日本のタブー「郵便局の絶大なる政治力」…郵政民営化が「頓挫寸前」で官僚は喜び、国民の負担は重くなる

郵政民営化が行き詰まっている。 慢性赤字体質の日本郵便の経営再建が一向に進まない中、自民党の郵政族議員は「郵便局網の維持」を目的に、多額の財政資金を投入する郵政民営化法改正案を今国会に提出する構えを見せる。 これに呼応するかのように、グループを統括する持ち株会社、日本郵政社長に元郵政官僚が初めて就くことになった。制度面でも経営面でも「官業回帰色」が鮮明になった形だ。 民営化の頓挫さえ懸念される状況だが、小泉純一郎政権時代の郵政改革以来、省益の縮小に忸怩たる思いを抱いてきた旧郵政官僚たちは、悲願の日本郵政トップ奪取に喜びを隠しきれない様子だ。 「官から民へ」に完全逆行 日本郵政では、6月の株主総会を経て5年半にわたりグループを率いてきた元総務相の増田寛也社長(73歳、1977年旧建設省)が退任し、後任に日本郵便の根岸一行常務執行役員東海支社長(54歳、1994年旧郵政省)が就く。 増田氏はトップ交代の理由を「経営の若返り」と説明した。だが、実際にはグループで顧客情報を不正に流用していた問題や郵便局配達員の酒気帯びの有無などをチェックする点呼作業を実施していなかった問題など、相次ぐ不祥事を受けた引責辞任の色合いが濃い。増田氏と併せて、2023年6月に就任したばかりの日本郵便の千田哲也社長(1984年同)も退任するのがその証左だろう。 ちなみに後継の日本郵便社長には小池信也常務執行役員近畿支社長(1992年同)が内部昇格する。グループ新体制は、かんぽ生命保険の谷垣邦夫社長(1984年同)も含め、主要4社トップのうち3社を旧郵政官僚が占め、民間出身者は、ゴールドマン・サックス証券でクレジット・トレーディング部長などを務めた笠間貴之・ゆうちょ銀行社長だけとなる。 小泉純一郎政権時代以降、しばらくは「官から民へ」の大号令の下、4社トップともに民間人材が起用されてきたが、その流れに完全に逆行する有り様である。 絶大なる「郵便局長の権力」 総務省筋によると、ポスト増田探しの動きは2023年以降、水面下で進められてきた。もともと財務省の財政制度等審議会審議委員や、令和臨調共同代表などの政策提言活動が多忙な増田氏は「日本郵政社長ポストの地位に恋々とするものではない」などと周囲に語り、適任者がいればいつでもバトンタッチする姿勢だったようだ。 このため、総務省官房長や自民党の総務相経験者が、元JR九州社長の唐池恒二氏や、元JT社長の小泉光臣氏ら、公社から民営化した企業のトップ経験者らを中心に片っ端から後継を打診して回ったという。 だが、政治との複雑な関係や、不祥事体質を抱える日本郵政グループの経営という「火中の栗」を拾おうなどと考える民間人は「皆無だった」(自民党筋)。 実際、国政選挙の集票マシーンとして知られる全国の小規模な郵便局長の集まり「全国郵便局長会」(全特)の政治力は絶大で、その意向を受けて自民党の郵政族議員が経営に横やりを入れてくるのは日常茶飯事。西川善文氏(元三井住友銀行頭取、故人)や、西室泰三(元東芝社長、故人)氏ら大物財界人の歴代トップは、これら勢力に阻まれて思うような経営改革を進められず、失意のうちに表舞台を降りている。 増田社長も2023年5月、経済紙のインタビューで人口減少時代に対応する目的から将来の郵便局の統廃合に言及した途端、全特の末武晃会長(山口県・萩越ケ浜郵便局長)から猛烈な抗議を受けた。そればかりか、自民党の議員連盟の会合に呼び出され、「全特との信頼関係なしにグループを経営できると思っているのか」などとつるし上げを食らった。 「郵便局網には指一本触れられない」 日本郵便は2025年3月期決算で42億円の最終赤字に転落した。昨年10月にはがきや封書料金を大幅に値上げしたが、それがかえって顧客離れを加速させ、年賀状も含む郵便物取扱数量を一段と落ち込ませる悲惨な状況となっている。構造的な赤字体質から脱却するには本来、全国2万4000ある郵便局のリストラは不可避のはずだ。 しかし、全特は「郵便局網に指一本触れることも許さない」(増田氏周辺筋)。全国あまねく郵便などの役務を公平に提供するユニバーサルサービス義務を錦の御旗にしているが、実際には組織防衛や政治力の維持が狙いだ。 票田を頼る自民党は、全特の代弁者のように振舞っている。