求められる「死刑」の情報公開 アメリカの死刑囚に獄中取材 死刑執行その時なにが…【報道特集】

先進国の中で「死刑」をおこなう数少ない国が日本とアメリカです。ただ、日本とは異なり、アメリカでは死刑制度を維持するためには情報公開が必要だという立場です。私たちはアメリカの刑務所を訪れ、死刑囚のインタビューをおこないました。 【写真で見る】アメリカの死刑囚に獄中取材 死刑執行その時なにが… 「生きる目的は分かち合うこと」アメリカの死刑囚に獄中取材 アメリカのある死刑囚に宛てて、メッセージを送ったのは4月のことだった。数日後、本人から面会に応じる旨のメッセージを受け取った。 テキサス州で強盗殺人事件を起こしたレイナルド・デネス死刑囚(69)。 レイナルド・デネス死刑囚からのメッセージ 「人生の意味をよりよく理解できるよう、あなたに会って考えを分かち合えることを楽しみにしています」 私たちは獄中のデネス死刑囚を取材するため、アメリカ・テキサス州に向かった。 デネス死刑囚がいるポランスキー刑務所には、現在も200人近くの死刑囚が収容されている。 記者 「ポランスキー刑務所の面会室。死刑囚はブースに連れて来られ、ここで面会することになります」 面会ブースに姿をあらわしたデネス死刑囚。アクリル板越しに記者と向き合った。 刑務官が後ろ手の手錠を外す。相手の声を直接聞き取ることができないため、受話器を通しての会話となる。 記者 「なぜ今回、取材に応じたのですか?」 デネス死刑囚 「恐れるものは何もありませんから。生きる目的は分かち合うことです。みんなが幸せになるため、私の思いや考えを共有したいと思います」 死刑“最多”のテキサス州 情報を公開し議論促す考え アメリカで最も多い数の死刑が執行されたテキサス州に「死刑の首都」と呼ばれる町がある。人口約4万8000人の「ハンツビル」だ。 州内で唯一、処刑室があるハンツビル刑務所では、アメリカで死刑執行が再開された1982年以降、最多となる594人が処刑されている。 記者 「ハンツビル刑務所の近くにある墓地には、家族から遺体の引き取りを拒否された死刑囚たちの墓標が立ち並んでいます」 世界では死刑廃止が潮流で、現在7割の国が死刑を行っていない。先進国の中で、死刑執行を続けているのは日本とアメリカの一部の州だけだ。 アメリカでも死刑執行を続ける州は減少傾向だが、テキサス州には「州が死刑制度を維持するのであれば、市民に死刑の実態を公開し議論してもらいたい」との考え方がある。 記者 「テキサス州の刑事司法省の公式ホームページには、死刑囚の名前や人種などを記した全員分のリストが公開されています。クリックすると、死刑囚の顔写真や事件の概要、被害者の人種など、情報は詳細に渡っています」 日本では、死刑囚は親族など限られた人以外には、会うことも手紙のやりとりをすることさえできない。 一方、テキサス州では確定死刑囚になっても、面会や手紙、メッセージを送受信するネットサービスを使って外部との交流を行うことが可能で、デネス死刑囚もその一人だ。 「罪を犯すとき死刑のことを考える人なんていない」死刑制度は犯罪抑止につながるか 記者 「毎日どう過ごしていますか?」 デネス死刑囚 「どう過ごしているかって?朝はトレーニングです。武道やテコンドー。跳んだり、体をひねったり、ダンスも好きです」 記者 「今、どんな心境ですか?」 デネス死刑囚 「以前は無知だったと気づくようになりました。私は教育も受けていませんでした。この刑務所で、自分で教養を身につけてきたのです。私は暗闇の中にいました。愚かで自分勝手でした」 事件が起きたのは1996年。ビルの一室にある宝石店で店主が襲われ、射殺された。 警察は当時39歳だったデネス死刑囚と兄を逮捕。翌年、デネス死刑囚は死刑判決を受けた。 デネス死刑囚はキューバで生まれ、3歳の時に一家でアメリカに渡った。学業不振で高校を中退した後、宝石商になったが酒や薬物に溺れたという。 家庭を持っても妻や子どもを顧みることはなく、荒んだ生活を送った末の強盗殺人だった。 死刑判決をどう受け止めたのか。 デネス死刑囚 「それは始まりだと、新たな生き方だと感じました。刑務所に入った日に、自分の人生を変えようと決意したのです」 獄中で聖書と出会うことで学ぶことの大切さを知り、絵や彫刻などの創作活動を通して自身が犯した罪と向き合えるようになったという。 記者「被害者にはどんな気持ちですか?」 デネス死刑囚「誰も傷つける必要はなかったと後悔しています」 記者「死刑が怖くないですか?」 デネス死刑囚「死を恐れていません。死は次の世界への通過点にすぎません」 死を恐れていないと話す一方で、自身に下された判決については不満を持っている。 