朝ドラ『あんぱん』の蘭子とうさ子に共通する、「自分のため」と「全体のため」をすり替える恐ろしさ

『あんぱん』振り返り:第5週「人生は喜ばせごっこ」 X(旧Twitter)に日々投稿するドラマの感想がドラマ好きのあいだで人気のライター・福田フクスケさん( f_fukusuke )。毎週末にその週の『あんぱん』の内容を振り返り、週を通して見えたものを福田さんが考察と共に伝える。 嵩の美術学校合格が象徴する「人生は喜ばせごっこ」 『あんぱん』第5週では、柳井嵩(北村匠海)がようやく「絵を描いて生きていく」という自らの夢に正面から向き合い、美術学校を受験する過程が描かれた。 4年生で全科目を修了し、1年早く高知第一高等学校を受けることになった弟の柳井千尋(中沢元紀)は相変わらず優秀だ。「正しいことが正しゅう認められる世の中にしたいがよ。そのために1日も早う法の道に進みたい」と、確固たる目標を持って法の道を志す。 そんな千尋の姿に触発されたのか、嵩は「こんな自分が嫌になるんだよ! なんで生きてるのかわからないんだよ俺は!」「このまま何もしないで死んでいくのかと思うと怖くて夜も眠れないんだよ」と自身の抱えている葛藤を吐露する。 時に憎まれ口を叩きながらも、千尋の前で本音を吐き出せるようになった嵩の変化、そして、それを「えいぞ〜兄貴、どんどん吐き出せ」と受け止める千尋との兄弟関係の改善に注目したい。 嵩がようやく「ほんとは……絵を描きたいんだ。絵を描いて……生きていきたい」と本音を口にしたのを聞いた伯父の柳井寛(竹野内豊)は、「嵩は美術系の学校に進め。自分が決めた道やきにゃ。おまんが責任を持て」とその夢を後押しする。 周囲に公言したことで、漠然とした夢が具体的な目標へと変わった嵩は、「俺は何が何でも苦手な数学を克服する」と宣言し、ようやく勉強に身が入るようになるのであった。 あっという間に年が明けて、受験がやってくる。京都の高等工芸学校はあえなく不合格。残すはそれよりも倍率の高い東京高等芸術学校一本となった。 その合格発表の日、学会の帰りに東京まで足を伸ばして嵩の様子を見にきた寛は、嵩の浮かない表情を見ててっきり落ちたと早合点。「現実を受け止めて、前に進め。絶望の隣は希望や」と慰めるが、実は嵩はまだ結果を見ていなかった。怖くてなかなか現実を直視できない嵩の弱気な性格が表れた微笑ましいエピソードである。 無事に東京高等芸術学校に合格した喜びを噛み締める嵩に、寛は「何のために生まれて何のために生きるがか。わしは思うがよ。それは人を喜ばせることや」「人生は喜ばせごっこや」と語りかける。 これまで数週にわたって問いかけられてきた「何のために生まれて何のために生きるのか」の答えが、寛自身によって「人を喜ばせること」だと明かされる。 嵩が自分の夢を追うこと(=自分自身を喜ばせること)が、すなわち柳井家の人々、のぶ、そしてこっそり合格発表を見にきていた母・登美子(松嶋菜々子)までをもみんな笑顔にし、喜ばせたのは象徴的であった。 蘭子の縁談話が示す「誰を喜ばせるのか」の難しさ 一方で、「自分のため(自分を喜ばせること)」と「家族のため(家族を喜ばせること)」との間で揺れ動き、葛藤したのが朝田家の次女・蘭子(河合優実)だ。 ある日、「蘭子も本当は上の学校に行きたかったがやない?」「蘭子も我慢せんと行きたいところへ行って、したいことしてえいがで」と母・羽多子(江口のりこ)に言われた蘭子は、「うちはどこっちゃあ行きとうない。このうちがえいが」「うちの志は、このうちでみんなあの役に立てること」と答える。 「朝はふいごの音で目を覚まいて、のみのカンカンいう音、焼きたてのパンの匂い、コツコツ石を削る音、そういうこのうちが好きながよ」という蘭子の脳裏には、密かに好意を寄せる石屋の弟子・原豪(細田佳央太)の働く姿が思い浮かんでいるのだろう。 そんな蘭子に、のぶや嵩と小学校の同級生だった田川岩男( 濱尾ノリタカ)から急な縁談が舞い込む。