日本でも深刻化する「移動格差」…「移動できる・できない」という視点だけでは見えない現実

この世界には「移動できる人」と「移動できない人」がいる。 日本人は移動しなくなったのか? 人生は移動距離で決まるのか? なぜ「移動格差」が生まれているのか? 注目の新刊『移動と階級』では、通勤・通学、買い物、旅行といった日常生活から、移民・難民や気候危機など地球規模の大問題まで、誰もが関係する「移動」から見えてくる〈分断・格差・不平等〉の実態に迫っている。 (本記事は、伊藤将人『移動と階級』の一部を抜粋・編集しています) 移動という資本 移動は、多くの人々にとって日々の行動であるが、実はそれだけではない側面をもっている。移動は資本、すなわち「所有・蓄積し、活用する」ものでもある。だからこそ、格差が生じる。一体、どういうことだろうか。ここでは、資本としての移動(移動資本/mobility capital)という考え方を示してみたい。 現代社会において、人々が移動する能力は、社会的に不可欠な資源、資本の一形態になっている。このことについては、地理学や社会学などを中心に「移動資本」「ネットワーク資本」「可動性」といった概念と共に、過去の移動経験の蓄積、現在の移動をめぐる認識や実践、スキル、将来の移動の可能性、そして移動することに価値があると思われる場合に再び移動できる能力の不均等性などが論じられてきた。 移動資本には大きく二つの側面がある。 一つ目は、「過去の移動経験の蓄積」という側面である。移動は、さらなる移動を可能にする源泉となる。つまり、移動できるという「知識」や「経験」は、移動そのものと同じくらい重要なのである。 思い返してみると、はじめて海外を訪れたとき、税関の通過方法やセキュリティチェック時の振る舞い、滞在中のコミュニケーションなどわからないことばかりだった。 だが、何度か海外を訪れるうちに、国境を越えるために役立つ知識(より安く航空券を取る方法や、より簡単に支払いをするコツ)やスキル(現地在住者とのコミュニケーション、チェックイン時の受け答え)、眼の前の出来事の認識・判断能力(安心なタクシーかそうでないか、危険な地域かそうでないかの判別)が、蓄積していった。回数を重ねることで、海外渡航前の緊張感は薄くなり、準備にかける時間も減っていった。 時間の経過や経験回数が増えるとともに、移動を計画し、準備し、実行しやすくなる。また、移動経験の蓄積は、特定の移動を終えれば消えてしまうものではなく、次の移動のハードルを低くし、さらなる移動を可能にする。自動車の運転、電車や新幹線への乗車、引っ越しなども同じである。 二つ目は、「将来の移動可能性や、今後、移動する価値があると判断したとき再び移動できる能力は不均等である」という側面である。 移動資本には、望むか必要があれば移動できるという意味合いが含まれる。同時に重要なのは、「移動しない」という選択肢も含まれていることである。自分の移動能力をある程度コントロールできるからといって、常に人は動きまわるわけではないし、動きまわることを望むとも限らない。自由にどこでも住めるようになったと言われながら、未だに、戸建て住宅に住む日本人が半数を超えているのも、そういうことだろう。 なお、何度も強調するが、移動をめぐる議論で重要なのは、人々が頻繁に移動するか、たくさん移動するかどうかではない。事実、人は強制されると、移動が負担として感じられ、不都合が生じることも多い。本当に重要なのは、人々が将来にわたって、上手に、そして自らの判断によって移動できるように蓄積した資本を活用できるかどうかである。 また、移動資本は「ある」もしくは「ない」、「持っている」もしくは「持っていない」、と二項対立的に捉えられるものでもない。移動資本は“グラデーション”であり、中長期的にみれば、ある個人の中で増える可能性も、減る可能性もある。 人は誰しも、ケガや病気、心身の障害、経済的な挫折、結婚や離婚などの個人的な事情や外部状況の変化によって、移動資本の一部を失う可能性がある。外部状況とは、たとえば財政的に厳しいバス路線や鉄道路線が廃止になったり、災禍によって移動が一時的に制限されたりすることを指す。