「正しく話す」のが東京人、「楽しく話す」のが大阪人…特徴的な「大阪ノリの会話術」はなぜ生まれたのか?

日常会話で「ボケとツッコミ」を多用し、「おもろい」かどうかを何よりも大事にする……。そんな大阪人に対するイメージは本当なのか? 東京人のコミュニケーションとは、どこが違うのだろうか? 日本語学の第一人者で、著書に『大阪ことばの謎』がある金水敏氏(大阪大学名誉教授)が大阪人のコミュニケーションの特徴を分析する。 「おもろい」に高い価値を見出す大阪人 泉州岸和田生まれ・育ちの雑誌編集者、江弘毅氏は、『K氏の大阪弁ブンガク論』の中で、自らの生い立ちを振り返って、次のように述べている。 その後、K氏は府立高校に進学する。そこは学区で一番の所謂「ナンバースクール」だった。(中略) また初めて「標準語」を話す先生の授業を受けた。「やっぱし中学校と違ごて、かしこい高校はちゃうな」とK氏は思ったが、同時に「愛嬌がないおもろない喋り方やから授業は眠たい」のだった。 K氏のいた中学校では「おもろい」かどうかが常に問われていた。喧嘩の最中でも授業中でも「おもろいこと」を言うたもんが勝ち、すなわち「おもろく表現する」ことが人を「納得」させることにほかならない。そんな口語的な社会性だった。 (江弘毅『K氏の大阪弁ブンガク論』) K氏の生まれ育った時代の岸和田が、発言に「おもろい」ことに高い価値を見出す社会であったことがうかがわれる。 次に、小林隆氏と澤村美幸氏の『ものの言いかた西東』に引用された、陣内正敬氏の調査を参照されたい。ここでは、東京と大阪の話者を調査して、会話において「正しく話す」と「楽しく話す」のどちらを重視しているかという意識についての回答をグラフ化している(下図)。 大阪では全体に「楽しく話す」または「両方」の比率が高めに出ていて、特に普段の会話での「楽しく話す」の傑出度が目立っている。 「ネガティブ・ポライトネス志向」の東京人 また、言語学者の吉岡泰夫氏による「コミュニケーション意識と敬語行動にみるポライトネスの変化」という論文では、次のようにまとめている。 ・普段の会話で「楽しく話すこと」を大事にする意識は、大阪ではどの世代でも高い。首都圏では若い世代ほど高く、上の世代ほど低い。 ・改まった会話で「正しく話すこと」を大事にする意識は、首都圏ではどの世代でも高く、特に六〇代以上で著しい。大阪は首都圏に比べて低く、特に六〇代以上では二〇ポイント程度の差が見られる。 ・大阪、および若い世代は、楽しく話そうと心がけて、相手のポジティブ・フェイスを満たすことに重きを置くポジティブ・ポライトネス志向である。この傾向は、改まり度の低い会話場面を意識したときほど顕著になる。 ・首都圏は、礼儀正しく話そうと心がけて、相手のネガティブ・フェイスを満たすことに重きを置くネガティブ・ポライトネス志向である。この傾向は、改まり度の高い会話場面を意識したときほど顕著になる。 なお、「ポジティブ・フェイス」「ネガティブ・フェイス」「ポジティブ・ポライトネス」「ネガティブ・ポライトネス」とは、ポライトネス理論の用語である。 「相手と一体となりたい」という欲求が「ポジティブ・フェイス」、「相手から離れたい」という欲求が「ネガティブ・フェイス」であり、それぞれの相手の願望を満たそうとする言動が「ポジティブ・ポライトネス」と「ネガティブ・ポライトネス」となる。 「ボケ」と「ツッコミ」という文化 『ものの言いかた西東』では、「ボケ・ツッコミが好きか」、「ツッコミを期待してボケることがあるか」、「失敗談(ボケ)に対してツッコミを入れるか」、「失敗談の披露がよくあるか」といった調査を紹介し、いずれも大阪の話者が傑出していることを示している。 澤村美幸氏から個人的に伺ったところでは、氏の出身である山形県山形市や、大学時代を過ごした宮城県仙台市などでは、失敗をとても恥じる気持ちが強く、わざわざ人前でそれを披露するということが極めてまれなのだそうだ。 これに対し、阪神間在住の私の周りでは、多少の失敗なら「ネタが出来た、しめしめ」と思って、うれしそうに披露してくる人がいっぱいいる。 また、私の見つけた『朝日新聞』大阪版の投書欄(二〇一五年一〇月二〇日)では、一一歳のこんな小学生の投書が挙がっていた。この男の子は、一年前、広島県福山市から大阪市内に転入してきたのだが、学校の教室に入った瞬間にびっくりしたそうだ。 みんな、ボケたようなことや、ツッコミをすごくしていた。授業中もちょっとしたことでツッコミしたり、ボケたまねをしたりしていた。ぼくの頭の中は「……」だった(引用者注:戸惑いの気持ちを表している)。みんな笑っていたが、ぼくだけちっとも笑えなかった。 「大阪のノリ」は相手へのおもてなし この児童がこの違和感を先生に話したら、「大阪はボケとツッコミが多い」、また「大阪のノリ」ということを教えてくれて、最初は「は?」と思ったけど、最近友達と遊ぶようになり大阪にもちょっとずつ慣れてきたので、大阪を楽しんでいきたいとまとめている。 加えて、大阪人に強く見られる会話のノリについて、尾上圭介氏は次のように書いている。 会話というものは、ただ用件が伝わればよいというものではない。相手とのやりとりを自分も積極的に求め、楽しんでいるという姿勢を表現してこそ、それが会話というものだ、というのが大阪の人間の感覚である。せっかく自分にものを言ってくれている相手に対して、ただ黙って聞いているだけではあいそがない。そこで、用件の本筋に関係のないところでごじゃごじゃと相手にからんで楽しむ会話というものが、よく現れる。 (尾上圭介『大阪ことば学』) 『ものの言いかた西東』では、藤本義一氏と丹波元氏の『大阪人と日本人』を引用して、「大阪というところは、日々これ、台本のない芝居を楽しんでいるような町」であり、「自己演出」が得意なところが大阪人の特徴であると述べている。 このように、会話をしている相手に対する、一種の社交上の礼儀として、さまざまな技を駆使しながら、おもてなししていくのが大阪ノリの会話術なのであろう。 【もっと読む】「あいうえお」はなぜこの順番なのか? 「言語オタク」が明かす“衝撃の事実”

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