全国に林立する大量のマンション。 建設されてから一定の時間が過ぎると、その経年劣化をカバーするため、必ず「大規模修繕」をしなくてはならない。 しかしここに「罠」がひそんでいる。 修繕に関わるコンサルタントや施工業者のなかには、大規模修繕にあたって、談合によって修繕費をつり上げるなど、さまざまな手を使って住民をダマし、なるべく多くのお金を巻き上げようとする輩がいるのである。 マンション住民たちを食い物にする「マンション師」たちのおそるべき実態。『生きのびるマンション 〈二つの老い〉を超えて』(岩波新書)などの著書があるノンフィクション作家の山岡淳一郎氏がリポートする。 「住民」どうしが激論 マンションの修繕積立金を狙う業者は、近年、ますます巧妙化している。 その一つの手口はとくにすさまじい。施工業者がわざわざマンションの住戸(一室)を買って、あたかもふつうの住民であるかのように管理組合の運営にかかわり、業者にとって有利な契約を結ぶように仕向け、積立金を吐き出させる手口だ。 彼らは、大規模修繕や、耐震改修、建て替えといった大工事が迫っているマンションの住戸を買い、あたかもスパイや尖兵のようなメンバーが管理組合の修繕委員や理事に名を連ね、設計コンサルタントや施工会社の選定を自分たちに有利に導くのだ。 実際、こうした手口が増えるなか、似たような状況に陥ったマンションで、トラブルも生じるようになっている。具体的な事例を見てみよう。 手もとに独自に入手した資料がある。 昨年5月、千葉県のNマンション(500戸以上)の一つの住戸を、関西に拠点を置く施工会社のO社が買った。そしてO社の社長が、Nマンションの管理組合の修繕委員のメンバーに入り、設計コンサル選びなどに関与しているという資料だ。 Nマンションは、昨年11月に大規模修繕のための施工会社の公募を行なっており、その半年前にO社は住戸を買ったことになる。法律上、住戸の区分所有者は法人のO社となっている。 前述の通りO社は関西に拠点があり、社長もふだんは千葉県で生活をしていない。にもかかわらず、管理組合が修繕について決めるための「修繕委員会」が始まると、O社社長があたかも一般的な住民であるかのように、「修繕委員」として修繕委員会の議論に加わっていたというのだ。 そのことに「どういう意図があるのか」と不安を覚えた他の住民が、昨年12月の修繕委員会で、社長に真意を質す緊迫したやりとりを録音したデータがある。「激論」と言っていいやりとりだ。 なぜO社社長が住戸を買ったのか、きちんと意図を説明してほしいと迫る委員に、社長はこう答えている。 「みなさん不安だと言う話ですが、逆に不安材料をつくっているのは誰なのか。僕も逆に不安になりました。私は、こういう工事の業界にいてるんですけども、不動産の購入もして、一室をきっちりリノベーションして販売していくこともやっているんで、取引銀行の担当者がもともと千葉の支店だった。 それで、関東方面に何か物件を購入しませんかという話があったときに(Nマンションの)物件を紹介されました。お金を出してくれるんだったら、じぁ、買いますよ、ということで購入しました。私が何か働きかけて(修繕委員会に)入ったのではなく、たまたま(修繕委員の)公募があったから、立候補させてもらった。経緯はちゃんと踏んでいる」 ——(O社社長が、購入した住戸の所有者がO社であることを、管理組合にきちんと届け出ていなかったことについて)なんで正直に所有権の変更届でO社が所有者であると組合に届け出なかったんですか。 「いや正直言って別に嘘ついてるつもりもないんですよ。別に区分所有者は僕が使用しているんで、僕の名前を出しただけで、別に社名でやってもいいんですよ」 ——ちゃんと身分を明らかにした上で活動してください。 「別に偽ってないです」 ——(修繕委員の) 公募があって手を挙げるからには何か目的があるのでしょう。 「僕は大規模修繕工事とかに詳しいんで、自分のマンションで当然力になれることがあるんだったらっていうので手を挙げるのは、ふつうじゃないですか」 ——ふつうかどうかは各自の判断。 「まぁ、僕はそう思ったんで、だからと言って、例えば業者さんを紹介したりとか、ここがこうですよとかって言ったこともないですし、これからも言うつもりはないです」 ——なんで隠し立てしているように見えることをやったのか。 「なぜか言いましょうか。なんでかっていうと、必ず僕がこういう業者やってわかったら、意図ある人がこうやって排除しようとしにくるからです。だから僕も見てたんです。どうなっていくのかな。こう言ってました。メールがいろいろ回る前に。 同じ棟の人たちには、もう絶対こういうふうになっていきますよ。私が調べた結果こういうところがあってってと、お薦めしてくる人たちが絶対出てきます。