“報道って何だろう?”——日曜劇場の美術デザイナーが挑んだ虚構と現実の境界線

ニュース番組のように見えて、実はフィクションのドラマ。その“二重構造”を成立させるには、圧倒的なリアリティが必要だった。日曜劇場『キャスター』(TBS系)の劇中報道番組『ニュースゲート』のセットは、報道の現場を細部まで再現しながら、ドラマとしての説得力も持ち合わせた特別な空間だ。リアルとフィクション、その境界線に挑んだ美術デザイナー・雨宮里美氏の試行錯誤に迫る。 【写真をみる】報道現場の“リアル”を徹底分析した日曜劇場『キャスター』 『news23』の図面を入手、徹底分析することからスタート 『ニュースゲート』のセットに足を踏み入れた瞬間、そこに広がるのは“本物”と錯覚するようなスタジオと報道局だ。舞台となるJBNテレビの報道フロアは、現実の放送現場にある緊張感を漂わせつつ、ドラマ作品としての説得力も兼ね備えた空間となっている。 「まず初めに考えたのは、“報道って何だろう?”ということでした」と、雨宮氏は振り返る。事件や政治を扱う現場には、常に張り詰めた空気がある。視聴者の信頼を背負い、社会に向き合う人々の営み。その空気感を、セットという限られた空間の中でどう表現するか。それが、今回のデザインにおける出発点だった。 雨宮氏は、ドラマの美術セットだけでなく、実際の報道番組のスタジオセットの図面も引いた経験を持つ。今回の制作にあたっては、リアリティを追求するためにTBSの報道番組『news23』の図面を入手し、キャスター席の高さ、カウンターの奥行き、照明の角度といった細部に至るまで、実物と照らし合わせながら設計を進めたという。 さらに、実際の報道局やテレビ局の内部を何度も視察。床材の質感や配線の取り回し、書類の置かれ方、壁に貼られた注意書きまで、現場に息づく“リアル”を徹底的に観察した。 「本物の報道現場は、機能性と緊張感が共存しているんです。それをどう美術に落とし込むか、常にバランスを見ながら設計しました」と雨宮氏。 また、今回『ニュースゲート』のスタジオセットは、通常3番組で共有する広さのスタジオを1作品でぜいたくに使用。「これだけ広く自由に設計できる機会はなかなかないので、考えるのが楽しかったですね」と振り返る。広さを活かしながらも、空間が散漫にならないよう、緊張感のある構成にしていった。 “動き”が生む構造のリアル--どこから見ても画になるために 雨宮氏が特にこの『ニュースゲート』のセットで意識したのは、“人の動き”だ。「報道って、とにかく人がよく動くんです。誰かが取材から戻ってきて、誰かがスタジオに入っていく。その慌ただしさが、空間の構造そのものに現れているんです」。 その言葉どおり、スタジオから編集スペース、記者たちの作業エリアまでがワンカットでつながる構成は、まさに“動線”を意識した設計の表れ。さらに、阿部寛演じるキャスター・進藤壮一の個室や、サブ(副調整室)を2階に配置し、階段を使った“縦の動き”も組み込まれている。 こうした設計は、ドラマで描かれる報道の臨場感を支える一方で、「どこから見ても画になる空間」にもつながっている。「バラエティの中で報道っぽいセットが出てくることはありますが、ここまで報道を主軸にしたセットをドラマで作るのは初めてに近いんじゃないでしょうか」と雨宮氏は語る。 通常のニュース番組では、キャスターの背後が整っていれば十分という考え方もある。しかし今回は、2階から見下ろすようなカットや、空間全体を活かす演出も想定されている。そのため、普段はカメラに映らない天井裏の配線まで丁寧に仕上げられた。 「実際には天井にケーブルがたくさん走っていて、フタはしないのが通常。ですが、映ったときに汚く見えないように塞いだり、ワイヤーも銀ではなく白にしたり。“画としての美しさ”もすごく意識しました」。 人が動くことで映し出されるリアルな日常と、どこを切り取ってもフィクションとして成立する完成度。その両立にこそ、今回のセットづくりの真価がある。 映像の中に“現場”を持ち込む、細部への挑戦 本作のセットづくりにおいて、もう1つ難しかったことが、報道特有の“機材”の再現だった。報道スタジオでは、転がしモニターやプロンプター(原稿をモニターに表示し、演者がセリフや進行を正確に伝えるための装置)付きカメラ、クレーンカメラなど、特殊な装備が数多く稼働している。 通常のドラマ撮影では、これらの機材が画面に映り込むことは少ないが、『ニュースゲート』では“画面の中にスタジオそのものがある”という構造ゆえに、そういった機材のリアリティも重要になる。 「撮影用の機材だけでなく、映像に映り込むセットの一部としてのカメラやモニターの配置も必要でした。JBNのロゴシールをTBSの実機に貼って、あたかも局内機材に見えるよう細部まで作り込んでいます」。画面に映る全ての道具が、架空のテレビ局“JBN”の世界観を支える要素になる。 その再現は、映像の細部にまで及ぶ。スタジオ内のモニターに映るニュース映像は、助監督たちが実際に出演して制作したもので、放送局の各キー局を想定した複数のニュースラインが同時に映る設計となっている。 事前に助監督にモニターの数を伝えたという雨宮氏。自身も「何も流すものがないときのために、『ニュースゲート』のロゴがループ再生される動画を作成しました」と、モニターの多さ故に活用できる動画を作成した。 さらに、番組が進行する時間帯に合わせて、モニターに映る“世界の時計”も毎回細かく針を調整しているという。「あまりに細かいと大変ですが、一定のリアリティラインは保ちたい。そのさじ加減が難しくて、でも楽しい部分でもあるんです」。 こうして積み上げられたディテールの1つひとつが、ドラマでありながらリアルな報道番組のように見える世界を形作っている。 報道の現場にある緊張感と、ドラマならではの視覚的インパクト。その両立を目指した報道スタジオのセットは、ただの背景ではなく、登場人物たちと同じように“語る”存在になった。「動きが取れて、迫力のある、ただの板付き(最初からセットの中に司会者や出演者などがいること)じゃないセットにしたかった」と語る雨宮氏の言葉には、リアルとフィクションの狭間に挑んだ手応えがにじむ。

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