牛を襲うヒグマは、なぜ「食べないのに襲うのか」…罠にもかからない”怪物”の捕獲の「難しさ」と混乱する現場

道東を恐怖と混乱に陥れた「牛を襲うヒグマ」の正体とは? ハンターの焦燥、酪農家の不安、OSO18をめぐる攻防ドキュメント『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』。 追うハンター、痕跡を消すヒグマ、そして被害におびえる酪農家の焦燥をつづり、ヒグマとの駆除か共生かで揺れる人間社会と、牛を襲うという想定外の行為を繰り返した異形のヒグマがなぜ生まれたのか、これから人間は変貌し続ける大自然とどう向き合えばいいのか。『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』から抜粋・再編集してご紹介! 山の神を「怪物」に変貌させたのは大自然か、それとも人間か? 『「1年で牛28頭がヒグマに襲われる」被害が北海道で発生…現場の「物的証拠」から浮かび上がる“未知の個体”の姿』より続く 罠を学習してしまった 調査をすすめるなかで、近藤は2つの強い予感を抱くようになった。 ひとつは、8月8日に、後藤たちがオソツベツの郄橋牧場に仕掛けた箱罠を見たときのことだ。近藤が見たとき、奥行き3mの檻に仕掛けた餌のエゾシカは食べられているのに、入り口の扉は落ちていた。瞬間、近藤の脳裏をかすめたのは「あ、やっちゃったな」という思いだった。 扉が落ちたことは、罠が正常に作動したことを意味する。しかし、ヒグマはかかっていない。だとすれば、ヒグマが罠のなかに全身を入れる前に扉が落ちた可能性が高い。近藤には、その原因が、ヒグマをおびきよせるためのエゾシカにあると見て取れた。通常は、バラして、足など一部だけを餌にするが、その罠にはエゾシカ1頭丸ごとが入れられていた。 明らかに、大きすぎていた。ヒグマは、オスの成獣ならば立ち上がると2mを超えるため、身体の一部を外に出しながらでも、前足を伸ばせば餌に届いたはずだった。近藤にとってさらに重要だったのは、落ちた扉に体毛が付着していたことだった。おそらく、このヒグマは扉を腰か後ろ足に受けている。だとすれば、その痛みから罠を学習した可能性が高く、もう今後、同じように罠を仕掛けてもかからないだろう。それは諦念にも似た予感だった。 もうひとつは、最初の被害は新久著呂牧野で起きていたのではないか、というものだった。新久著呂牧野に残された体毛の数はほかの現場より少なく、劣化が一段と進んでいた。牛が放牧される夏の間、新久著呂牧野は管理が手薄で、8月5日も、久しぶりに飼い主が見回りに行って、被害が判明したのだった。すでに牛の死体は相当腐敗が進んでいたという証言を聞き、近藤は新久著呂牧野の襲撃はかなり前の可能性が高いと踏んだ。それなら、翌8月6日に20km以上離れた上茶安別牧野で被害が起きたことにも説明がつく。 現場検証で浮かび上がった「犯人像」 現場での観察と捜索、DNAデータの結果、2つの予感を重ね合わせると、近藤に、ある姿が浮かび上がってきた。 新久著呂牧野で牛を襲い始めて肉の味を知り、郄橋雄大の牧場で罠を学習した1頭のオスの成獣のヒグマ——。 罠で捕らえられないなら銃で仕留めるしかないが、オスの成獣を銃で捕獲するのが困難なことは、容易に推察された。 もっとも、その近藤にしても、不可解なことがあった。襲われた牛のすべてが食べられていたのではなかったことだ。それどころか、この年に襲われた28頭の牛のうち、半分の14頭は傷つけられただけだった。なぜ、襲ったのに食べないのか。牛を襲う理由は、何なのか。 だが、研究者である近藤は、確証のない予感や疑問を公にすることはなく、翌2020年春、秋田県庁にツキノワグマ対策の職員として採用され、北海道を離れることになる。1頭のオスのヒグマの捕獲がきわめて困難になるという彼女の直感は的中したが、4年間にわたって66頭もの牛を襲い続けることになるとは、さすがに想像していなかった。 【前回の記事を読む】「1年で牛28頭がヒグマに襲われる」被害が北海道で発生…現場の「物的証拠」から浮かび上がる“未知の個体”の姿

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