「塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった」“グリ下”塀設置 大阪・関西万博開幕の裏で居場所を追われる若者たち【報道特集】

大阪・ミナミにある“グリ下”と呼ばれるエリア。家や学校に居づらさを感じる若者たちのたまり場になっていた場所なのですが、万博の開幕直前に塀が設置され、若者たちは姿を消しました。「排除」にもうつる大阪市の対策について考えます。 【写真を見る】「塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった」“グリ下”塀設置 大阪・関西万博開幕の裏で居場所を追われる若者たち【報道特集】 万博開幕直前“グリ下”に「塀」設置 その目的とは… 4月13日に開幕した大阪・関西万博。大型連休初日には、開演前のゲートに長蛇の列ができていた。その熱気は、万博会場の夢洲から10キロほど離れたミナミの繁華街にも。 「戎橋」の上を埋めつくす外国人観光客。万博の開幕直前、インバウンドの更なる増加を見込んだ大阪市は“ある施策”に着手していた。 記者 「かつてこの辺りは座れる状態になっていて、多くの若者たちが夜中まで居座るという現象が起きていましたが、大阪市が居座り防止のための塀を設置しました」 大阪市が、約1600万円を投じて設置した長さ16.5メートルの「塀」。壁一面を覆い隠している。塀が設置されたのは、観光名所にもなっているグリコ看板の下。“グリ下”とよばれるエリアだ。 その目的について、大阪市は次のように説明している。 大阪市 「大阪・関西万博の期間中には、国の内外から多くの人がミナミを訪れることが見込まれる。環境改善の取組強化・啓発の一環として、橋の下への座り込みにより発生するごみのポイ捨てを防止する」 大人への不信感むき出しの若者たちが集った“グリ下” 塀に覆われる前、“グリ下”には腰かけることのできるスペースがあった。 コロナ禍の余波で観光客の姿もまばらだった2022年8月、私たちが取材に訪れると、家や学校に居場所がないと訴える若者たちが大勢集まっていた。 若者 「実家に帰ると殴られる。だから家出たし、友達の家にいるし。それでも捜索願を出されたこともない」 「家庭環境、最悪じゃない人いないよね?だいたい虐待とかあるじゃん」 一方、こうした若者たちが巻き込まれる事件も頻発。 2024年7月には、少女が男らに北陸地方へ連れて行かれ、売春をさせられる事件もあった。 そうした背景もあり、警察による補導も連日、行われていたのだが… 若者 「もうグリ下に関わらんといてほしい、大人。ここに集まるのが間違いなのは、分かっているんですよ、みんな。でも集まれる場所がここにしかない。ほんまに居場所」 大人への不信感をむき出しにする若者たち。“グリ下”にあったのは、似た境遇を持つ者たちの「緩やかなつながり」だった。 だが、あれから3年。塀の設置以降、“グリ下”の景色は一変した。若者たちの姿は、ほとんど見当たらない。彼らはどこへ行ったのか。 「塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった」“浮き庭”に集まる若者 万博の開幕直前に居座り防止の塀が設置された、大阪・ミナミの“グリ下”。かつて、この場所にいたという若者は… 若者「まあ集まりにくくなったとは思いますね」 記者「ここにいた子たちは散らばって行ったイメージ?」 若者「そうそう」 記者「どこに行っているんですか、いま」 若者たちの新たなたまり場は、“グリ下”から400メートルほど離れた場所に存在していた。 記者 「いますね。若者が数人、座り込んで話し込んでいるという状況」 早速、話を聞くと… 記者「昔はグリ下集合だったのが、今はここ集合に?」 若者「そうですね」 記者「ここは何と呼ばれている?」 若者「“浮き庭”。たぶん水に浮いているから」 若者たちが“浮き庭”と呼ぶエリア。周辺に外国人観光客の姿はなく、ひっそりと静まり返っている。 “グリ下”に塀が設置された後、新たなたまり場として定着しつつあるという。若者たちは… 若者 「まあ、キモイよね。わざわざ“奪う”みたいな感じで、塀を作ったりするのは本当にやめてほしいと思いました」 「なんでそんなんするん?みたいな。余計、居場所なくなっちゃうんじゃないかなと思います」 それぞれが複雑な事情を抱え、街をさまよっている。 若者 「虐待されていて、居場所がなくて、学校も行けなくて、コミュ障で周りの子となじめなくて、勉強もできないからいじめられて…みたいな。塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった。そのあとで良かったんじゃないかって思っていますよ、私は」 記者「ここにも塀ができる可能性はあるじゃないですか」 若者「そうですね」 記者「また違う場所を探して、さまよう?」 若者 「それじゃないですかね。だってみんな居場所がなくて、助けを求めてここに来ているんじゃないですか。