共犯者の兄が自分が銃撃したと認め、司法取引により死刑を免れた一方で、デネス死刑囚は「撃ったのは自分ではない」と無罪を主張したことで、死刑判決を受けたからだ。 デネス死刑囚 「たくさん悪いことはしましたが、誰も殺していません。死刑に値する罪ではありません」 死刑制度についても、犯罪の抑止にはなりえないと、反対の立場だ。 デネス死刑囚 「罪を犯すときに死刑のことを考えている人なんていません。彼らは無知で愚かで分別がないのです。人を傷つける人たちに自覚なんてありません。だからこそ、処罰ではなく教育が必要なのです」 制限時間の1時間が終わり、面会は終了した。 被害者遺族の苦悩「前に進まなければならなかった」 被害者の遺族は、死刑についてどう考えているのか。 私たちは事件から29年間、メディアの取材をすべて断ってきたという遺族のもとを訪ねた。 デネス死刑囚に夫を殺害されたニコール・ビソツキーさんが、今回取材に応じた。 ニコール・ビソツキーさん 「29年の時を経て夫の存在を知ってほしいと思ったのです。彼は一人の人間で、今も生きていることを」 ニコールさんと夫のヤノスさんは、7年間の交際期間を経て結婚。5年にわたる結婚生活は幸せに満ちた日々だった。しかし、事件がすべてを変えた。 宝石商だったヤノスさんは、仕事で面識があったデネス死刑囚らに店を襲われ、殺害されたのだ。 ニコール・ビソツキーさん 「夫の代わりに自分が死んだらよかったと思い続けてきました。それほど彼を愛していました。言葉では言い表せません」 事件当時から捜査に携わり、その後もニコールさんを支え続けてきた元捜査員は、デネス死刑囚について「死刑は当然」と話す。 元捜査員 「死刑はアメリカに存在する制度です。デネスのような人間は社会に存在する価値はありません。彼らは不必要で邪悪な存在です。世の中には悪が存在し、それがデネスです」 一時は生きる気力を失ったニコールさんだが、夫が築いた事業を潰したくないという一心で店を守ってきた。 29年の歳月が経った今、死刑判決をどう思っているのか。 ニコール・ビソツキーさん 「デネスは自分がしたことに対する責任があります。彼はその責任から逃れるべきではありません」 生涯、刑務所で罪と向き合うべきだとした上で、なんとか赦そうと努力を続けているという。 ニコールさん「私はデネスを赦し、幸運を祈るわ」 元捜査員「赦したの?」 ニコールさん「(首を振り)なぜかって…」 元捜査員「難しいわよ」 ニコールさん「難しいわよ」 元捜査員「私は赦せない」 ニコールさん「デネスの幸運を祈るわ。本当よ」 ニコールさんがデネス死刑囚を赦そうと必死に努めるのは、夫が慈悲深い人間だったからだという。 ニコール・ビソツキーさん 「私にはデネスの魂を赦す気持ちがあります。(夫の死後)私は生きていたくなかった。でも私が死ぬ道を選んだら、夫は人生を無駄にするなと怒ったでしょう。だから私は立ち上がったのです。 私は生き続けることで、どれだけ夫を愛していたか証明したかったのです。だから前に進まなければならなかった。じゃないと私たちの愛は本物ではないということになりますから」 元刑務官「死刑の実態を知り、正しい議論を」 何度も死刑執行の現場に立ち会った経験から、情報公開の大切さを訴える人がいる。 ハンツビル刑務所の刑務官だったデービッド・スタックスさんだ。 今は刑務所博物館の館長で、ここでは実際の処刑に使用された絞首刑のロープや、致死薬を投与する注射器、361人を処刑した電気椅子など、ハンツビル刑務所で行われた死刑の歴史が紹介されている。 元刑務官 デービッド・スタックスさん 「死刑は歴史の一部で、タブーではありません」 情報公開で死刑の実態を知らせなければ、正しい議論はできないと強調する。 元刑務官 デービッド・スタックスさん 「死刑囚の家族も、被害者の遺族と同じ位辛いのです。最愛の人を失ったのですから。私たちは事実を伝えるだけで、みんなが自分の判断で決めることを望みます」 死刑執行のその時何が 死刑制度への賛否 4月23日、ハンツビル刑務所では一人の死刑囚の執行が予定されていた。 記者 「死刑開始予告時刻まで30分を切りました。警備につく警察官が配置につく一方で、死刑廃止を訴える人たちがプラカードを掲げて抗議しています」 日本では死刑執行の本人への告知は、執行の約90分前に行われ、事前に外部に知らされることはないが、テキサス州では数か月前に本人や社会に伝えられる。 死刑廃止を訴える人 「死刑は間違っているから、ここに来ました。終身刑や有期刑でも人は変われるはずです」 「人を殺す権利なんて誰にもありません。抗議するために毎回ここに来ています」 反対派から少し離れた場所には、死刑制度を支持する人が集まっている。 近隣の大学の課外授業の一貫として、学生や教員も死刑制度を考えるために見学に訪れていた。 