東京23区のマンション高騰が続いている。新築はもちろん、今は中古マンションでも都心の好立地な物件は「億超え」が当たり前に。その一因とされるのが外国人投資家、とりわけ中国人による日本の不動産の“爆買い”だ。今年3月には、脱税事件を巡って東京国税局が、中国籍の会社代表が所有する晴海フラッグの6部屋、総額5億円相当の物件を差し押さえた。しかし、いま中国人が最も熱視線を注ぐのは、晴海フラッグのある「江東区」ではないのだという。都内マンションの転売事情を“定点観測”し続けるマンションブロガー「マン点」氏による最新レポートをお届けする。 (前後編の前編) *** ※外部配信先では一部のグラフが表示されない場合があります。全てのグラフはデイリー新潮サイト内で閲覧可能です。 いま最も多く中国人に“買われている”のは… 【写真を見る】データ分析で分かった「中国人」が東京23区で最も"熱視線”を注ぐ区とは 中国人向けの日本最大級「不動産プラットフォーム」 運営会社のGA社が「中華圏の投資家と日本の不動産をマッチングするプラットフォーム」と謳うサイトをご存知だろうか。 中国人を対象にした、日本最大級の不動産情報サイト「神居秒算(しんきょびょうさん)」だ。 昨今、「中国人が日本の不動産に関心を高めている」と語られることは多い。しかし、そのほとんどは現場の“肌感覚”に基づいたものに過ぎない。公的統計は整備されておらず、実態はよく見えていない。 本稿では、この不透明な現象の輪郭を、データをもとに可視化することを試みる。対象とするのは、「神居秒算」の物件データ、そして東日本不動産流通機構(東日本レインズ)の成約情報や在留資格統計である。 中国人はいま、東京23区のどこを、一体どのような理由で買っているのだろうか。そして、そうした中国人たちの“素顔”とは——? 数値が語る「静かな現実」を読み解いていく。 コロナで激減したマンション掲載数は、2025年に再び最高水準に 私が「神居秒算」の定点観測を始めたのは2021年1月のことだ。以来、毎月初めに、東京・大阪を含む主な12自治体の中古マンションの掲載件数を記録し続けている。 その推移を見ると、東京が圧倒的に多く、大阪がそれに続いているのが分かる。 東京の掲載件数は、観測を始めた2021年頃は3000〜4000件の間で推移していた。ところが、2022年8月に激減する。恐らく“コロナ”の影響ではないだろうか。 その後、2023年3月を底に反転し、増加傾向に。2025年5月には4,000件を突破した。一方、大阪は観測開始当初から大幅に減少した後、2023年10月あたりから徐々に増加してきたものの、2025年5月時点で1000件に届いていない。 ただ、上記の掲載件数の変化だけでは「中国人が日本の中古マンションを積極的に購入している」状況かは分からない。「神居秒算」の中古マンションの掲載件数の変化を、他の市場指標(成約件数、在庫件数、価格など)や経済状況と比較した際、「なにが言えるか」こそが今回の分析の肝である。 「神居秒算」の掲載数と「一般の中古物件」の件数を比較すると? そこで、「神居秒算」の東京の中古マンションの掲載件数を、(東日本レインズ)が毎月公表している東京の中古マンション市場指標(在庫件数、成約件数、成約単価)と合わせて分析し、グラフにまとめた。 分析結果からは、ある種の逆相関が読み取れる。一般市場の中古在庫の件数が増加すると、「神居秒算」の掲載件数は減少し、逆に一般市場の中古在庫件数が減少すると、「神居秒算」の掲載件数は増加する、という傾向である。 つまり、一般中古の在庫数減少が示す市場の活況(たくさん売れている)と、「神居秒算」の掲載数増加が示す中国人の需要増とは、ある程度呼応していることが分かるのである。 2024年以降に掲載件数が増加に転じているという事実も、購買意欲のある中国人が再び増え始めている兆しと言えそうだ。 では、こうした需要は東京23区の、特にどのエリアに集中しているのだろうか。区別の掲載状況を見ていこう。 買われるのは都心? それとも郊外? 調べて分かった意外な「人気区」 「神居秒算」に掲載された東京23区の中古マンションの件数を区別に比較すると、興味深い傾向が見えてくる。 2025年5月1日時点で多かったのは、「大田区」(505件)である。続くのは「板橋区」(428件)だ。注目すべきは、都心3区(千代田・中央・港)ではない区に件数が集中している点である。 つまり、東京23区のなかで、いま最も多く中国人に“買われている”のは、大田区の中古マンションである可能性があるのだ。 「売れ残っているから掲載数が多いのでは」という反論は成り立つが、ここで参照しているのは「中華圏の投資家と日本の不動産をマッチング」を謳う、中国人専門のプラットフォームである。素直に「需要の高さ」を示していると考えていいのではないか。 掲載件数トップの大田区について、もう少し掘り下げて見てみよう。 次の図は、大田区として掲載された中古マンションを竣工年×価格でプロットしたものだ。 グラフからは、2000年以降に竣工した物件が多いことが分かる。そして特徴的なのは、4000万円以下の物件が多いことと、1億円を超える物件が存在しないことだ。すなわち、大田区に掲載される物件の多くは、比較的手が届きやすい価格帯にとどまっているのだ。 港区では「10億超え物件」と「コンパクト物件」が混在 都心の代表格、タワーマンションが多い「港区」についても確認しておこう。 港区の掲載件数は225件と、大田区の半数以下である。同様に竣工年×価格でプロットしたものが、次の図だ。 港区では、1980年前後と2000年以降の物件が多く、特に2000年以降に竣工した物件では、5億円を超えるものが24件、10億円超えるものが6件も存在する。 同じ東京のマンションでも、区によって全く異なるニーズが存在することがよく分かる。 さらに、港区については、価格と面積のクロス集計も行った(次図)。 大まかに見ると、0.6〜2.1億円・50〜79平方メートルの件数(ピンクで囲んだ部分)が多い。加えて、興味深いのは、6000万円未満・29平方メートル以下のコンパクトな住戸と、3.3億円以上・100平方メートル以上の広々とした高級住戸も多く見られることだ。 一見すると、対象顧客が真逆に思えるこれらの物件。しかし、どちらも中国人の関心が高いと見られるゾーンなのだ。 *** では、なぜ「大田区」や「板橋区」が求められるのか。こうした物件を求める中国人の“素顔”とは——? この記事の後編では、そのヒントとなりそうな為替の動向と在留資格のデータをもとにした、マン点氏の分析レポートを引き続きお届けする。 【著者プロフィール】 マン点(まんてん)マンションアナリスト。一級建築士。20年以上続けている不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」の管理人 X(旧Twitter):https://x.com/1manken デイリー新潮編集部