塀もなければ、鉄格子もない、国内で唯一開放処遇を行う少年院があります。自然豊かな環境で行われる独自の取り組みと、自殺願望を口にしていた1人の少年の姿を取材しました。 【写真を見る】「信頼できる大人がいない」塀のない少年院で社会復帰を目指す少年たちに密着【報道特集】 塀も鉄格子もない少年院 心を育てる“開放処遇”とは 北アルプスの険しい山を、黙々と登る若者たち。彼らは、窃盗や傷害・詐欺などの罪を犯し、少年院に収容された少年たちだ。 毎年、夏に行われる登山プログラム。少年たちは、日常生活を離れ、自然の空気を味わいながら標高2700メートルの山頂を目指す。 坂田真朗寮長 「完全に外に出て登山をやる少年院はない。経験できていない子もいるだろうから、味わってほしい」 スタートから6時間、少年たちは全員無事、頂上へと辿り着いた。 少年(17) 「すべて出し切った感ありますね」 少年(19) 「ここまで何かをやるのは、登山というかたちでは人生初めてだったので、経験できてよかったと思う」 長野・安曇野市にある少年院「有明高原寮」。もともと温泉旅館だった建物を法務省が買い取って開設したこの少年院には、14歳〜20歳まで、11人の少年が収容されている。(2025年4月1日現在) ここには一般の少年院にあるような高い塀や鉄格子はない。自然豊かな環境の中で少年たちの心を育てる、国内で唯一、開放処遇を行う少年院だ。 坂田真朗寮長 「塀やフェンスではなくて、教育の中身を社会化して、現実の世の中に合わせていく。心の垣根を少しずつ低くして、少年たちをこっちに向かせる。人間関係を他の少年院より密に作って、心で繋ぎとめる」 開放処遇とはどのようなものなのか。番組では2024年6月から取材を始めた。 高原寮の1日は朝の誓いの言葉から始まる。 少年ら 「大宇宙の光を浴びて、今日も一日、悔いなき前進ができますように」 午前7時半、朝食。通常、少年院では私語は厳禁。だがここでは… 少年(19) 「水筒が置きっぱなしなんで、5分前にあるのはダメなんで」 少年たちの自主性を養うため、上級生が下級生に寮内の規則を教えるなど、集団生活に必要な会話が認められている。 午前9時。朝礼を終え、向かったのは、寮から少し離れた場所にある畑。 少年たちは公道を1列で歩いて移動するが、手錠や腰縄は付けていない。逃走事件は20年ほど前にあったというが、それ以降は起きていないという。 畑では小松菜やほうれん草など、20種類以上の野菜を栽培。ここにも塀やフェンスは設けていない。 高原寮に収容されているのは比較的、非行が進んでいない少年だが、ここ数年、発達上の問題を抱える少年も増え始め、指導が難しくなっているのが現状だ。少年たちは実際どんな罪を犯してきたのか。 特別に話を聞くことが許された。 ーー本件は? 少年(17)大麻取締法違反 「大麻を使用した。別にどうってことないという、大麻を吸っていることが、悪として、他の人より上の立場に立っている優越感を感じていた」 少年(17)恐喝 「美人局(性的関係を持った相手から金を脅し取る)のようなことで、SNSを使って人を集めて、先輩とその人を囲んで暴行してしまって。勉強とか運動で輝けなかった分、悪いことってすごく簡単だと感じて」 最近は、闇バイトに手を染める少年も増えているという。 少年(17)詐欺 「詐欺の受け子です。『弁護士を名乗って、おばあちゃんから荷物を受け取って、現金が入ってるから』と言われて。そこで詐欺だって気づいて、『詐欺なら僕やりたくないです』と言ったんですけど、身分とか知られちゃってるから『いつでも迎えに行けるよ』と。本当に逃げられないと思って」 そんな少年たちの多くは家庭環境に問題をかかえていて、負の感情を抱いている者も少なくない。 「自分はいらない存在」人を信頼できない少年 2024年の春に収容されたA少年。