AIの「電力爆食」は火力発電で賄うしかない

世界の電気の半分を飲み込む? 「生成AIのせいで世界の電気が足りなくなる」。ここ半年、そんな声があちこちで上がった。確かに巨大GPUをびっしり詰めたデータセンターの写真は圧巻だ。だが数字を順に確認すると、現実は少し落ち着いて見える。 国際エネルギー機関(IEA)の最新統計によれば、2023年にICT(情報通信技術)全体が消費した電力量は約1000TWh(テラワットアワー)で、日本の電力消費量930テラワットアワーを上回った。これは世界の総発電量28000TWhの4%弱に相当するもので、内訳は(1) データセンター+AI学習+暗号資産が460TWh(1・7%)、(2) 通信ネットワークが350TWh(1・3%)、(3) パソコンやスマートフォンなど端末類がおよそ200TWhである。日本全体の電力需要を超える量であるといっても、「世界の電気の半分を飲み込む怪物」までは程遠い。 それでも生成AIの計算需要は急カーブを描いている。IEAは省エネ技術の進展を織り込み、2030年のデータセンターによる消費電力を945TWh、世界の電力消費に占めるシェアを3%弱と読む。一方、ゴールドマン・サックスは「生成AIで2030年までにデータセンター電力が160%増える」と予測し、世界全体のICTの電力需要のシェアは10%前後になると見積もっている。 対照的に、2015年にスウェーデンの研究者が論文発表した最悪シナリオは「2030年にICTが世界電力の51%を消費する」というものだが、これはデータ量が指数関数的に膨張する一方で、半導体のエネルギー効率改善が止まる、というかなり極端な前提を置いたものだった。 さて電力消費が増えるといっても、エネルギー消費全体から見ると、それほどでもない。というのは、世界の最終エネルギーに占める電力の比率は20%程度に過ぎないからである。仮にICTが世界の電力の半分を消費するとしても、これは全エネルギー消費の10%ほどにしかならない。 どれくらい建設すればいいのか 脱炭素と言う掛け声はあるけれども、現実には、まだ世界のエネルギー消費の8割以上は、化石燃料の直接燃焼(=発電所以外の、エンジンやボイラーにおける燃焼)が賄っている。 そして、電力需要が急激に増加するという場合にも、やはり現実的にはこの化石燃料が活躍することになる。原子力は技術的には増設が可能だが、政治状況や規制行政の現状に照らして、残念ながらそれほど急激には増えないだろう。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーでは、ICTが必要とする安定した電力供給が出来ない。だから現実的には、火力発電で対応することになる。 それは、どのぐらい建設すればよいのか。出力1GW(=ギガワット、百万キロワットのこと。中型の原子力発電1基分に相当する)のガスタービン複合発電所を1年間フル稼働すると約8・8TWhの電力が得られる。世界全体のICTの電力需要が現状の5割増しとなり、追加で500TWhも必要になるとしても、60基ほど増設すれば賄える計算だ。これならば全く問題なく可能である。世界の発電設備容量はすでに8400GWを超えている。 さて、ではICTの電力需要は、いったいどこまで伸びるのだろうか? ここで面白いのは、人間の脳との比較である。成人の脳の重さは体重の2%にすぎないが、基礎代謝(=安静時のエネルギー消費)の20%を消費している。これは幼児期ではもっと高くで、なんと40〜50%にもなる。このために、身体の成長が一時停滞することもあるほどだ。これに対してICTの電力消費の現状はと言えば、世界の電力消費の4%弱だから、エネルギー消費全体に対しては、まだ1%にも満たないことになる。 つまり人間がこれまで構築してきた文明とは、まだ「図体は大きいが、頭は小さい」という、人体に比べるとどうにも間抜けな代物なのだ。 人間の頭の大きさを制約しているのは、エネルギー消費と、あとは産道である。エネルギー消費と言う意味であるが、あまり頭でエネルギーを消費すると、食料の確保が間に合わず、生存できないということだ。そして、産道と言う意味であるが、お母さんの産道を通るときに頭が大きすぎると通れない、ということだ。じっさい、人間の出産は母子ともに命がけだが、この原因の1つは頭が既に大きすぎることによる。この食料確保と産道という2つの理由で、人間の成人の基礎代謝は20%に抑えられていて、これを超えることが出来ない。 再生エネルギーの危うさ だがAIには食料確保という制約も、産道の制約も無い。エネルギーは、発電所をどんどん増設すれば確保できる。もしも電化率(=最終エネルギーに占める電力量)が50%に高まり、その40%をICTが消費するようになれば、ICTは全エネルギーの20%を消費することとなり、人間の脳に肩を並べる。汎用人工知能(AGI)が社会の隅々へ浸透した未来像とは、このような状態だろうか。それとも、人間の脳すらも飛び超えて、さらに人類文明は「頭でっかち」になってゆくのだろうか。 いまのところ、既に紹介したように、そこまでの電力需要の爆発を予測している研究者はどちらかと言えば異端扱いである。世界の政策担当者がいま直面している問題は、当面の、2030年代に向けての課題として、ICTの電力需要のシェアがさらに数パーセント伸びていくことに対して、どのように電力供給をするか、ということである——まだ、AGIなどによる未知の電力需要爆発は無い、と想定してのことであるが。 すでに述べたように、当面の電力需要増加には火力発電が主力になると見るのが現実的なのだが、最後に、数字をあらためて確認してみよう。 世界全体で、現在建設中のガスタービン複合発電所はおよそ170GW、計画段階を含めると360GWに達する。フル稼働すれば年間約3000TWhを追加することになり、これならば生成AI由来の追加の電力需要は十分に賄うことができる。 日本でもこれは同様だ。日本の現在の国内総発電量は930TWhであるが、そのうち火力発電は640TWhを占める。LNG火力が340TWh、石炭火力が230TWh、残りが石油火力である。仮にAI需要が追加で50TWh(日本全体の電力消費の5%)に上るとしても、既存の火力発電所の稼働率を上げることに加えて、新設・増設をすれば、十分に賄える。 ただし、落とし穴になりかねないのは、現行の日本政府のエネルギー基本計画がそうなのだが、火力発電ではなく、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーに頼ることである。出力が不安定なためそのままではICTの電力需要は賄えない。それを安定させるためとしてバッテリーに電気を蓄えると、安定はするが、電気料金はとてつもなく高騰するから、そもそも、データセンターも半導体工場も立地しなくなる。 そうすると、電力需要の増大自体も絵に描いた餅になってしまう。米国も中国も火力発電による安価な電力でAI革命を実現しようとしているいま、「再エネ最優先」という政策を採る日本が取り残されてしまうことを、筆者はたいへんに危惧している。 浜岡原発ツアーに行ってみた研究者の記…田沼意次は稼働停止の「理由」をどう見るだろうか

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