僕のことを必ず一生懸命になって、やる(調べる)とかっちゅうのは、何かしらの意図がある人ですよって。言ってる通りになっていきました」 結局、この会合では社長の言い分に納得するような住民もおり、なにか結論が出たわけではなかった。以降も社長は、修繕委員と管理組合の理事に加わり、会合に参加している。 ちなみにO社は、2017年末以降、関西圏を中心に少なくとも33件以上の中古マンションの住戸を買っている。その多くが大規模修繕を間近に控えたものだった。そして、大規模修繕が終わった物件のほとんどはその後、売却している。 現在、O社が、Nマンションと同じような形で住戸を所有しているマンションのなかには、国の「マンションストック長寿命化等モデル事業」に選ばれ、建て替えに向けてコンサルの起用が示されているところや、東京湾岸の総戸数が2000戸を超えるようなタワーマンションも含まれている。社長は、このタワマンでも管理組合の理事を務めているという。 もちろん、施工会社がマンションの住戸を所有することや、管理組合にかかわることには何ら問題はない。 重要なのは、そこで何をするか、だ。 もしも、住民のためと言いながら、自社や自社が加わっている設計や施工の談合チームが、割高の工事費で大規模修繕工事を受注するように誘導し、管理組合に損害を与えていたら利益相反に当たる。下手をすれば、背任罪に問われるか、あるいは損害賠償を請求されるかもしれない。 「2億円ちかくドブに捨てた」 マンションの大規模修繕をめぐる施工会社などによる談合問題は、さらに広がりを見せている。4月23日、公正取引委員会は、マンションデベロッパー「大京」の完全子会社である「大京穴吹建設」(東京都)や三井住友グループの「SMCR」(東京都)など数社に独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で、立ち入り検査をおこなった。 3月上旬以来、公取が立ち入り検査をした会社は、約30社にのぼる。 これらの会社は、〈マンション管理組合が発注した大規模修繕工事の見積もり合わせや入札で、事前に受注業者や受注額を決めていた疑い〉(朝日新聞・4月23日)がある。公取は、管理組合に委託されて施工会社の選定にかかわる設計コンサルタント数社の調査も進めており、談合ネットワークの解明を進めている。 今回の公取の立ち入り検査は、首都圏に集中しているが、関西圏の設計コンサルタント会社と施工業者、管理組合などの「談合・リベート」問題も深刻化している。業者がマンションの部屋を購入するという手口とは異なるが、事例をご紹介しよう。 O社も何度も組んでいるP設計がコンサルに入った関西の案件について、女性の管理組合理事は、私の取材に対して悲鳴にも似た声を漏らした。 「もしも事前に他のマンションと情報交換していたら、2億円ちかくもドブに捨てませんでした。悔しいです。理事長のなり手がいなくて……。管理組合が目覚めなきゃ何も変わりません」 彼女のマンションは、戸数350戸、京都市右京区に立っている。築後40年、3度目の大規模修繕でぼったくられた。 まず、入居して日の浅い理事長が、管理会社の紹介でP設計をコンサルタントに選んだ。P社は、大規模修繕工事は「3億円程度で可能」と理事長に伝え、施工会社4社を集め、入札をする。 ところが、最も低い工事費の見積りが「5億2000万円」。1戸当たり約150万円、国交省が一般的な相場として示す1戸当たり75万〜100万円を大幅に超えていた。P社と施工業者の間で「談合」をしたとみられる。 理事長がP社のコンサルに抗議の書簡を送るが、「3億円と確約した覚えはない」とはね返される。そのまま押し切られ、管理組合は1億5000万円もの「借金」をして3度目の大規模修繕を行なった。 その後、建物のあちこちで施工不良が見つかる。女性理事はNPO法人京滋マンション管理対策協議会(京滋管対協)に相談し、屋上防水はじめ不具合をすべて施工会社の負担でやり直させた。相談を受けた京滋管対協の幹事・谷垣千秋氏は、こう語る。 「P社は、過去に何度もトラブルを起こしています。今回も設計監理のコンサルティング料を安くして管理組合に近づき、施工会社に高い費用で請け負わせ、キックバックを受けとったのでしょう。管理組合には高い買い物になるのです。最大の問題は、管理組合のお任せ体質です。管理組合が判断能力を持たなくては、変わりません」 【第一回】《「あなた、責任取れますか?」と男は住民に詰め寄った…マンションの「大規模修繕」のウラで暗躍する「マンション師」たちの「おそるべき手口」》 【第二回】《マンション住民を罠にハメる「マンション師」たち…その「裏金づくり」の「驚きの手口」》 【第一回】「あなた、責任取れますか?」と男は住民に詰め寄った…マンションの「大規模修繕」のウラで暗躍する「マンション師」たちの「おそるべき手口」