なぜ、その解法を思いつくのか? 数学ができる人とできない人の差はどこにあるのか? この記事では、数学者の芳沢光雄さんの最新数学書『いかにして解法を思いつくのか「高校数学」』(上・下)の執筆背景にあったという、「数学における13個の考え方」による「発見的問題解決法」という着想をもとに、「数学の土台となる考え方」を身につけるための思考法を紹介します。 今回は「13個の考え方」から「定義や基礎に戻る」「図を用いて考える」「兆候から見通す」という3つの思考法を、高校数学の問題をもとにみていきます。 数学における13種類の考え方「発見的問題解決法」 これまで数学のヒラメキの裏側にある「13個の考え方」による「発見的問題解決法」を紹介してきた。とくに、最新刊の拙著『いかにして解法を思いつくのか「高校数学」(上下)』では「新しいものを創造する時代」であることを踏まえ、「試行錯誤の精神」を礎(いしずえ)にして、戦後の高校数学で扱った全項目を網羅しながら、例題形式で「発見的問題解決法」という視点から解説している。 これまでの記事では、 ・帰納的な発想を用いる ・類推する ・背理法を用いる ・逆向きに考える ・特殊化して考える ・効果的な記号を使う ・一般化して考える ・条件を使いこなしているか という8つの思考法について述べた。 本稿では同様な趣旨をもって、「定義や基礎に戻る」「図を用いて考える」「兆候から見通す」について順に述べよう。 とくに昨今の数学教育における「やり方の暗記」だけに慣れた方々からすると、冷静に「定義や基礎に戻る」ことを忘れてしまうことがある。しかし、数学は定義や基礎の上に組み立てていくのであり、このような問題をいろいろ解く姿勢は大切である。 年利率0.012%の定期預金で、年利1.2%を得る方法!? 算数から高校数学にかけての1つの例と2つの例題を紹介しよう。 例:1990年代後半の日本は、長引く景気低迷から超低金利の状態が続いていた。銀行の定期預金も郵便局の定期貯金も、1ヵ月ものでも、1年ものでも年利率0.3%ぐらいの水準であった。 ところが郵便局の定期貯金を上手に利用すれば、仮に、1ヵ月ものや1年ものの年利率が0.012%であったとしても、年利率1.2%の利息を得る方法があった。そのような方法での預金は1999年から規制されたが、以下述べるものである。 たとえば100万円もっている人が、それを1年ものの定期貯金1口として預けると、利息は 100万×0.00012=120(円) となる。一方、1口:1000円の1ヵ月ものの定期貯金を1000口として預けると、1ヵ月の1口についての利息は 1000×0.00012÷12=0.01(円) となる。ここで0.01円は1銭であるが、「国などの債権債務等の金額の端数計算に関する法律」によって、1銭は1円に切り上げられる。そのような定期貯金が1000口あると考えて、100万円に対する1ヵ月の合計利息は1000円となる。 この方法を12ヵ月繰り返すと、1年の合計利息は1万2千円になり、年利率1.2%相当の利息を得ることになる。参考までに、銀行ならば1円未満は切り捨てられるので、この方法は意味がない。 「定義や基礎」をきちんと理解しているかを問う問題 例題1:xについての次の不等式を解け。 ax+b>cx+d 解説:この問題は、a,b,c,dに具体的な数値を入れた問題を一般化したものである。このような問題では、「0で割ることはできない」、「負の数を掛けると不等式の向きは変わる」、「多項式の最高次係数は0ではない」などを常に注意して論議を展開する必要がある。 この例題では、まず (a−c)x>d−b と変形する。そして、 a>cのとき、x>(d−b)/(a−c) a<cのとき、x<(d−b)/(a−c) となる。 さらに、 a=c のときは、 b>d ならば、答えは「すべての実数」 b≦d ならば、答えは「解なし」 となる。 なぜか数学の教員も間違えることがある問題! 例題2:平面上に平行四辺形BAOCがある。なお、B,A,O,Cの順に時計の針と反対向きに頂点が並んでいて、AとCは向かい合う頂点で、BとOも向かい合う頂点である。 ある人が「点Oを基準とする点Cの位置ベクトルをpとするとき、 ベクトルAB=p が成り立つ」と言った。 この発言が正しければ「正しい」と答え、間違っていれば「間違っている」と答えよ。 解説:「正しい」 のである。 