ただ騒いで迷惑をかけたくて、ここに来ているんじゃなくて、助けを求めて来ているから」 10代半ばから、20代前半の男女が入れ代わり立ち代わり“浮き庭”へやってくる。その光景は、私たちが3年前に“グリ下”で見たものと同じだ。 記者 「大阪府警の私服警察官が、新たなたまり場に補導に来ました」 警察も“浮き庭”の存在をすでに把握しているようだ。 しかし、若者たちは何度補導を受けても、この場所に戻ってくる。まさに「いたちごっこ」の様相だ。 オーバードーズやリストカット… “現実逃避”をする若者たち 警察官に事情を聴かれていた若者に話を聞くと… 記者「舌が青くなっているのは?」 若者「サイレースです。睡眠剤です」 記者「薬に着色料が?」 若者「そうですね、着色料で」 記者「大量に摂取したような状況?」 若者「そういうことですよ〜」 彼女たちが過剰摂取していたのは、不眠症患者などに処方される睡眠導入剤。依存性のリスクもあるという。 記者「なぜ、そういうものを?いわゆるオーバードーズ?」 若者「そういうことです。気持ちよくなれるからです。テンション上がるし」 記者「親御さんは心配していないですか?」 若者「していないです。もう諦めています。『薬、没収されたら飛び降りる』とか言っているんで」 記者「なぜここに来るようになった?」 若者「現実逃避。オーバードーズも現実逃避です」 記者「逃避したい現実がある?」 若者「そうですね」 記者「何から逃げたい?」 若者 「普通の人と一緒に生きられないな…みたいな。普通に中学校とか部活とか行っている子と、一緒に生きられへん…みたいな」 2人の腕には、リストカットの痕が無数に刻まれていた。 記者「今も絆創膏を貼っているけど」 若者「これ、ちょっとやっちゃった」 記者「いつ?」 若者「さっき」 記者「どういうときにリストカットする?」 若者「暇やから。暇つぶし」 記者「でも、痛いじゃないですか」 若者 「傷見て薬見て、それが気持ちいいみたいな。自分の血を見たら落ち着くみたいな」 「傷見て、“ああ、頑張ったんやなあ”って思えるから」 雨が降り始めると、若者たちは足早に“浮き庭”から去って行った。ファストフード店やカラオケボックスなどを転々とし、時間を潰すという。 「グリ下会議」発足も 相談なく塀設置 なぜ? こうした若者たちの存在が、放置され続けてきた訳ではない。 大阪市 横山英幸 市長(2024年5月) 「背景に子どもの貧困であったり虐待であったり、いろいろな社会問題が重なっている問題かと思いますので」 2023年8月には、行政と警察・地元商店街・NPOなどが連携して、若者支援策を考える「グリ下会議」が発足。これまで7回にわたって会合を開き、協議を重ねてきた。 「グリ下会議」のメンバーで、若者支援を行うNPOの理事長今井紀明さん。塀の設置について、行政側から事前の相談はなく、2月に「決定事項」として突然突き付けられたという。 認定NPO法人D×P 今井紀明 理事長 「もう覆らないということが決められているという説明を受けています。残念でならなかったですね。本当は話し合いがあってこそ、もっとできることがあったんじゃないかなとは思っています。何のためにグリ下会議をやっているのか」 若者を支援してきたNPOなどの同意を得ずに、設置が決まった“グリ下”の塀。万博の開幕が目前に迫る中、拙速に推し進められたというきらいはないのか。 塀を設置した大阪市の横山市長に尋ねた。 記者 「なぜ『グリ下会議』があるのに、塀の設置について相談しなかった?」 大阪市 横山 市長(4月30日) 「(グリ下周辺の)管理主体が大阪市になりますので、適切な維持管理という点も重要」 横山市長は「グリ下会議」で相談しなかった理由を、明確には答えなかった。そのうえで… 大阪市 横山 市長(4月30日) 「“東のトー横、西のグリ下”と呼ばれていいのか。所管する基礎自治体が放置していると捉えられかねないような状態でもいいのか。シンボルとなるような場所を作らない。行かなくていい人まで、寄せ付けてしまうリスクがある。分かっていながら放置することは自治体の責務とは言えない」 封鎖された“トー横”若者たちはどこに? “グリ下”よりも前に封鎖されたのが、横山市長からも名前があがった新宿・歌舞伎町の“トー横”だ。 記者(4月) 「“トー横”と呼ばれるエリアには、青い柵が設置され封鎖されています。ここにたまっていた若者たちの姿は見受けられません」 “グリ下”同様、少年少女が犯罪に巻き込まれるケースが相次ぎ、一斉補導も定期的に行われてきた場所だ。 3年前に取材で訪れた際は、広場が若者たちのたまり場になっていた。深夜まで“トー横”にいて、そのまま眠りにつく者まで。 だが、現在は四方を青い柵で囲まれ、広場に立ち入ることはできない。若者たちの姿が見当たらない。 歌舞伎町の一角で、若者に向けた支援などを行う公益社団法人「日本駆け込み寺」。炊き出しが始まると、若者たちが続々と集まってきた。 記者「炊き出しにはよく?」 若者「まあそうですね、最近は。助かります」 記者「みなさんは知り合い?」 若者「だいたい界隈民。界隈仲間」 かつて、“トー横”の広場に入り浸っていたという若者たち。