スマートフォンやパソコンの向こう側で莫大な金額が海外に流出しているのをご存じだろうか。日本の「デジタル赤字」が急拡大し、外国人旅行客の増加による「インバウンド黒字」を帳消しにする勢いだという。いったい何が起きているのだろう。 10年前の3倍以上 「デジタル赤字」とは国際収支においてデジタル関連サービスの収支が赤字になっている状態を指す。つまり、サービスを使うために日本が海外に払うお金の方が、海外が日本のサービスに払うお金よりも多いのだ。 2024年度の「デジタル赤字」は6兆7722億円で、10年前の3倍以上にふくれあがった。一方、インバウンド拡大による旅行分野の「黒字」は6兆6864億円だった。 特に、Netflix、Amazon Prime Video、Disney+のような動画配信サービスの利用料、YouTubeやInstagram、TikTokへの企業広告費、さらにデータやアプリを保存するクラウドの利用料が大きく影響している。オンラインゲームの課金や、海外製のソフトウェアの利用料なども含まれる。まるで外国製の家電を買い、修理や維持にかかるお金もすべて海外に支払っているようなものだ。急速に普及する生成AIの利用も大半は米国企業への支払いとなり、「デジタル赤字」をいっそう深める可能性がある。 わが家の家計の赤字は大いに困るが、国の「デジタル赤字」もまた無視できない影響を及ぼす。三菱総合研究所のレポート「デジタル赤字拡大は悪いことなのか?」(2024年4月)によると、マイナス面とプラス面がある。 マイナス面はまず、海外への「富の流出」だ。国内の研究開発などへの投資余力の低下につながる。また、重要なデジタルインフラを特定の海外企業に依存することにはリスクがある。サービス提供企業がルールを策定する優位に立ち、国内から統制が及びにくい。 消費者のデジタル化を加速したプラス面 プラス面はどうだろう。「デジタル赤字」の背景には、日本の消費者や企業がデジタル化を加速してきた側面がある。暮らしの利便や企業の生産性向上につながり、インターネットのサイトを通じて海外市場にたやすくアクセスできるようになった。また、一定の安全性やセキュリティが担保され、比較的低コストで利用できる。「これらはいずれもデジタル赤字のプラス面である」と同レポートは評価する。 一方、みずほ銀行の「みずほマーケット・トピック」(2025年1月)は少し立場が異なる。 「『経済活動に不可欠だが、相手に価格決定権があると』いう意味でデジタル赤字は原油輸入に近い『コスト』という側面を認識すべきである。原油価格が上昇して貿易赤字が膨らんだことを受けて『貿易赤字は悪ではない。高付加価値な財・サービスを...』とは言わないだろう」 稼ぐ米国、中国、インド こうしたなかで経済産業省のデジタル経済プロジェクトチームは、2025年4月、深刻な警告を発した。「悲観シナリオでは、2035年で約28兆円のデジタル赤字」が推計されるという。現在の国の年間予算の4分の1にもあたる金額だ。日本と比較した主要8か国では、米国を筆頭に、英国、アイルランド、中国、インド、シンガポールが「黒字」であるのに対し、ドイツと韓国は日本と同じく「赤字」に陥っていた。 このレポートは、「デジタル敗戦の危機」という、やや刺激的な言葉さえ用いている。単なる経済指標の変動ではなく、日本の産業構造や生活基盤が海外に大きく依存し、国際的な競争力も失われつつあることへの警鐘といえそうだ。「デジタル赤字」への処方箋をめぐる論議は、まだ行き着く先が見えてこない。 (ジャーナリスト 橋本聡)