原告側の「実質的な勝訴」 〈1 被告らは、原告Aに対し、連帯して8668万6851円及びこれに対する令和2年1月22日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 被告らは、原告Bに対し、連帯して220万円及びこれに対する令和2年1月22から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え〉 5月14日、兵庫県神戸地裁姫路支部。赤穂市民病院と松井宏樹医師(47歳)に対して、医療過誤事件の被害者であるAさん(79歳)とその長女のBさんが、およそ1億4000万円の損害賠償請求を起こした民事訴訟の判決が言い渡された。 この日、多くのメディアが駆けつけたのは、松井被告が、近年大きな話題になっているウェブ漫画『脳外科医 竹田くん』のモデルとされる医師であることも理由だ。 漫画の主な舞台となった「赤池市民病院」のモデルも、赤穂市民病院である。松井医師は赤穂市民病院に勤務していた2019年から2021年に、脳外科医として8件の医療事故(うち3件は死亡事故も含む)に関わったとされる。さらにその後、籍を移した大阪市の医誠会病院(現・医誠会国際総合病院)での医療行為をめぐっても、死亡した患者の遺族から民事訴訟を起こされている。 松井医師が関与した医療事故、ほかの病院での事件はこちらを参照 【独占スクープ『脳外科医 竹田くん』モデルの医師を直撃…「私は裏切られた」「赤穂市民病院は汚い」その驚愕の主張】 【「指に針を突き刺して…」決死の内部告発!『脳外科医 竹田くん』のモデル医師が吹田徳洲会病院で「デタラメ診療」連発、院内は大混乱】 そして、漫画『竹田くん』の劇中でも最もインパクトの強いエピソードだった、「腰痛を治すために手術を受けた女性が、骨を削るドリルに神経を巻き込まれ、下半身が麻痺した」患者のモデルが、ほかならぬ今回の原告であるAさんなのだ。 なお、この日、松井医師、赤穂市民病院関係者及び被告代理人は法廷に姿を現さなかった。 およそ8900万円という賠償認定は、原告側の請求額である1億4000万円からは減額されているが、そもそも医療事故の訴訟では、被害者側の請求額が満額認容されるケースは稀だ。被害者の長女であるBさんも、かつて本誌の取材に対し「請求額にこだわりはなく、裁判を通じて過誤の真相、事故調査のずさんさ、原告の責任の重さをはっきりさせたかった」と語っている。 結論から言えば、下された判決は原告側の「実質的な勝訴」と言っていい内容だった。今回の判決のポイントを、判決文にもとづいて詳しく解説していこう(以下、山カッコは判決文からの引用。読みやすいように、文意を損なわない範囲で一部改変した)。 松井医師の「過失」とは何か? まず、この裁判では、松井医師が手術中にミス(過失)をしたこと、病院(を運営する赤穂市)と松井医師が損害賠償責任を負うという点については、原告・被告は争っていない。主に賠償額の多寡をめぐる裁判だ。 松井医師の「過失」とは、具体的には以下のようなものだ。 〈原告Aは、腰部脊柱管狭窄症の治療のため、令和2年1月22日、本件病院において、被告松井を執刀医、本件病院の脳外科医課長である朝日稔医師(以下、「朝日医師」という。)を助手とする本件手術を受けたところ、第2・第3腰椎間の施術を行った被告松井の手技上の過失により、腰椎部の馬尾神経を切断損傷された〉 多量の出血で患部がよく見えないにもかかわらず、やみくもにドリルを動かした結果、ドリルが白っぽい神経を巻き込んだ──この手術中の痛ましい様子については、漫画『竹田くん』で詳しく描かれているほか、実際の映像がテレビなどで放映されたこともあり、印象に残っている読者も多いだろう。 その結果として、 〈原告Aは、馬尾神経の切断損傷により、両下肢の麻痺を来たし、自力での起立・歩行が不可能な状態となり、重度の膀胱直腸障害が生じ、腰部から両下肢にかけて神経障害性の疼痛が生じるようになった〉 事故のあと、日常生活にも大きな支障が出るほどの麻痺や痛みを味わうことになったAさんの苦痛、また家族の負担や苦悩はきわめて大きい。 「慰謝料増額」をめぐり真っ向対立 今回、最も大きな争点となったのが、被害者側が「慰謝料増額事由」を請求したことだった。その内訳を判決文から引用すると、以下のとおりだ。 1.松井被告は、赤穂市民病院に入職して9ヵ月で11件の重大医療事故に関与するなど、手術を行う技量を有していなかった。さらに、本件における松井被告の過失は、きわめて著しく、重大かつ悪質なものであって、故意の傷害に匹敵する。 