植民地支配が世界経済にもたらした本当の「格差」とは

人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行された。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第108回 『植民地支配が生んだ「虐待」と「大量殺害」の物語…国同士の「略奪劇」が招いた“想像を絶する”「格差」』より続く 搾取と強制労働が経済格差を生んだ? 19世紀の終わりには、ヨーロッパのほぼすべての国家に加えて、オスマン帝国、中国、日本、アメリカ合衆国も、南米、東南アジア、もしくはアフリカに植民地か保護領を制定していた。その多くは、オランダの西インド会社や東インド会社のように、国際的に活動する貿易会社として機能するように管理されていた。 植民地支配は例外なく、帝国による政治抑圧の一形態だ。また、ほとんどの場合で、現地の人々を政治的に従わせるために、あるいは強制的に働かせるために、もしくはその両方の目的で、めまいがするほどの残虐行為が繰り広げられた。 アリス・シーリー・ハリスが1904年の5月に撮影した写真では、コンゴ人の父親が切り落とされた5歳の娘ボアリの手足を茫然と見つめている。ボアリはコンゴ・ベルギー会社が定めた貴重なゴムの採取ノルマを満たせなかったという理由で、ベルギー王のレオポルド2世が設置した「公安軍」によって殺害された。 そのような非人道的な蛮行があったことは確かだが、それでもなお、搾取と強制労働が富裕国と貧困国のあいだにある経済格差のおもな原因であったと考えるのは無理がある。 略奪だけでは説明がつかない経済成長の「差」 もし、1861年に始まった南北戦争以前の米国経済にとって奴隷制がそれほど重要であったのなら、1865年に南北戦争が終わったあと、同国の経済がしぼむどころかますます発展したのはなぜだろうか?奴隷制を早くに廃止した北部諸州のほうが、南部諸州よりも経済的にはるかに発展していた理由は?しかも、いまだに格差があるのはなぜ? 帝国による植民地支配が世界の国家間における格差の原因ではない。今も昔も、最大の帝国が最も豊かだったわけでも、最も豊かな国が最大の帝国を築けたわけでもない。加えて、植民地理論では、ある国が植民地支配国になり、別の国が植民地になった理由も説明できない。支配する側の帝国が語るのは、ある国による別の国の搾取の物語ではなく、“双方の国”におけるエリート層による、“双方の国”における貧困層の搾取の物語だ。 略奪はゼロサムゲーム。ただ所有者が変わるだけで、富を生み出しはしない。しかし近代の始まりとともに、世界規模で経済生産性が上昇した。つまり、略奪だけでは説明がつかない。 国家の豊かさは、世界規模で経済生産性が急上昇した“真の”経済成長の賜物なのである。植民地支配、征服、奴隷制、抑圧などは何千年も前から存在していたのに、長期的な経済成長を引き起こすことはなかった。この点はとても微妙なので注意が必要だ。植民地支配は誰も豊かにしなかったが、多くを貧しくした。植民地支配がもたらした社会政治的な影響が、旧植民地の各種制度に破壊的に作用しつづけたからだ。 少数派エリートにできる事など限られている 近年、資本主義の歴史学者らは、この矛盾を解決しようと試み、具体的な数字として、奴隷貿易と綿花生産が米国の経済生産のおよそ半分を占めていたと主張している。 しかし、正直なところ、この方向への最初のアプローチはかなりできが悪かった。多くの研究者はそもそも国内総生産の意味とその計算方法を理解していなかった。 綿花産業が南北戦争前の米国経済に占めていた5パーセントを、最終的な生産品の価値に、さらに物流、労働、管理、栽培、土地買収などありとあらゆる出費を加味したうえで50パーセントと計算するのは単純に間違いなのだ。なぜなら、そのような費用はすでに最終的な綿花価格に含まれているので、それらを加味すると二重に計算してしまうことになる。 モラルおよび政治的な観点からは、奴隷制も植民地支配も経済的には有益でないという事実は喜ばしいニュースだ。実際に、抑圧や強制労働は道徳的に大問題であるばかりか経済的にも有益ではない。 経済成長-貧困を長期的になくす唯一の手段-が可能か否かは“包括的な”体制に依存している。機能する法治国家、十分に自由な市場、堅固な所有権、少ない腐敗、健全なインフラストラクチャー、適切なセーフティネット、そして社会的なモビリティのすべてがそろって初めて、マルサスの罠から抜け出す準備が整う。 少数派エリートが搾取しやすいように規則をそろえる“収奪的な”体制は、エリート集団が社会全体の生活水準を上げる何かを自ら生産することなしに、利用可能なリソースの大部分を、政治的圧力で専有することを可能にする。奇妙な人々の誕生により、世界の一部では“包括的な”体制がじょじょに広がっていった。 『世界を侵略しつつある「ソフトな植民地化」…西側諸国が差し出す表面的な「誘惑」の裏に潜む危険な“真実”とは』へ続く 【つづきを読む】世界を侵略しつつある「ソフトな植民地化」…西側諸国が差し出す表面的な「誘惑」の裏に潜む危険な“真実”とは

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