“記憶に残る音楽” を届けたい。作曲家・木村秀彬が明かす音楽的出自と人間味のある劇伴

数々の話題作で劇伴を手がけてきた作曲家・木村秀彬氏。情感をすくい上げる繊細なスコアと、物語の温度に寄り添う構成力を強みとし、テレビドラマから映画、アニメまで幅広く活動を続けている。 【写真を見る】“記憶に残る音楽” を届けたい。作曲家・木村秀彬が明かす音楽的出自と人間味のある劇伴 現在放送中の日曜劇場『キャスター』(TBS系)の劇伴も手掛けている木村氏。自身も「一番得意じゃなかった」と語るテーマ曲に、今なぜ重心を置くのか。劇伴の“雑味”を大切にする理由とは。そして、音楽が人の記憶に残るとはどういうことか。静かな音の裏側にある、木村氏の確かな信念と創作の軌跡に迫る。 劇伴が若い世代に与える影響 「ドラマって基本、ワンクールで終わるじゃないですか。3か月で放送が終わると、音楽も自然と切り替わっていくし、どんどん新しい番組も出てくる。そういう中で作品とリンクしている曲で“あのドラマといえばこの曲”って残っていくと思うんです」 単なるBGMとしてではなく、作品と結びついて“心に残る音楽” を目指している木村氏。そうした中で近年、うれしい反応があったという。それは、演奏楽器を通して音楽に親しむ若い世代からの声だ。 「今回はサックスを使っているんですけど、中学・高校生くらいの吹奏楽部の子たちが“サックスだ!”って反応してくれたり。あと、ティンパニーを担当している方が“この曲、ティンパニーがめちゃくちゃ鳴っているから聴いてみよう”とか“ドラマを見てみよう”とか。そういう反響をもらうと、すごくうれしいですね」 中でも、思春期の音楽体験が与える影響は大きいと感じている。 「中高生くらいで出会った音楽って、一生残るらしいんですよ。その時期の記憶って、その人の“音楽の核”になるというか。だから、そういう年代の人たちが、自分の音楽を“思い出の1曲”として覚えてくれたら、それが一番うれしいなって思っています」 作品を象徴する“最後の答え”…テーマ曲に込める覚悟 『キャスター』でも大きな柱となっているのが、テーマ曲の存在だ。だが、木村氏はこのテーマ曲に対して、かつて“苦手意識”を持っていたという。 「昔はテーマ曲が一番得意じゃなかったです。正直あんまり好きじゃなかったというか。作品のカラーを出さないといけない、“もっとキャッチーに”とか“わかりやすくして”って言われると、すごく窮屈に感じていました」 しかし、経験を重ねる中で、その印象は変わっていった。 「あとから振り返ってみると、やっぱり一番残っているのってテーマ曲なんですよね。劇中の曲じゃなくて、主題みたいな曲を思い出す。だから、メロディーがしっかり残るものを作りたいなと。窮屈に感じていたのはボキャブラリーが少なかったんだなと思っています」 制作においてはまず、日常や登場人物の心情にあったサイドの曲から取り掛かるという木村氏。音楽の“まとめ役”であるテーマ曲だからこそ、全体の質感をつかんでから制作に挑むのがルーティンだ。 「最初からテーマ曲を作るんじゃなくて、先に全体の世界観をある程度固めて、どの曲よりも強い曲としてテーマ曲を練っていく、その上に乗る一番強い曲を最後に仕上げる。今はそれが自分の中で1つのやり方として確立されてきたかなという感覚はあります」 増え続ける劇伴曲数と“日曜劇場の密度” 『キャスター』の制作でも、木村氏は30曲弱の劇伴を書き下ろしたという。近年のドラマでは、それが「珍しくない数」になっている。 「以前に比べてドラマの構成が複雑になっているのも要因の1つだと思います。昔は20曲あれば十分っていわれていましたが、最近はもう30曲が普通になってきましたね。今は8割以上の場面に音楽が敷かれている感覚があります」 また、編集段階での追加オーダーも珍しくないという。 「撮影の空気とか、役者さんの演技のトーンで、“ここは別の曲の方がいいかも”ってなったりするので、初めからちょっと多めに用意しておくんです。