2.原告Aさんに生じた後遺障害は重大であり、疼痛の苦痛も甚大である。 3.松井被告が「早急に手術しなければ人工透析になる可能性がある」などと虚偽の説明をした。 4.赤穂市民病院では、松井被告が多数の医療事故に関与していたにもかかわらず、被告に手術をさせ続けるなど、監督がずさんで医療安全管理が機能しなかった。 5.本件の事故後も、松井被告は不適切な説明や言動を繰り返し、病院も真摯な反省や謝罪をせず、原告Aに執拗に退院を迫るなど、不適切で不誠実な対応をした。 これらの理由から、「慰謝料は4000万円を下らない」というのが原告側の主張だった。 一方の被告側、とりわけ松井医師は、Aさん側のこれらの指摘に真っ向から反論した。その主な主張を、同様に紹介しよう。 まず、1への反論はこうだ。 〈松井被告が担当した手術に複数の医療事故例があるからといって、被告が手術を行う技量を有していなかったとは言えない。中には(編集部注・指導医である)朝日医師の手術操作にかかわるものもあるし、脳神経外科の手術は合併症・偶発症のリスクも高く、松井被告は赤穂市民病院で50例の手術を担当したが、事故の頻度が高いとは言えない〉 〈病院による検証でも、本件以外は過誤ではないと判断されている。また、この事故発生の原因には、朝日医師が患部に水をかけすぎたことによる視界不良や、朝日医師が(編集部注・切れ味のいい)スチールバーを使用するよう指示したことがあり、松井被告の技量のみが原因ではない〉 また3の「虚偽の説明をした」との指摘には、〈(松井医師が)医学的合理性を欠く虚偽の説明を行ったことはない〉と否定したほか、5の「不適切な言動」についても〈松井被告が事故後にAさんやその家族に「神経が切断された」と断言しなかったのは、Aさんのリハビリなどに向けた意欲が低下することを案じたためである〉とした。 「『竹田くん』で社会的制裁を受けた」と主張 注目すべきは、『脳外科医 竹田くん』にも言及し、このように主張していることだ。 〈松井被告は、原告らが作成に関与したウェブ漫画により信用を毀損され、相当な範囲を超えて社会的制裁を受けている。このことは慰謝料減額事由として考慮されるべきである〉 これらの主張は、昨年9月に同法廷で行われた証人尋問でも、松井医師本人が発言していた。当時の様子は、本誌の記事【赤穂市民病院『脳外科医 竹田くん』モデル医師、ついに法廷へ…!「ドリルで神経を巻き込んだ」痛ましい事故は「自分の責任ではない」と断言】を参照いただきたい。 この証人尋問で、松井医師は「事故は上級医の朝日医師のせいでもある」「嘘の説明をしたわけではない」「ミスを正直に言わなかったのは、ドリルで神経を巻き込んだ、という"パワーワード"を伝えることでリハビリの意欲を失わせたくなかったから」との主張を展開したが、それに加えて今回は「『脳外科医 竹田くん』により、社会的制裁を受けたことを考慮してほしい」とも主張したわけだ。 では、これらの争点について裁判所はどのような判断を下したのか。それぞれ見ていこう。 まず1の技量不足については「著しい注意義務違反」があったことを認め、「朝日医師の指示があったとしても、注意義務違反の程度を軽減する理由となるものではない」とし、松井医師の主張を退けた。 〈被告松井は、本件手術において、出血などにより視認性の確保が十分でないのに止血をこまめにしないままスチールバーによる骨切除を進め、本件医療事故を起こしたというのであり、証拠(編集部注・外部の専門家による検証)によれば、その手技は、経験のある医師において危険を感じさせるものであったと認められることからすると、被告松井の本件医療事故における注意義務違反の程度は著しいといえる。 この点、被告松井は、朝日医師が水をかけ過ぎたことやスチールバーの使用を指示したことも本件医療事故の原因であると主張するが、仮にそのような事実があるとしても、被告松井の執刀医としての原告Aに対する注意義務違反の程度を軽減する理由となるものではない〉 また、赤穂市民病院での他の事例についても、「技量の稚拙さをうかがわせる」とした。 〈脳外科医の手術には合併症・偶発症のリスクもあることからすると、(編集部注・松井医師が関与したその他の)上記11事例があることのみをもって直ちに被告に本件手術の執刀をしてはならなかったほどの技量不足があったとまで認めることはできないが、上記11事例の医療安全の観点から検証すべき事例であったことからすると、被告の技量が稚拙であったことをうかがわせる事情とはいえ、被告の本件医療事故における注意義務違反の程度が著しいものであったことを裏付ける事情というべきである〉 稀にみる多額の賠償が認められた 一方で裁判所は、2の「Aさんの疼痛の重大さ」については認めつつも、3については〈原告らは、松井被告が手術をしたくて原告らに虚偽の説明をした旨の主張をするが、これを認めるに足りる的確な証拠はない〉とした。