5月9日に開かれた総務部会など合同会議では、郵便局網維持のために年間約650億円の財政資金を投じる郵政民営化法の改正案が了承された。「郵便局の新たな利活用を推進する議員連盟(郵活連)」(会長・山口俊一元内閣府特命担当相)ら族議員を中心に練り上げたものだ。 郵便局を自治体の業務代行や高齢者の買い物支援、防災対策など「地域インフラ」として活用する将来像を提起し、これを根拠に、本来国が受け取るはずの日本郵政株の配当金や、長年使用されないまま権利の消えた郵便貯金の一部を郵便局網の維持費用に充てるのが柱だ。 議員立法で今通常国会に提出される見通しで、夏の参院選を睨む森山裕幹事長も「地域住民の生活を支える郵便局の後押しをどうしていくかという重要な法案だ」と早期成立を訴えている。ただ、色々理屈をこねてはいるものの、郵便局の赤字のツケを実質的に国民に回すことにほかならない。 日本郵政の経営陣の姿勢もだらしない。増田社長が全特の虎の尾を踏んで以降、郵便局の合理化方針は一切封印。「過疎地の自治体の業務などを積極的に請け負うことで、全国の郵便局網を地方創生に活かしたい」などと全特や族議員の方針に追従するばかりだ。 統制機能が働いていない しかも、2007年の民営化後も「親方日の丸」体質が抜けきらない日本郵便職員の間では不祥事が後を絶たない。 もともとかんぽ生命保険の不正契約問題に伴う経営刷新で2020年1月に日本郵政社長に招聘された増田氏は、ガバナンス(企業統治)の強化を「一丁目一番地」に掲げていた。にもかかわらず、最後も不祥事対応に追われる不名誉な退場を余儀なくされた。 深刻なのは、増田氏自身が鳴り物入りで設けた社外弁護士らによる「通報窓口」が全く機能しなかったことだろう。 日本郵便が2014年以降、業務を受託しているゆうちょ銀行の顧客情報を保険の勧誘などに不正に流用していた問題では、社員からこの窓口に通報があったにもかかわらず、当初、「問題なし」と片付けられていた。経営陣は新聞報道されて初めて事の重大さを知り、調査したところ顧客の被害が延べ998万人分にも膨らんだというから、お粗末極まりない。 また、貨物自動車運送事業法違反が疑われる配達員のアルコール検査などの点呼不実施問題を巡っては、今年2月に東京都内の郵便局で50代の男性運転手が酩酊状態で見つかり、警察に通報されていた。 にもかかわらず、担当者は日本郵便や日本郵政の取締役会に報告せず、所管の国土交通省にも届けていなかった。これでは不祥事の隠蔽と言われても仕方がない。増田氏自身も記者会見で「統制機能が十分に働いていない」と認めるしかなかった。 「官業回帰」で国民負担拡大 今後の最大の焦点は、郵便事業の業績テコ入れ策が見通せず、ガバナンス不全も深刻な日本郵政グループの経営を旧郵政官僚出身トップが立て直せるかどうかだ。 新社長に就く根岸氏は日本郵便で経営企画に長く携わり、高橋亨氏(1977年同)、衣川和秀氏(1980年同)、現職の千田哲也氏(1984年同)という歴代天下り組首脳陣に重用されてきた人物。 旧郵政官僚の間で「次世代のエース」との呼び声が高かったのは事実だが、近年は全特との折衝役を務め「良好な関係を築いてきた」(自民党筋)というだけに、不採算の郵便局の整理などに切り込むのは容易ではないだろう。 それどころか、根岸氏は社長交代の記者会見で「郵便局網への(国民の)期待はまだまだ大きい」と強調。自民党族議員が目論む郵便局網維持に向けた財政資金投入案について「資格に足る企業として、企業体質改善に取り組んでいく」などと、公的支援ありきのような発言までしている。 政治や全特に言われるがままの「まな板の上の鯉」のような態度は、経営トップとしてあまりに覇気がないと言わざるを得ない。 旧郵政省出身のある元総務省高官は、「財界人などの素人が“政治銘柄”の日本郵政をハンドリングできると考えたことが、そもそもの間違い。郵政ファミリーで経営を回していくのが最も理にかなっている」と訳知り顔で語る。しかし官業回帰の末に、民営化の趣旨と真逆の国民負担の拡大につながるようでは、目も当てられない。 【日本株】なんと日本が世界第3位の「レアアース供給国」になる可能性…採掘実現に向けて期待が高まる「プロ厳選銘柄5選」を実名紹介!

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