物語の時代設定やキャラクターの背景、雰囲気を視覚的に表現し、視聴者の没入感を高める効果のあるドラマのセット。現在、放送中の日曜劇場『キャスター』(TBS系)でひときわ存在感を放つのが報道番組『ニュースゲート』のセットだ。セットデザインを手がけた美術デザイナーの雨宮里美氏に話を聞いた。 【写真をみる】日曜劇場『キャスター』青の選定理由は対比 阿部寛を引き立てる、異質なスタジオ美学 『ニュースゲート』のスタジオセットに1歩足を踏み入れると、まずその迫力に圧倒される。実際のニュース番組の定番から大きく逸脱した、LEDを大胆に配す“異質”ともいえる空間だ。「視聴者に“報道番組っぽい”と感じさせるセットにはしたくなかった」と、“日本の夜の報道番組”らしからぬ宇宙や海外っぽいインパクトを持たせることに。 さらに、報道番組のスタジオでは珍しい“動き”のある構造を取り入れた。通常の板付き(最初からセットの中に司会者や出演者などがいること)ではなく、主人公のキャスター・進藤壮一(阿部寛)が青いカーペットを踏みしめながら背中から登場する——そんな演出も可能にしたレイアウトだ。 「実際のニュース番組では出演者が背中を見せることは少ないですが、進藤のキャラクターならアリだと思ったんです」という雨宮氏。阿部が演じる高身長の主人公の存在感に負けないよう、セットそのものにも“人”としての強さを持たせた。 色彩にも徹底してこだわった。報道番組では赤色は血液を連想するということからあまり使われないという。放送局「JBN」のロゴを赤にしたこともあり、最終的に選ばれたのは対比を意識した青。何種類もあるブルーの中から明るい印象のカラーが選ばれた。 「『キャスター』という作品の世界観には青のほうが合っていました。夜帯に放送される報道番組でありながら、過剰に沈まず、かといって朝の爽やかさにも寄らない、絶妙なバランスになったと思います」と雨宮氏は語る。 そして黒ではなく白を基調とした床面は、照明の映り込みを柔らかく受け止め、空間全体の抜け感を作り出している。 報道のリアルと美術の緻密なせめぎ合い 雨宮氏は実際の報道現場の“生”の雰囲気も大切にした。スタジオの奥に位置する報道局は、2階建ての構造を採用。中心に据えられた円形テーブルは、番組スタッフに扮する出演者たちが放送前の打ち合わせで自然と集まる場所としても機能する。 「実際の報道局を見学した際、皆さん部屋の端にあるデスクで打ち合わせをしていました。ですが、そこから各自のセクションに散ることで始まるので、印象に残る場所を作りたいという思いからあえて円形に。既製品ではなく、大道具さんに作ってもらいました」。 天井には、中央にモニターを吊るための円形トラス(構造骨組の一種)もあり、現場感と美術性の両立を図った設計だ。単に壁にモニターを並べるだけでは“動き”が出ないことも1つの理由だろう。 報道局からスタジオが見えるよう、大きく開かれた窓も印象的だ。「最初はここまで開ける予定ではなかったんですが見せたいという話になって。だから1階も2階もガッツリ抜いたんです」。 普段のテレビ番組では、カメラの後ろにいるアシスタントディレクター(AD)らスタッフが画面に映り込むことはほぼない。しかし、本作ではスタジオに隣接する報道局をスタッフが行き来する様子や、スタジオの奥で紙の資料を手渡す動作が、番組のリアリティをさりげなく底上げしている。 スタジオセットと報道局のセットが面していることで、ただの背景ではなく、どちらから撮影しても印象に残る効果もある。 リアルは細部に宿る——セットに仕掛けた遊び心 主人公の個室は、当初1階に設ける案もあったが、2階へ行く理由もつけたいと2階に設けられた。実際の報道局ではアナウンサーはアナウンサー室に席がある。社外のキャスターもそこに席を作ろうと考えたが、プライバシーの観点からも、報道局の中にあるのは違和感を覚えたという。 そんな主人公の個室の家具は“支給品”ではなく、彼自身が長年使っていたような味のあるものを配置。「新しい家具ではない。主人公の歴史を感じさせる空間にしたかった」と雨宮氏。 隣接するミーティングルームとは仕切り戸でつながっており、状況に応じて一体化させて使うこともできる。「1室を2つに分けて使っている設定。進藤がキャスターになったことで居場所として与えられた空間なんです」と、主人公の型破りな一面は部屋の使い方にも現れている。 さらに、報道局の細部にはさりげない遊び心も仕込まれている。例えばロッカーの上には、打ち合わせのときに使用した模型がひっそりと置かれているという。「別の番組で地方局のセットを担当したとき、模型を差し上げてすごく喜ばれたんです。だから今回も置いてみました(笑)」。 他にもキャラクターの個性に応じた小物や、ADたちが使うインカムの充電ステーション、事件現場に直行できるよう脚立を配したラックなど、“見せないリアル”が随所に息づく。 どのディテールも、“普通じゃない報道ドラマ”を実現するための積み重ねだった。雨宮氏が語った「動きが取れて、迫力のある、ただの板付きじゃないセットにしたかった」という言葉。それはセットという枠を超え、作品全体の思想を体現するものだった。 報道番組の様式に縛られず、映像作品だからこそ可能な演出を重ねたセットが、リアルとフィクションの境界を緩やかに越えていく。その空間が映し出すのは、現実の延長線にある“もうひとつの報道”の世界だ。