4についても、〈本件病院による監督、安全管理として、被告松井に本件手術をさせるべきではなかったとまではいえない〉とし、原告の主張を退けた部分もあった。 さらに5については〈本件医療事故を起こした医師及び病院として説明を尽くしたと評価するには不足があるというべきである〉としながらも、〈慰謝料を増額すべき悪質性を認めることはできない〉とも評価している。 松井医師が主張する『脳外科医 竹田くん』による社会的制裁と慰謝料減額については、このように切って捨てた。 〈被告松井は、原告らが作成に関与したウェブ漫画により社会的制裁を受けていると主張する。しかし、本件医療事故により原告らが受けた損害を検討するにおいて関連がある事実とみることができないのであり、上記主張を採用することはできない〉 他にも、Aさんがもともと高齢で介護認定を受けていたことから、請求どおりの逸失利益が認められなかったことや、医療事故以外に争点になっていた「Aさんが病院内で転倒した事案」についての病院側の責任が認められなかったことなどを含めて、原告側の求めた損害賠償は減額されることとなった。 とはいえ、ここまで見てきたように、全体としては多くの点で原告側の主張が認められ、最終的に裁判所は〈3300万円の慰謝料を認めるのが相当〉との判断を下した。約8900万円という賠償額は、これに加えて治療費や施設入所費用、家族の付き添い費、介護費用(将来の介護に必要な額を含む)などを合算したものだ。逸失利益が認められづらい高齢者の医療過誤事件としては稀にみる、多額の賠償と言えるだろう。 「偶発的な事故」ではなかった 原告であるAさん・Bさんの代理人弁護士・若宮隆幸氏は、判決言い渡しの後、姫路市内で記者会見を開いた。発言の要旨は、以下のとおりだ。 「今回、原告側が強調して主張してきた慰謝料増額事由、つまり事故の重大性、事故対応の杜撰さが一定程度認められたと受け止めました。そのことに関しては、良かったと言えます。 たんに注意義務違反があったということではなく、『著しい注意義務違反があった』と認められましたが、医療過誤訴訟でこのように判断されることは、あまりないのではないでしょうか。いわゆる偶発的な、不幸な事故ではなく、基本的なことができていなかったために起こった事故だと裁判所が認めたと認識しています。 ただ、もう少し踏み込んだ判断をしてほしかった部分もある。松井医師の技量が足りていないことをストレートに認めてほしかったのが、まず一点。また赤穂市民病院では、この件を含め多数の医療事故が短期間に起こりましたが、具体的な検証がなされていない。その点に関する評価が不足していると思います。 判決の認定の細かいところで、不満がないわけではありません。しかし、慰謝料増額事由がある程度認められたことについては、原告のAさんやそのご家族もホッとしていると思います。一般的に、後遺障害1級事案の慰謝料は2800万円程度になることが多いですが、今回は3300万円が認められた。これは、比較的高いほうなのではないかと思います。 『脳外科医 竹田くん』の影響については、漫画の表現が、松井医師を不当に貶めるようなものではなかったことを裁判所も認めたと受け止めています。漫画の描写にしても、訴訟を起こしたAさんやそのご家族の動機にしても、被告を貶める目的ではなく、こうした異常な医師による異常な事態がどうして止められなかったのか、それを明らかにしたいという気持ちが表れたものだと言えます。 (松井医師は)漫画によって社会的評価を低下させられたわけではなく、あくまでも医師の行為・対応を世間が(厳しく)評価しているということだと思いますし、そうした感覚と一致するような判決だったと思います」 ウェブ漫画が争点になったことも含めて、異例づくしだった今回の裁判、そして判決。松井医師は、この同じ医療過誤をめぐって在宅起訴されており、今後は刑事裁判も行われる。今回の判決は、刑事訴訟にどう影響を与えるだろうか。 「あのマンガは事実無根です」「メスは置いたつもり」赤穂市民病院『脳外科医 竹田くん』モデル医師が法廷で放った「驚愕の発言」をスクープする
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