大麻と道路交通法違反で捕まった彼は、強い自殺願望を抱いていた。 A少年(19) 「自分が生きている意味を正直わかってない。この世にいらない存在だと思っている」 幼い頃、両親が離婚。母親に引き取られたが、その母親から度々虐待を受けていたという。 A少年(19) 「夜になると頬っぺたつねられて、そのまま廊下に引きずられて、ベランダや玄関の外に投げられて」 母親による養育が困難だったため、小学校に入ると、祖父母のもとで暮らし始めた。だが、親のいない寂しさから非行に走るようになった。 A少年(19)大麻・道交法違反 「今、違う自分を出している。本来の僕は自殺未遂しちゃうので。首吊り、そういうのばかり考えているので。僕は死にたい願望がとても強い」 そんな少年を入院当初から見ている担任の江藤法務教官。戦争をテーマにした課題でA少年が実際に描いた絵を見せてくれた。 江藤法務教官 「首がない。血だらけ。実は2、3回見ていて。過去の話を考えるとリンクせざるを得ない」 日誌にもこんな言葉を綴っていた。 A少年の日誌 「今少し助けていただきたいです。精神的にいっちゃいそうに」 この日、江藤教官はA少年を近くの渓流に連れ出した。高原寮では、少年たちがより心を開けるように屋外でのプログラムを積極的に行っている。 神社でお参りを済ませたあと、向かったのは近くにある温泉旅館。少年との信頼関係をさらに深めるため、民間の施設と連携して「温泉カウンセリング」を定期的に行っている。 A少年(19) 「僕もどの自分が本当に自分か、未だにわかっているわけじゃない」 江藤法務教官 「今、先生と話してるのは本当の自分じゃなさそう?」 A少年(19) 「本当の自分だと思ってはいる」 江藤法務教官 「社会で見せてる自分があることが悪いとは思わない。ただ心配なのは見せていない自分。死にたい、人を殺したいと言う時もある。それもたぶん自分なんだよ」 A少年(19) 「どうしよう」 自分のことがわからないというA少年。カウンセリングを受けるうちに、少しずつ本音を語り始めた。 A少年(19) 「人を信頼する本来の意味がよくわからない」 江藤法務教官 「そもそも信頼って何なの?」 A少年(19) 「その人を信じて、その人に自分のすべてを見せること」 江藤法務教官 「少なからず高原寮ではそれができているかな?」 A少年(19) 「人を信じられてない」 江藤法務教官 「先生を100%信じられてない?」 A少年(19) 「人間を信頼できない」 こうした少年たちには、粘り強く話を聞くことが大事だと江藤教官は考えている。 江藤法務教官 「職員の服を着ていれば先生と言われるので、どうしても一線を引かれる。途中からこの人の言うこと聞いてたら、何とかうまくいったなとか、そのようになっていって、やっと初めて信頼される」 地域社会とつながり溶け込む “開放処遇”の意義 2024年の8月初旬。少年たちは納涼祭で太鼓の演奏を披露するため、練習に追われていた。温泉カウンセリングを受けていたA少年も、炎天下で汗を流していた。 納涼祭当日。高原寮には子供からお年寄りまで、地域の人が大勢集まった。盆踊りの輪の中には、笑顔で踊るA少年の姿があった。 A少年(19) 「楽しいです」 女性 「上手やね、よかったよ」 地域の人から見る、少年たちの印象は… 地域の住民 「とにかく礼儀正しい、普通の男の子です」 祭りの最後は、少年たちによる太鼓の演奏。A少年も大きな声を張り上げ、力強い演奏を披露した。 江藤法務教官 「普通の人としての感性。祭りを一緒に楽しんだら楽しい、協力して作り上げるものは素晴らしいみたいな感覚が、少しでも芽生えてくれると嬉しい」 それから2か月。自殺願望を口にしていたA少年が出院することになった。 A少年(19) 「高原寮で多くのことを学ばせていただきました。本当にありがとうございました」 仲間たちと過ごした5か月間。