移動は、政治や政策によって規制・制限されることもあれば、逆に促進・推進されることもあるのである。 ネットワーク資本:移動とつながりの重要性 本書が移動資本と呼び、カウフマンが可動性と呼んだものを、アーリは「ネットワーク資本」と名付けた。これらは似ているが、微妙に異なる部分もあるので説明を加えたい。 アーリによれば、ネットワーク資本とは、移動が可能にしている現実の社会諸関係と潜在的な社会諸関係を指し示すものである。新たな移動システムが生み出す移動の広がりそれ自体が重要であるというよりは、そうした新たな循環の諸手段や諸力によって生み出され得る新たな社会諸関係ないし交流・コミュニケーションが重要であり、移動から生まれる社会諸関係こそが決定的に重要というわけだ。 わかりやすい例は、社会における人のつながり(ネットワーク)である。高いネットワーク資本を有する社会集団は、自らの社会的つながりを作り出し、作り直すうえで非常に有利な立場にある(Urry:2007)。なお、ネットワーク資本はかなりの程度、主体なき、コミュニケーションによって駆動された、「情報」を基盤としている(Elliot and Urry:2010)。 アンソニー・エリオットとアーリによれば、ネットワーク資本は次の8つの要素から構成される。各要素が組み合わされることで明確な階層秩序を生み出しており、それは今や、社会階級や社会的地位、身分などと並び合うものになっている(Urry:2007)。 1.書類、ビザ、お金、資格。これらがあることで、人は、ある場所、都市、国から別の場所へ安全に移動できる。 2.招待し、もてなし、実際に会う遠くにいる他者(仕事仲間、友人、家族)。彼らの存在が、断続的な訪問やコミュニケーションにより住居やネットワークを維持させる。 3.環境と関連した移動能力。異なった環境のもとで距離に応じて、さまざまな移動手段を見て選択できる能力。荷物を運び移動させ、時刻表情報を利用でき、コンピュータ情報にアクセスでき、付き合いや会合をアレンジできる能力。携帯電話、SMS、電子メール、インターネット、オンライン通話などを利用できる能力や利用しようとする意思(現在はスマートフォンやタブレット、SNSなども含む)。 4.場所にとらわれない情報やアクセス・ポイント。特定の場所にいようと移動中の場所にいようと、リアルかつ電子的なダイアリー、アドレス帳、留守番電話、秘書、オフィス、留守番電話取次サービス、電子メール、ウェブサイト、携帯電話などを含めて情報やコミュニケーションが交わせる。 5.コミュニケーション機器。移動中、移動している人と接続でき、日程調整などを可能にする。 6.移動中であれ目的地であれ、オフィス、社交クラブ、ホテル、自宅、公的な場所、街角、カフェ、空き地を含めて、適切かつ安心安全に会える場所。身体面でも、感情面でも暴力にさらされないことが保証された場所。 7.自動車、ロードスペース、燃料、リフト、飛行機、鉄道、船、タクシー、バス、市電、マイクロバス、メールアカウント、インターネット、電話などにアクセスできること。 8.1〜7を管理し調整できる時間とそれ以外の資源。時折起こるシステム障害がある場合には特にそう(Elliot and Urry:2010)。 1〜8の多くに関連するのは、インターネットの存在である。移動を過度に“新しいもの”と考えることには注意が必要だが、それでも、インターネットの登場前後で、私たちの移動が驚くほど変化したのは事実である。特に、情報やデータの移動によるネットワークやつながりの量・質の変化は、ライフスタイルやワークスタイルを一変させている。 本記事の引用元『移動と階級』では、意外と知らない「移動」をめぐる格差や不平等について、独自調査や人文社会科学の研究蓄積から実態に迫っている。 【つづきを読む】この世界には「移動できる人」と「移動できない人」に大きな格差があるという「深刻な現実」

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