トランプ、ヴァンス...破壊者が台頭する原因に「既得権益化したエリート」

トランプ、ヴァンス、石丸伸二、尹錫悦……なぜ破壊者は台頭するのか。 「何かが間違っている」と主張し、政府やメディアなどを「既得権益化したエリート」として批判する一大現象が世界を覆い始めている。 いったい何が起きているのか、これから何が起こるのか。ニュース番組のコメンテーターとしても話題の石田健氏による新刊『カウンターエリート』では、これまで見えてこなかった現象の本質を解き明かしている。 (本記事は、石田健『カウンターエリート』の一部を抜粋・編集したものです) 導師となった右翼ブロガー カーティス・ヤーヴィン(1973年生まれ)は起業家兼ブロガーであり、メンシウス・モールドバグというペンネームで、2007年頃からオンライン上で執筆活動を展開してきた。現在は、ペンネームではなく本名で活動しており、グレイ・ミラー (Gray Mirror)という名前のサブスタック (ブログ感覚でメルマガを配信できるサービス)を運営している。 後述する通り、ヤーヴィンは官僚制の解体を強く訴え、テック業界の一部で指導的立場を獲得しているが、彼自身の父親はアメリカ政府の外交官として働いた官僚であり、母親も政府職員だった。ヤーヴィンは、ブラウン大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校のコンピュータ・サイエンスの博士課程を中退、就職した企業がドットコム・バブルの最中に新規株式公開(IPO)した後、フルタイムのブロガーとなった。 ヤーヴィンは、白人は平均して黒人よりもIQが高いなど、人種差別的な見解を繰り返してきた他、気象科学はエリートがつくった詐欺だとか、人類は遺伝学上、「支配者に適した」人種と「奴隷に適した」人種がいるなどとする思想を展開している。たとえば、ノルウェーで2011年に反移民や反イスラーム、反多文化主義思想から77人を連続殺害したテロリスト、アンネシュ・ブレイビクを批判する際、ヤーヴィンが持ち出した理由は、テロが間違っているからというものではなかった。ヤーヴィンは、ブレイビクの手段がノルウェーの「共産主義的」政府を打倒するのに効果的ではないという理由から、彼のテロ行為に批判的だった。こうした主張が、倫理的にも道徳的にも著しく不適切であることは、言うまでもない。 差別的であるだけでなく憎悪犯罪を誘引する危険思想であるため、ヤーヴィンの主張の大半は、真剣に受け止められない傾向がある(そして、人種をはじめとする差別的な思想は批判されてしかるべきだろう)。ただヤーヴィンの主張の中でも、民主主義やリベラリズムへの批判について、トランプの支持者やテック業界の一部で密かに賛同を集めてきた事実は見逃すべきではない。ヤーヴィンは2022年、ヴァニティ・フェア誌の取材に対して、次のように語っている。 リベラリズムの基本的な前提は、進歩に向かって避けられない行進があるというものだ。私はその前提に同意しない。 この姿勢については、やはりアメリカの衰退をめぐる認識が根底にある。ヤーヴィンから見れば、リベラリズムはそれが持つ前提ゆえに、アメリカが衰退してしまったという現実を受け入れることが難しいのだ。 エリートたちが巣食う「大聖堂」 そのうえでヤーヴィンは、アメリカの衰退の原因として、民主主義とそれを促すエリートに焦点を当てる。彼は、アメリカの民主主義が公共の利益に奉仕するのではなく、権力を強化しようとするエリートたちによって運営され、腐敗した寡頭政治 (少人数による少人数のための支配形態)へ堕落したと考えている。 ヤーヴィンは、メディアと大学が、国家を事実上コントロールしていると指摘し、それらをまとめて大聖堂(Cathedral)と呼ぶ。教会が中世社会における中心的な知的機関だったように、報道機関と大学が現代社会でそれに該当するという説明だ。ヤーヴィンによれば、これらの機関はポリティカル・コレクトネスという装置を使って、許容される政治的言論の範囲を設定し、自分たちの好みのイデオロギーに合うように現実を歪曲している。 さらに、大聖堂の中枢にいるエリートたちは、民主主義といった概念を「教条主義的」に「信仰」しているに過ぎない、とヤーヴィンは主張する。この点について、ヤーヴィンの思想に影響を受け、彼を「天才」と評している思想家のニック・ランドは、次のように述べている。 〔グローバルな民主主義という〕イデオロギーはいま、批判的な自己反省をまったく欠いたまま、信頼すべき社会科学的なテーゼとしてではなく、あるいは自発的な民衆たちの夢としてですらなく、歴史のなかの特定の地点に同定できるような一つの宗教的信仰として主張されている。 そして、「信仰」の対象となった民主主義の統治においては、官僚機構 (トランプ支持派が言うところのディープ・ステート)が権力を握っているため、人民は事実上権力を持っていないとヤーヴィンは考えている。 ヤーヴィンは2012年、RAGE(Retire All Government Employees :すべての政府職員をやめさせろ)という造語を考案し、官僚制の解体を訴えた(rageは「激しい怒り」を意味する英単語でもある)。すなわち、現在、トランプやヴァンスらが画策する官僚制の解体という構想は、ヤーヴィンが10年以上にわたって謳ってきた戦略だと言える。トランプとその支持者にとって、連邦政府機関、そこで働くキャリア官僚や公務員は、選挙で国民に選ばれていないにもかかわらず人々を支配する“非民主的”な存在だ。そうしたエリートを中心とした存在こそ、国を影から支配するディープ・ステート (闇の政府)であり、破壊すべき対象になるという論理が導かれる。 J・D・ヴァンスの自叙伝『ヒルビリー・エレジー』を読むと、彼がヤーヴィンの反エリート論に共鳴する理由がよく分かる。 ヴァンスは、イェール大学のロースクールで最も驚いたこととして、同級生のエリートたちが「社会関係資本」と呼ばれるネットワークや、彼らしか知らない情報、マナーや常識とも呼ばれる暗黙知を持っていることを繰り返しあげる。衰退する街の労働者階級として育ったヴァンスは、エリート同士のネットワークや知見こそが、彼らの成功を確約していることを痛感する。こうした心情がそのまま官僚制の破壊に直結したわけではないだろうが、非民主的なエリートたちの力の源泉を認識するきっかけになったことは間違いない。 では、仮に官僚制を破壊したとして、その先にどのような統治が構想されるのだろうか。ヤーヴィンは、官僚機構から引き剥がした権力を人民の手に戻そうと考えているわけではない。 「ポリティカル・コレクトネス」は言葉狩り? 花王の事例が問う論点

