同じ環境条件では同じような適応が繰り返し発生?進化の再現可能性

「進化は再現不可能な一度限りの現象なのか? それとも同じような環境条件では同じような適応が繰り返し発生するのか?」 進化生物学者の間で20世紀から大論争を繰り広げられてきた命題をめぐるサイエンスミステリーの傑作、千葉聡『進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え』が発売されます。 本記事では、〈もし時間が巻き戻ったら、人類は似ても似つかぬ生物になるのか? それとも代わり映えしないのか?〉にひき続き、「進化の再現可能性について、生物学者たちの主張を詳しくみていく。 ※本記事は、5月22日発売の千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』(講談社現代新書)より抜粋・編集したものです。 ワンダフル・ライフ 同じ時代から再び進化がスタートしたら、同じような大進化は二度と起こらない。大進化は予測不能である──これが『ワンダフル・ライフ』のなかでグールドが行った、"時を遡る思考実験"の結果であった。 カンブリア紀の5億800万年前に出現した奇想天外な動物群──バージェス動物群は、環境に十分適応していたにもかかわらず、カンブリア紀末期にほとんど子孫を残さず絶滅したとグールドは説く。この絶滅のせいで、バージェス動物群に存在した多様な形の基本設計とデザインは、大半が失われて二度と再現されることはなく、その多様性が回復することはなかったという。 現在の地球に私たち人類がいるのは、脊椎動物の祖先となったナメクジみたいなピカイアが、バージェス動物群のなかでたまたま生き延びたという偶然から始まる、数多の偶発的な出来事の連鎖が生んだ結果だというのである。 進化の行き先は予測不能である。偶発性が全く異なる進化の道に導くのだ。それゆえカンブリア紀まで巻き戻したのち再生された進化史の動画には、巻き戻す前とは似ても似つかぬ生物が群がっていて、もちろん人類や人類のような知的生命体は現れないだろうというわけである。 サイモン・コンウェイ゠モリスの反論 これに対して、いや、そんなはずはない。何度再生しても、そこには人類や人類に似た知的生命体が進化しているはずだと反論したのは、古生物学者でバージェス動物群の専門家サイモン・コンウェイ゠モリスだった。 彼は、バージェス動物群のなかに、現在の主要な系統の一員が含まれていることの方を重視した。だからグールドが強調するほど偶発性の役割は大きくなく、自然選択の普遍性と法則性を考えれば、人類の出現は適応の必然だというのである(※4)。 ただし、宇宙で人類が存在するのは地球だけだろうとも指摘する。その理由は、人類型へと進化しうる環境を持つ星は地球だけと考えているからである。逆に言えば、もし他に地球とそっくりな環境の星があるなら、そこには人類がいることになる。 グールドに対するコンウェイ゠モリスの反撃用の武器は、かつてダーウィンが自説の擁護に使った武器と同じ、収斂現象だった。彼は、生物が出会う共通の問題に対して、自然選択は同じ解決策を生み出す傾向があると説いた。例えばモモンガとフクロモモンガ、イルカと魚竜、ハチドリとスズメガなど、異なる系統が似た生態的地位を占めた場合に生じる類似した形態──収斂現象が、広く見られるのがその証拠である。また動物界では眼という共通の機能を持つ光学装置が、同じ光受容タンパク質と一部の共通遺伝子を利用しつつも、異なる系統で独立に何度も進化してきた。物理法則は、宇宙で普遍的に作用するので、同じ環境なら共通の最適な方法による適応が何度でも実現するはずだ、という。 だが、グールドはこうした収斂現象の主張は過大評価だと反論した(※5)。フクロモモンガを見るならカンガルーを見よ。生物相全体で見れば似ているとは言いがたい。つまり同じ適応のセットが何度も繰り返し進化した証拠とは言えないというのだ。 ヒーラット・ヴァーメイの主張 古生物学者ヒーラット・ヴァーメイは、ある性質が、いつ、誰に、どんな経路で進化するかは偶発的で予測不能だが、最終的にどんな生態的、機能的性質が進化するかは、適応と物理法則により予測可能であると主張した(※6)。この考えに従えば、進化の動画の再生時間が短ければ、そこに人類のような知的生命体が出現するかどうかは偶然だが、再生時間が十分長ければ、人類のような知的生命体はそのどこかに必ず出現する。 ヴァーメイはその根拠として、外骨格の進化のように多様性のブレークスルーとなる進化的革新の多くが、複数の系統で何度も繰り返し起きた点を挙げている。一回限りの革新は、それが起きた結果、環境が変わり、再度起きる機会が失われたような古い時代のものか、同じ革新を独立に生じた系統が絶滅して、その情報が失われたものだという(※6)。 だが、もしそうなら、逆に古い時代の革新がなければ起きたはずの別の革新や、二度と再現されなかったうえに、絶滅のため失われた一度限りの革新の情報もあるはずで、そちらの方がはるかに多い可能性もある。 また、どこまで似ていれば、同じ適応進化が繰り返したと言えるかも曖昧である。鳥とコウモリの翼は一見似ているが、その構造や使い方は大きく違う。これは、両者が異なる骨格と筋肉の構造を持つ祖先から進化したためであり、進化の出発点が異なる場合、むしろ収斂進化で同じ形態になるのは難しい可能性を示している。 というわけで、そう簡単に決着のつく話ではなかった。 『スーパーマン』のクラーク・ケントことカル゠エルや、映画『アバター』に登場するナヴィ族のように、人間そっくりな姿は、異星で進化する知的生命体の必然なのか、それとも知性も人類も宇宙で地球だけのものなのか。