平面上の任意の 点X に対し、 点O を基準とする点Xの位置ベクトルとは「 ベクトルOX 」のことであり、それ以外の条件などは何も付かないのである。したがって本問題において、 点O を基準とする 点C の 位置ベクトル を p とするとき、 p=ベクトルOC である。そして仮定より、 四角形BAOC は平行四辺形なので、 ベクトルAB と ベクトルOC は向きも長さも同じである。よって、 ベクトルAB=ベクトルOC も成り立つので、本問題の答えは 「正しい」 のである。 不思議なことに、この問題は高校生ばかりでなく数学の教員も間違えることがあるので、注意してもらいたい。 数学の問題では、どんなときに図を描くべきなのか? 次に「図を用いて考える」について述べるが、ネットの記事では図に関してはいろいろ制限があるので、文章の表現に留めることを理解していただきたい。 昔から「数学の問題に関しては、図を描いて考えるとよい」とよく言われてきた。これに関しては、次のように分けて考えよう。 (ア)図を描くことによって、ミスの無い思考をする。いくつかの場合に分けて考えるときの樹形図や、応用数学のスケジュール計画であるPERT法や、最短通路問題などを思いつく。 (イ)実際の図形の検討したい部分を扱いやすい大きさに表現する。編み物における毛糸と毛糸の位置関係とか、山頂からの視界とか、xの関数yについてx軸との交点近くの符号のみに注目するときなど、検討したい部分をクローズアップして考えることである。 (ウ)良いアイデアを生み出すためのヒントを模索する。算数の文章問題や化学の構造式などで、問題の解決に結びつく良い図を描いた経験はあるだろう。 (エ)各種の統計的なデータを整理して何らかの傾向をつかむ。小学校から学んできた棒グラフ、柱状グラフ、折れ線グラフ、帯グラフ、円グラフなどばかりでなく、格差を測るジニ係数を求めるときに用いるローレンツ曲線を含めて、いろいろな特徴を示すことができる。 数学における「兆候」を感じるためには? 次に「兆候から見通す」について述べよう。 よく知られているように、フィボナッチ数列は次の数列である。 {a(n)}:1、1、2、3、5、8、13、21、34… この数列に関しては、 lim(n→∞){a(n+1)/ a(n)}=1.61803398… というように、いわゆる黄金比に現れる {(√5+1)/2} が極限値となるところが面白い。実際、数列 {a(n+1)/ a(n)} を具体的に調べていくと(n=1,2,3,…)、 1、2、1.5、1.666…、1.6、1.625、1.61538… を得る。それから、 {(√5+1)/2} が関係するのではないかと見通したうえで、漸化式の解法を用いて数列 {a(n)} の一般項を求めることも面白いだろう(拙著『新体系・高校数学の教科書(上)』5章3節の例8を参照)。 三角関数では「兆候から見通す」ことが重要 また、三角関数の「加法定理」、「和積の公式」、「積和の公式」などについては、それらの証明を全部覚えていなくても部分的にでも理解しておくと、他のものの証明を考えるときは、部分的に理解している証明が一つの兆候として参考になるはずである。 「兆候」は、変化が現れる分野でよく見受けられることに留意したい。次は本稿での最後の例題である。 例題3:3次関数f(x)=(xの3乗)+3a(xの2乗)+bxのグラフy=f(x)は、このグラフ上のある点Pに関して点対称であることを証明せよ。 解説: いくつもの3次関数のグラフを描いた経験があれば、 「点Pは変曲点ではないだろうか」 という兆候を感じるだろう。また一般に、 奇関数 すなわち g(x)=−g(−x) となる 関数g(x)のグラフ は、 原点に関して点対称 であることはよく知られている。 そこで本問題は、与えられた関数の変曲点を (s,t) とするとき、そのグラフ全体をx軸方向に −s 、y軸方向に −t 移動させたグラフを表す関数を h(x) として、 h(x) は 奇関数 になることを示せばよいのである。 ここでは、途中計算の記述は省略するが、 例題3 は一般の3次関数でも同様に成り立つ。 4月10日から始めて本稿まで、合わせて7回の記事でいろいろな「発見的問題解決法」について簡単に紹介してきた。 残すは「対称性を利用する」「見直しの勧め」の2項目と全体としての「まとめ」であり、一回で述べるつもりである。 数学のヒラメキを生み出すものは何か?「思いつく人」がやっている「特殊化して考える」という思考法