もっと
Recommendations

「渋滞」で年間ロス40時間、事故リスクも7倍──避けるコツは 車間距離どうする? どの車線が速い?【#みんなのギモン】

お出かけの時に私たちを悩ませる渋滞。渋滞によって年間に失われる時…

「これ、かわいくない」と同意を求めただけなのに…SNSのやりとりで誤解防ぐには

入学や進級で子どもの交友関係が変わる時期だ。LINEなどのSN…

自称・配送業の男(62)義理の息子の顔踏みつけ暴行か 傷害の疑いで現行犯逮捕(焼津市)

6日未明、40代の義理の息子に暴行を加え、けがをさせたとして62歳の男…

アパートの一室で男女2人死亡 複数の刃物によるとみられる傷 さいたま市

5日夜、さいたま市のアパートの一室で、男女2人が死亡しているのが見…

息子の首を絞めて殺そうとした疑い、80歳の母親を逮捕…近くの交番に「息子を殺した」と自首

同居する息子(55)を絞め殺そうとしたとして、広島県警広島中央…

米・トランプ政権に不満を持つ研究者を誘致する狙い EUが研究開発の促進に820億円「科学は投資」

EU委員会は、ヨーロッパでの研究開発を促進するため、およそ820億円を…

横須賀酒気帯び多重事故は「事件」…武田鉄矢がテレビ出演で憤慨

フジテレビ系情報番組「サン!シャイン」(月〜金曜・午前8時14…

「とても事故なんて呼べるようなスケールじゃなくて事件」…横須賀・酒気帯び多重事故「映像」に「サン!シャイン」武田鉄矢が憤慨

フジテレビ系情報番組「サン!シャイン」(月〜金曜・午前8時14…

さいたま市内のアパートで男女の遺体発見、元夫婦か…女性には刃物で刺されたような複数の傷

5日午後10時頃、さいたま市中央区下落合のアパート一室で、30…

【最新版】旅行でも出張でも絶対に泊まりたい! 魅惑の全国「ローカルビジホチェーン」 1泊朝食付き4950円均一、夕食無料、絶景の露天風呂、ハゲ割......

旅行も出張も、もっと楽しみになる!地方に出かけると、なじみのない…

loading...