの巨大ザメ「メガロドン」の正体とは? スーパープレデター(超捕食動物)——なんて少年心をくすぐる呼び名なのだろう。大型の獲物を圧倒的な力で捕らえ、殺し、胃袋に収める。ホホジロザメは、そんなスーパープレデターの呼び名にふさわしい風格を持っている。 性成熟すると全長5メートル、体重は1・5トンに達し、その狩りの対象は鯨類などの大型生物もふくまれる。魚の中では異例の、体温を一定に保つしくみを持っており、寒い海域でも活発に狩りを行うことができる。 しかし、意外なことに、このサメがいつどのように地球上に誕生したのか、その進化の足取りが明らかになってきたのは比較的最近のことだ。 詳細は思い出せないのだが、私が子供の頃、古生物学の本にはこんな説明が書かれていた。 「ホホジロザメの祖先は巨大な体を持っていました。このサメは地球の寒冷化とともに小型化し、現在のホホジロザメの姿になりました」 このホホジロザメの巨大な祖先というのはカルカロドン・メガロドンのことだ。 カルカロドン・メガロドンはロマンの塊 私が知る限りムカシオオホホジロザメやオオハザメなどいくつかの和名が存在するが、一般にはメガロドンと呼ばれることが多い。 このサメは2500万年前頃に出現したとされ、世界各地から歯の化石が見つかっている。その歯の大きさは手のひらサイズに達し、ホホジロザメの比率をもとに計算すると、最大全長は16メートル程度とされる。近年の一個体分の歯をもとにした推定によれば、20メートルに達した可能性もあるという。20メートルといえば、あなたが今朝乗り込んだ通勤列車の一両分の長さに匹敵する大きさだ。 メガロドンは、その巨体ゆえ、小説に書かれたり映画に登場したりと、一般によく名前の知られたサメであるが、その実態は多くが謎に包まれている。メガロドンの魔力に取りつかれるのは、我々研究者も同じこと。ふだんはロジックに誰よりうるさい我々も、ことメガロドンについては驚くべき大胆さを発揮する。 曰く、メガロドンの噛む力は18トン。曰く、体重は61.6トン。曰く、平均遊泳速度は秒速1.4メートル——論文にはこのような値(いずれもサメの中で最大)が並んでいるが、いずれもホホジロザメをスケールアップして算出したもので、それほど強い根拠があるわけではない。 メガロドンがホホジロザメの直接の祖先と考えられてきたのは、その歯の形がホホジロザメによく似ているからである。実際、若いメガロドンの歯は、専門家でなければホホジロザメと見分けがつかないだろう。 さらに状況証拠とされてきたのが、メガロドンが地球上から姿を消すタイミングである。それは、350万年ほど前のことであり、多少のオーバーラップはあるものの、およそホホジロザメの出現時期と一致する。 ところが、このようなサメの祖先—子孫の関係を議論する上で、いつも古生物学者の頭を悩ませるのが、歯の形が似ているからといって近縁といってよいのかという問題である。なぜならば、歯の形はその機能と密接な関係があり、異なるグループのサメが驚くほど似た形の歯を進化させることがあるからである。 * * * 【はじめから読む】「サメの歯」は「異常」に多種多様!比較から見えた「驚愕の結果」とホホジロザメの「ジレンマ」!