中国や朝鮮と同じではない——日本の「君主政治の伝統」は何が違うのか

 東アジアでは、古代から近代にいたるまで長く君主政治の伝統があり、儒教に基づく政治思想が発展してきた。大雑把に見れば、中国や朝鮮と同様に、日本もそのような伝統の中にあった国ということになるかも知れない。 【写真を見る】「垂簾聴政(すいれんちょうせい)」ってどんな政治?  しかし、サントリー学芸賞や司馬遼太郎賞などを受賞した政治思想史家の原武史さんは、日本は中国や朝鮮とは同じではないと言う。いったい何がどう違うのだろうか。原さんの新刊『日本政治思想史』(新潮選書)から一部を抜粋・再編集して紹介する。  ***  中国や朝鮮では古代から近代にかけて、一貫して皇帝や国王を政治的主体とする君主政治が行われてきました。日本もまた民主政治が行われてこなかった点では中国や朝鮮と同じですが、だからと言って単純に君主政治が行われてきたとも言えません。    政治学者の丸山眞男(1914〜96)は、「日本の政治史においては、専制君主(despot)が出現したケースは乏しく、それはドラスティックな革命が稀であることと相関関係にある。統治構造の変遷にあっても、最終的な権力(争点の決定者)がどこにあるか、その所在が明確にlocate〔位置確定〕されぬものが多い」(『丸山眞男講義録第六冊 日本政治思想史1966』、東京大学出版会、2000年)と述べています。 日本の「君主政治の伝統」は何が違うのか (※写真と記事本文は直接関係ありません)  政治学者の成沢光(なるさわあきら)も、中国の『韓非子』と『日本書紀』を比較しながら、前者の「権」は君主が「独制」「独断」すべきものとされたのに対して、後者では君主の独制・独断はむしろ排されるべき考えであって、「君民共治」し「衆論」に決することが積極的に勧められたとしています(『政治のことば 意味の歴史をめぐって』、講談社学術文庫、2012年)。 戦後の新憲法で「国政に関する権能を有しない」と規定されたにもかかわらず、天皇が今なお権力の主体であり続けているのは一体なぜか。儒学・国学・超国家主義・民主主義など従来の思想史に加えて、新たに「空間」と「時間」という補助線を取り入れ、これまで言説化されてこなかった日本固有の政治思想の本質を明らかにする。放送大学テキストに大幅に加筆修正をした決定版 『日本政治思想史』原武史/著  実際には中国や朝鮮でも、科挙で合格した官僚(臣)が君主を補佐する体制がとられることが多かった上、君主が幼少の場合には母親や祖母などに当たる親族の女性(皇太后、太皇太后、大妃〈テビ〉、王大妃〈ワンテビ〉、大王大妃〈テワンテビ〉など)やその一族が代わりに政治を行うこともありました。  中国では前漢の呂后(?〜前180)、唐の武皇后(624?〜705)、北宋の宣仁皇后(1032〜93)、清の西太后(慈禧太后。1835〜1908)などが、朝鮮では貞熹(チョンヒ)王后尹(ユン)氏(1418〜83)や貞純(チョンスン)王后金(キム)氏(1745〜1805)、神貞(ジンジョン)王后趙(チョ)氏(1809〜90)などが知られています。武皇后は中国史上で唯一、女性の皇帝(武則天)になっています。  このような政治は、中国でも朝鮮でも玉座の後ろに女性が御簾(屏風)を垂らして座っていたことから、「垂簾聴政(すいれんちょうせい)」と呼ばれました(中国では「臨朝称制」とも言います)。    幼少の君主に代わり、君主の父親や叔父、外戚に当たる男性が政治を行う場合もありました。もっとも、皇帝や国王の終身在位を原則とする中国や朝鮮では、このケースは垂簾聴政ほど多くはありませんでした。天皇や将軍が生前にその座を退くことが少なくなく、摂関政治、院政、大御所政治など、天皇や将軍とは別の男性がしばしば権力を握った日本とは、この点が対照的でした。  19世紀になると西洋列強や日本の支配権が強まったにもかかわらず、革命や併合によって清や大韓帝国が滅んだ20世紀初頭まで、中国や朝鮮では君主政治の原則が揺らぎませんでした。したがって当然、政治思想史もヨーロッパや日本とは全く異なる展開をたどりました。  関連記事【「戦後日本を代表する知識人」丸山眞男の学説が、「ほぼ完全に否定」されてしまった理由】では、東京大学法学部教授として日本政治思想史の講座を担当しカリスマ的な人気を集めた丸山の学説が否定された事例を紹介する。 ※本記事は、原武史『日本政治思想史』(新潮選書)に基づいて作成したものです。 デイリー新潮編集部

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