この日、執行が予定されているのはモイセス・メンドーサ死刑囚(40)。 メンドーサ死刑囚は2004年、高校の同級生だったレイチェル・トールソンさん(20)を誘拐してレイプした後、殺害。 トールソンさんの生後6か月の娘は、翌日、無事に発見されるまで一人で部屋に置き去りにされたままだった。 死刑予定時刻の午後6時が近づく。執行に立ち会うため、メンドーサ死刑囚の妻や友人が処刑室に向かった。 被害者の遺族や、許可を得たメディアもその後に続いた。 ハンツビル刑務所内にある処刑室。ベッドの左手にある部屋に、被害者の母親ら遺族と記者が執行を見届けようと待機する。 その隣の別の部屋には、メンドーサ死刑囚の妻や友人が立ち会った。 午後6時3分、処刑室に入ったメンドーサ死刑囚。 午後6時4分、ベッドに横たわり、革ベルトで固定された。 午後6時7分、メンドーサ死刑囚の腕に注射針が刺される。そこから伸びたチューブはベッドの右手にある小さな穴を通じて、医療チームの部屋にいる医師とつながった。 午後6時20分、メンドーサ死刑囚は、被害者の両親と親族の一人一人の名前を呼んで、最期の言葉を述べた。 モイセス・メンドーサ死刑囚 「レイチェル(被害者)の命を奪ってしまったことをお詫びします。私には何も言えないし、どんなことも償いにならないと分かっています。心から申し訳ないと思っていると知ってほしい。きょうここに来てくれてありがとうございました」 午後6時21分、医師がチューブに致死薬を投入。 その後、メンドーサ死刑囚は10回ほどいびきをかいた後、動きが止まった。 午後6時40分、死亡が確認された。 執行に立ち会ったAP通信のマイケル・グラチェク記者は、これまで400人以上の処刑に立ち会ってきた。 AP通信 マイケル・グラチェク記者 「メディアが立ち会って監視することは絶対に必要です。当事者ではない誰かが、死刑が法律に則って行われていることを確認する必要があるからです」 娘を殺した男の最期に立ち会った、トールソンさんの母親が記者会見を行った。 トールソンさんの母親 「私のたった一人の娘は、とびきりの人気者で、いつも笑顔で、ちょっと内気な娘でした。メンドーサは20年間、死刑囚でしたが、きょうそれが終わりました。彼は何の痛みもなく眠りました。私の娘はそんなふうには死ねなかったのに」 日本で死刑制度 情報開示と議論の場を 先進国の中で、死刑を行う数少ない国である日本。十分な情報開示が行われているのか。 裁判員裁判で死刑判決を出した米澤敏靖さんは、「死刑の実態を知らされていない自分が、極刑の判断を迫られたのは不当だ」と感じている。 米澤敏靖さん(37) 「情報開示などをオープンにした上で(死刑)判断に関わるのはいいかなと思います。今の状態では、私は二度と関わりたくないです」 米澤さんが裁判員を務めたのは、2009年に川崎市のアパートで、津田寿美年元死刑囚が大家の男性ら3人を殺害した事件。 津田元死刑囚は、一審の裁判員裁判で死刑判決を受けた。 米澤敏靖さん(当時22) 「自分たちの選んだ判決で、この人は亡くなってしまうんだと思って、辛い気持ちでした」 津田元死刑囚は、その後、自ら出した控訴を取り下げ死刑が確定した。 米澤さんは、十分な情報や知識がないまま結論を出した死刑で、刑が執行されることに怯えてきたという。 2014年、死刑についての情報開示が進むまで執行停止を求める要請書を作成し、別の事件で裁判員を務めた仲間たちとともに法務省に提出した。 しかし、法務省は1年10か月後の2015年12月、裁判員が判断した死刑では初めてとなる津田元死刑囚の刑を執行した。 それから10年、死刑についての情報開示は進んだのか。 米澤敏靖さん(37) 「(情報開示は)正直10年前と何も今変わってないような状況。もう少しというか、本当に真剣に考えて欲しい」 米澤さんらは、裁判員制度がスタートして15年となった節目の2024年、死刑について国民的議論を促すよう求める新たな要請書を法務省に提出した。 その中では、情報開示が進むアメリカを例に挙げている。 米澤敏靖さん(37) 「アメリカは全部オープンにするような国だと思うので、どこまで必要かは議論していく中で決めていけばいいと思うので、まずはその議論の場を作っていただきたい」 「死刑の実態を知らなければ正しい議論はできない」。それが米澤さんの思いだ。 米澤敏靖さん(37) 「クローズド空間で(死刑を)やっているという印象を受けます。今の(死刑)制度については。(裁判員に)重い責任を負わせるのであれば、知る権利もあると思うので、きっちりしていただきたい。まずは議論してみようというのが率直なところですね」

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