仮に異星で知性が生まれたとしても、それは「ソラリスの海」のような、地球の生命とは全く異質な存在なのか。当面、太陽系外惑星の生命を網羅的に調べる技術がない以上、この問いに迫れる資料は地球で起きた一回きりの歴史しかない。 しかし実験室に作ったミニ惑星──マイクロコズムなら何度でも実験できると考えた研究者が、大腸菌を使った進化実験で、30年以上(7万世代以上)の歳月をかけて法則性と偶発性、どちらが進化に重要か観察を試みた。人間よりはるかに世代の短い生物を観察対象にすれば、人間はエルフになれるのだ。 仮想の世界で進化シミュレーション 全く同じ条件で行った実験の結果、同じ進化が観察される一方で、一度限りのユニークなイベントを契機として、劇的に性質を変えた大腸菌が優占するという結果が得られた(※7)。 非常に稀な複数の突然変異が適切な順で起きるという偶然がなければ、生じない進化だった。偶発性が異なる進化の道に導く可能性を示唆する結果である。こうしたイベントが本当に一度限りかどうかは、実験時間をさらに長くしてみないとわからないとはいえ、同様な偶発性の効果は、他の微生物などを使った進化実験でも報告されている(※8)。 一回きりの歴史の限界に挑戦するもうひとつの方法は、計算機上に作った仮想の惑星と仮想の生物を使う進化シミュレーションである。仮想の世界なら、人間は神になってゲームのように何度でも進化を観察できるのだ。 こうした理論研究によれば、ゲノム構造や生態学的な要因なども進化の再現性に関与しうるほか、進化が進むにつれて初期のわずかな差が累積的に拡大し、結果が大きく変わる可能性があるという(※9)。 つまり偶発性が進化の結果に影響を及ぼしうる。またこの進化シミュレーションに挑んだ私の研究室の学生は、学習のように遺伝的な変化なしに性質を可塑的に変える頻度が高いほど、結果の再現性が下がり、偶発性の効果が大きくなることを示している(※10)。 しかし、これらマイクロコズムや計算機で行われた進化実験の多くは、グールドが想定していた偶発性とは齟齬がある。これらの進化実験は同一条件下で起きる進化の予測不可能性を見ているが、グールドは歴史という言葉で因果の連鎖の話をしている。 つまり、進化の初期状態の少しの変更や、環境の攪乱、進化の出来事の有無や、その起こる順序の変化などで、因果関係が変わるような偶発性の効果がテストされたわけではないのである。結果的に、そちらの想定になった進化実験もないわけではないが、非常に少ない(※8)。 * (※4)Conway Morris S 1998 The Crucible of Creation. Oxford Univ. Press; Conway Morris 2003 Life’s Solution: Inevitable Humans in a Lonely Universe, Cambridge Univ. Press.(『進化の運命──孤独な宇宙の必然としての人間』遠藤一佳・更科功訳、講談社) (※5)Conway Morris S, Gould SJ 1998. Showdown on the Burgess Shale. Nat. Hist. 107: 48-55. (※6)Vermeij G 2006 Historical contingency and the purported uniqueness of evolutionary innovations. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103 (6) 1804-1809. (※7) Blount ZD, Borland CZ, Lenski RE 2008 Historical contingency and the evolution of a key innovation in an experimental population of Escherichia coli. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105: 7899-7906. (※8) Blount ZD. et al. 2018 Contingency and determinism in evolution: Replaying life’s tape. Science 362: eaam5979. (※9)Taylor T, J. Hallam J 1998 Replaying the tape: An investigation into the role of contingency in evolution. In: Adami C et al. eds. Proceedings of Artificial Life VI, pp. 256-265. MIT Press; Yedid G, Ofria CA, Lenski RE 2008 Historical and contingent factors affect re-evolution of a complex feature lost during mass extinction in communities of digital organisms. J. Evol. Biol. 21: 1335-1357. (※10) Nonoyama T, Chiba S 2019 Phenotypic determinism and contingency in the evolution of hypothetical tree-like organisms. PLoS ONE 14: e0211671. 【もっと読む】進化生物学者が挑む「究極の謎」…なぜ生き物は変わっていくのか?