最初に“25曲”と依頼された時点で、“多分あと2〜3曲は増えるな”って。そういう進め方が自然になってきました」 曲数の増加は、音楽が果たす役割の広がりでもある。視聴者の気づかないところで、場面の空気をコントロールし、語られない感情を補っているのが、劇伴の力なのだ。 音の“雑味”を信じる 整った音、きれいな旋律だけでは物足りない——木村氏の音楽には、時にラフで人間味のある“雑味”が宿る。こうした制作の中で、常に意識せざるを得ないのが「木村さんらしい音楽」という言葉への向き合い方だという。 「“木村さんらしい曲を”と伝えられることが増え、自分らしさって何だろう?と考える機会も増えました。ジャンルも作品のトーンも毎回違うので、自分の中に明確な“型”があるわけではないんです。ただ、いろいろな現場で積み重ねてきたものが、自然と音ににじんだ結果が自分らしさになっているのかなと思っています」 10代の頃、木村氏が親しんでいたのは、洋邦楽問わずバンドサウンドだった。FMラジオを通じて海外のマイナーなロックバンドを探し、人があまり知らない音楽を聴くことにも夢中になったという。「音楽的な出自は結構そこに出ているような気がしますね」。その感覚は、録音やアレンジにも自然と表れている。ギターが好きで、劇伴でも積極的に取り入れている。 「自覚はないんですけど、“この曲、ちょっとゴリゴリしているね”って言われることもあって(笑)。映画『トリリオンゲーム』のときは特にロックっぽい音が強かったですね。あれは作品の勢いにも合っていたし、自然と自分らしさが出たのかもしれません」 演奏においても、木村氏は「完璧さ」より「人間らしさ」を重視する。 「完璧すぎる演奏よりも、ちょっと不完全な方がグルーヴ感が出る気がするんです。ぐっとくる演奏だったら、多少のズレがあってもOKを出すことが多いですね。小さなヨレが集まることで生まれる本格的なうねり。それが、自分の劇伴の特徴かもしれません」 技術的な完成度以上に、感情や手触りを優先する。そこに、木村氏の音楽が持つ温度と輪郭が宿っている。 音楽との出会いと、影響を受けた作曲家たち 木村氏が作曲家を志すきっかけとなったのは、大学時代に授業で見た映画『タイタンズを忘れない』(2000年・米)だった。「英語の授業で見た映画だったんですけど、なぜか物語よりも音楽に聴き入って感動していましたね」と笑う。 その後、ドラマ音楽の世界で大きな影響を受けたのが、同じ音楽事務所に所属する作曲家・郄見優氏や福島祐子氏の劇伴だった。「『歌姫』(TBS系)とか映画『図書館戦争』(2013年)とか。何も知らずに聴いていても、“この曲、耳に残るな”って思ったら、郄見優さんや福島祐子さんの曲だったことが多くて。メロディーを大事にしている印象がすごくあって、同じ音楽事務所に入りたいなと思っていました」 こうした経験を経て、木村氏の中には「耳に残るメロディー」を大切にしたいという思いが自然と根づいていった。「自分がそういう音楽を“いいな”と思って聴いてきたので、今も心に残るメロディーを作ろうと頑張っています」 さらに、自ら手がけた音楽が誰かの人生に影響を与える瞬間に立ち会ったことも、制作への意識を深めるきっかけとなった。 「自分が担当した『ウロボロス〜この愛こそ、正義。』(TBS系)がきっかけで、この業界に入ったと教えてくれた監督がいて。その方からオファーをいただいたことがありました。仕事として音楽を作っているけれど、誰かの思い出に関わることができたと実感して、それ以来、常に心の片隅にその気持ちを持ちながら制作に臨んでいます」 “目立ちすぎない音楽”であっても、その一音には確かな意志が宿る。木村氏の劇伴には、作品を支える役割を超え、人の記憶に静かに寄り添い続ける“余韻”が刻まれている。

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