互いのことを「界隈民」などと呼び合い、今も仲間意識を持っている。広場周辺で過ごす時間は、めっきり減ったと話す。 若者 「補導ですね。最近、補導が多いから。私服警官の補導。ポイント稼ぎのあいつら、訳の分からないやつが補導しやがって」 記者「つい最近もあったもんね、一斉補導」 若者「俺、持っていかれなかった」 記者「それでいなくなった子もいる?」 若者「みんな児相に持っていかれたよ。でも大体のやつらは児相から脱走するから」 広場に寄り付かなくなった理由は、相次ぐ補導だけではない。 若者「前よりやばくなっている。金の請求が増えたよね」 記者「金の請求?誰から?」 若者「歌舞伎町のやつら」 記者「ヤクザとか半グレとか?」 若者「そういうこと。簡単にまとめたらそういうこと」 若者たちに因縁をつけて脅し、金を請求してくる大人がいるというのだ。 「虐待されていて…」12歳からトー横に通う少女 支援団体にも“限界” 少女(17) 「40万円は絶対に取られている。うちのせいで(警察に)捕まったっていう屁理屈を言われて」 そう話すのは17歳の少女。40万円もの大金をどうやって捻出したのか。 少女(17) 「パパ活、パパ活。立ちんぼ(路上売春)もしていた。今はしていない」 初めて“トー横”にやってきたのは5年前、12歳の時だったという。そこから家出を繰り返し、高校は中退。自らの生い立ちを淡々と話し始めた。 少女(17) 「虐待されていて、それで帰りたくないなあ…みたいな。母親がシャブ打っていて、自分もシャブ打たれるから、帰りたくないとなって帰らなくなった」 児童相談所に送られた回数は、これまでに5回。いずれも抜け出し、今に至る。 記者「児相や家よりこの辺の方が居心地がいい?」 少女(17) 「もちろん。誰かの色に染まる必要もないから。ありのままでいればいいから、めっちゃ楽」 記者 「一方で“トー横”の広場周辺はいづらくなっている?」 少女(17) 「うん。きもい。まじできもい。柵できてからじゃない?“いづらい”って思い始めたの。いさせたくないんだろうなって思った。 それだけトー横にいさせたくないんだったら、もっといい方法を見つければいいのに。 一斉補導とか無理やり児相に入れたり、家に帰したりするんじゃなくて、なんでトー横に来ているのかっていう根本的理由を解決しないと、その子も前に進めないし、それが親のせいだったら、親も前に進めないから」 駆け込み寺・代表の清水葵さんは、若者たちが“安心して立ち寄れる場所”の存在が重要だと考えている。 公益社団法人 日本駆け込み寺 清水葵 代表理事 「うちは警察が来ても絶対に入れないです。子どもたちの信頼を壊してしまうことになるので。もちろんいますよ、未成年で捜索願が出ていて、ここにずらっと神奈川県警が並んだこともありましたけど、絶対に入れない」 一方で、“トー横”周辺に“いづらさ”を感じ始めている若者たちを、24時間にわたって受け入れることができない現実もある。 資金面などに限界があり、駆け込み寺の開放時間は午前10時から午後6時までに限定されているのだ。 公益社団法人 日本駆け込み寺 清水代表理事 「今もぎりぎりの人数でやっているので、マンパワーの部分ですよね。やっぱりもう少し人がいたら…とか、もう少し余力があれば遅い時間までできるのに…とか、歯がゆさは感じていますね」 歌舞伎町には、東京都が運営する若者向けのフリースペースもあるが、開放時間は午後3時から午後9時まで。フリースペースに滞在していた若者たちは、夜、街に放り出されていった。 「僕たちを排除しようとする意図が丸見え」若者たちの本音 一方、居座り防止の塀が設置されたばかりの大阪・“グリ下”。 付近に拠点を構えるNPOには、かつてグリ下に集まっていた若者たちから、こんな本音が寄せられている。 若者たちの意見 「僕たちのことを排除しようとする意図が丸見えで、政府のやり方が汚いから心底キモちわるい」 「壁を作ったところで、寝る場所もない、食べ物もない。帰れない状況が変わらない限り、場所や形をかえて、グリ下みたいなところは残り続けると思う」 若者たちの声を直接聞いてきた、NPO代表の今井紀明さんは… 認定NPO法人D×P 今井理事長 「社会的な排除のメッセージになってしまっているところは懸念点としてあるなと。余計行政に頼りたくないとか、国とか大人って嫌だなとか、社会に対しての悪い印象を残すものになっていると思う」 必要なのは、単に居場所を作ることだけではないと訴える。 認定NPO法人D×P 今井理事長 「僕たちも“支援している”というよりは、最初は本当に“関わり”から始まっている。未来を一緒に考える人がいることで、方向性は変わっていくというところも見えてきた。人が変えていくものなのかなというのは思っている。社会資源というか、人を投下すること、それが結果的に“居場所”になっていくこと」 虐待やいじめを受け、社会に“いづらさ”を感じている若者たちをどう救っていくのか。課題が突き付けられてる。

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