もっと
Recommendations

大谷翔平「確信歩き」の特大10号…2試合連発で「10本塁打・10盗塁」到達

【マイアミ(米フロリダ州)=帯津智昭】米大リーグ・ドジャースの…

JR東海道線の東京—熱海で運転見合わせ…茅ヶ崎駅で人身事故

7日午前9時4分頃、JR東海道線茅ヶ崎駅で人身事故が発生した。…

【銀行法違反事件】「無尽講」無許可開催容疑で指定暴力団幹部の男逮捕…集金一部は暴力団資金源か警察が捜査(御殿場市)

いわゆる無尽講を無許可で開催したとして、指定暴力団幹部の男が銀行…

玉川徹氏、出演番組で…運転免許は「権利じゃなくて許可」と言及

テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月〜金曜・午前8時)…

大谷翔平 今季2度目の2戦連発10号!5年連続2ケタホームラン、36試合で10本は54本の昨季と同じペース

■MLBマーリンズードジャース(日本時間7日、ローンデポ・パーク)…

深夜に「白煙が」と通報…市役所で火事 埼玉・白岡

6日午後11時20分頃、埼玉県白岡市千駄野の白岡市役所で、「1…

トランプ大統領「フーシ空爆を停止する」…オマーンが仲介「紅海などの航行自由確保で合意」

【ワシントン=淵上隆悠】米国のトランプ大統領は6日、イエメンの…

ドジャースのT・エルナンデスが負傷者リスト入り、左脚付け根に張り…大谷翔平特に仲の良い選手

【マイアミ(米フロリダ州)=帯津智昭】米大リーグのドジャースは…

【天気】西日本〜東日本は広く晴れ 北日本は午前中を中心に雨

7日(水)は西日本や東日本で日差したっぷり、暖かさが戻ってくるでし…

「有害」情報の舞台が本からネットへ、「白ポスト」役目終える…長崎市が閉鎖

青少年育成に悪影響を及ぼす可能性がある雑誌やDVDなどを回収す…

loading...