「結婚したらうちから郵便局まで運転手つきの自動車で通わせてもいい」という田川の家は、材木の商いで大成功したらしく明らかに羽振りが良さそうだ。 戸惑う蘭子は、思い人である豪に「豪ちゃん、うちの縁談どう思う?」と相談するが、豪は「お金持ちやし、ええ話やと思います」とそっけない返答。彼の気持ちが自分にまったくないことを悟った蘭子は、岩男との縁談を受けることを決意する。「うちのこと考えてくれるがはありがたいけど、自分を一番大切にせんといかんで」という羽多子の説得にも耳を貸そうとしない。 結局、のぶとメイコ(原菜乃華)の乱入によって岩男との縁談は破談になるが、家のために一人で背負いこむなというのぶに、蘭子は「お姉ちゃん、うち、そんなえい子やない」と、失恋からの失意の行動だったことを明かす。 これまで「朝田家の役に立つこと」が蘭子の主体的な夢であり目標だったことは確かだ。「家族を喜ばせること」がすなわち「自分を喜ばせること」と一致していたからだ。 だが、失恋のショックから縁談を強行しようとした蘭子は、いつしか「自分のため」を押し殺して「家族のため」にすり替えようとしていた。私たちにとって「自分を一番大切にする」ことがいかに難しいかを示すエピソードだと思う。 うさ子の覚醒と「お国のため」に強くなることの危うさ 「自分のため」と「全体のため」がすり替わってしまう恐ろしさを予期しているのが、女子師範学校における小川うさ子(志田彩良)のエピソードだろう。 担任の黒井雪子(瀧内公美)の指導と寮生活の規律の厳しさに、「うち、来るとこ間違うたかもしれん」と弱音を吐くうさ子。実は、もともと気乗りしない縁談を父親から勧められており、それを断るために女子師範学校を目指したことを明かす。抱えている背景は蘭子と似ているのだ。 そんなうさ子を「お国のために強くなりなさい!」と叱り飛ばしたのが黒井である。黒井は、女子師範学校に来た覚悟を「家族のために努力する」と表明したのぶに対しても、「愚かしい!(中略)お国のために尽くす覚悟がない者は去りなさい」と一蹴。「勇ましさは持ち合わせちゅうつもりです」と反論するのぶを、さらに「あなたは実に弱い。(中略)もっと強くなりなさい! 強くなければお国の役に立てません!」と喝破する。 「これからの日本婦人は温順貞淑なだけではいけません! 一旦国家が非常時となったら男は勇躍戦場へ、女も決然としてあらゆる道で祖国のために尽くさなければならないのです!」と語る黒井は、祖国という大きなもののために尽くす気概がないのぶは、真に強くはなれないと言っているのだ。 「ねえのぶちゃん、一緒に強うならん?」とお互いを励ますのぶとうさ子だったが、のぶが週末に帰郷している間もなぎなたの稽古を黒井につけてもらっていたうさ子は、「もっと強うなって黒井先生に認められたい。うちは黒井雪子先生みたいに強うなるがやき」と、次第に黒井を信奉するようになっていく。 やがて、なぎなたの試合でのぶを打ち負かすまでに強くなったうさ子。そこにかつての弱気な面影はないが、その強さと自信を裏付けるものは「祖国のため」というあやうい全体主義だ。 「あなたは信念のない己に負けたのです」「愛する祖国のために全身全霊で尽くす心がないから負けたのです」とのぶに言い放つ黒井。しかし、「祖国のため」という全体主義に魅入られた強さは、本当の強さと言えるのだろうか。 うさ子と同じく、かつては弱虫の「たっすいがー」だった嵩。だが、自分のための夢がひいては人を喜ばせるという“生きる喜び”を見つけた嵩の心強さと、「自分のため」を「お国のため」とすり替えることで手に入れたうさ子のかりそめの強さは、大きく異なる。 2人の対比は象徴的であり、軍靴の足音が迫る次週以降の展開に暗い影を落としそうである。 【第4週】北村匠海の叫びが胸に迫る…朝ドラ『あんぱん』が描く「自分のために生きる」ことの難しさ

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