A少年は別れを惜しみ、涙を流した。A少年は、迎えに来た祖母の車で、高原寮を後にした。 2025年1月。高原寮に手錠と腰縄で拘束されたひとりの少年がやってきた。 少年は別の少年院に収容されていて、近く出院することが決まっている。高原寮では他の少年院と連携して、出院が近い少年を受け入れ、社会復帰に向けた特別講座を行っている。 少年 「檻やフェンスがない環境なので、より社会に近い」 少年はここで2週間、高原寮の少年たちと寝食を共にする。この日は寮を出て、近くの公園と神社の清掃活動を行った。 小山法務教官 「これから会社、学校に行く。地域社会に溶け込む練習になっている」 特別講座を受けた少年は… 少年 「こういう環境だからこそ、社会に近づいてきた感じがします」 ーーがんばれそう? 少年 「頑張ります」 「信頼できる大人がいない」出院後の壁 出院したA少年は、その後、更生の道を歩んでいるのか。3か月が過ぎた頃、思わぬ知らせが。A少年が逮捕されたというのだ。早速、自宅に向かった。 A少年の祖母 「(相手に)怪我をさせてしまったことと、お金をせびったことで、仕事も探したけどうまくいかない」 A少年は出院後、祖父母の元で暮らしながら、営業の仕事をしていたが、プレッシャーに耐えかね、ひと月ほどで辞めてしまった。その後、後輩との間で揉め事を起こし、傷害と恐喝未遂の疑いで逮捕された。 非行少年が再び検挙される数は、2004年以降、減少していたが、2023年から増加に転じ、20%以上も増えている。 ーー暴力的な面ってある? A少年の祖母 「普段はないです。私の知らないところで何かあった。心に傷になることがあったのは感じた」 それから1週間あまり。A少年は示談金を払って釈放され、自宅に帰ってきた。雰囲気は少年院にいた頃と明らかに変わっていた。 A少年(19) 「最初は頑張る気があった。仲良くなるのがそっち(不良)系の人たちで、元々の自分に戻っていって。少年院だと寄り添ってくれる担任、規則がある。それに従って動いてればいい。社会は自分でやることを見つける。時間調節しながら、やらないといけないので難しい」 ーー周りに相談する人はいる? A少年(19) 「いないです。人生の中で相談できたのが江藤先生なんで」 部屋には高原寮にいた頃に書いた努力目標が貼られていた。 A少年(19) 「毎日ここを出て行く時は見る。こんなこと考えていたなと頑張ろうとはしてるけど、積極的に相談なんてしていない」 この日、A少年は、自ら車を運転してお世話になった江藤教官のもとを訪ねた。 これまで出院後に法務教官が相談に応じる制度はなかったが、2015年の少年院法改正で、社会復帰支援が盛り込まれ、出院後もこうして面接を受けることが可能になった。 A少年(19) 「(少年院)出てから1か月ぐらい調子よかったんですけど、そのあと落ちこぼれすぎて」 江藤法務教官 「思った以上にギャップはあった?」 A少年(19) 「ありすぎました。信頼できる大人がいないんです。話せる人を見つけようとしたけど、どうしても駄目なんです」 江藤法務教官 「表面上で取り繕っている間は、多分向こうも心を開いてくれないし、自分も疑心暗鬼のまま。少しずつ時間を重ねていけば、この人ってこんな人なんだと見えてくる。ちゃんと見てる人は見てるから、その人たちを裏切らないようにしっかり頑張って」 面接を終えたA少年は… ーー気分変わった? A少年(19) 「だいぶ変わりました。江藤先生の影響力やばいです。来てよかったです、本当に」 A少年の中に、生きづらさが完全に消えたわけではない。それでも今は、タクシードライバーになることを目標に就職活動に励んでいる。 A少年(19) 「真面目に職探して、安定するまで頑張って、現実から逃げないで。何かあったら溜めないで、江藤先生に話聞いてもらって、ちょっとずつ解決できたらいい」