[SNSと選挙]政治の今<上> 4月24日午前11時、自民党本部8階の一室に集まった昨年衆院選の落選者約20人は驚きのあまり、目を見張った。 国政返り咲きを目指すための非公開勉強会だが、この日の講師の話がこれまで基本とされた「どぶ板」の政治活動とあまりにもかけ離れていたからだ。 「私は餅つきも盆踊りもやったことがない。業界団体とも付き合わない。SNS上で応援団を作れば支持は自動で拡大する。指数関数的に声が届いていく」 マイクを握ったのは同党の山田太郎参院議員。2019年参院選でSNSを軸とした活動で約54万票を獲得した党内随一のSNSの使い手だ。山田氏いわく、「演説会など街頭宣伝は動画撮影大会」。集まった支持者らにスマホでの撮影術も指南して、SNSでの拡散を狙う。自身が推進する政策の全体像をPRするには紙の冊子を使うといい、「伝えるべき政策がない人はSNSをやってもダメ。何の意味もない」と落選者にクギを刺した。 6月の東京都議選や夏の参院選に向け、各党はSNS活用に躍起になっている。先の衆院選で国民民主党やれいわ新選組、参政党などが多用し、議席増につなげた実績がある。個人後援会や業界団体に頼り、後手に回る自民党は特に危機感が強い。先月には、米国での関税交渉を終えて帰国したばかりの赤沢経済再生相をテレビではなく同党のユーチューブチャンネルに出演させた。旬な存在の赤沢氏で若者を引きつける作戦だ。 支持母体・創価学会の高齢化に悩む公明党も事情は似ている。「国会議員の給与明細公開」「公明党と(支持母体の)創価学会との関係は」など拡散を当て込んだ動画を公開して耳目を集めようとしている。 各党が「バズる」動画作りに奔走する一方、昨年の衆院選や兵庫県知事選、都知事選で噴出したSNS上の偽・誤情報への対応は置き去りのままだ。兵庫県知事選から2か月後の今年1月、与野党による協議がスタートしたものの、27日まで6回の会合を経て改正に至ったのは、選挙ポスターに品位を求める規定の新設や選挙期間中の車上運動員の報酬額引き上げなど。SNS対策については自民党が2月に〈1〉選挙運動を名目とした営利行為への対応〈2〉SNSを運営するプラットフォーム事業者の責任明確化〈3〉情報流通プラットフォーム対処法の改正——などの論点を提示したが、具体的な議論に至っていない。プラットフォーム運営事業者から意見聴取を重ねた程度だ。 「具体的な規制に踏み込めばネットで批判されかねない。自ら議論を主導して、炎上するような損な役回りはしたくないのだろう」。各党協議に関わった官僚は政治家の本音をこうみる。 各党は偽・誤情報対策に慎重な理由として、異口同音に「表現の自由」との兼ね合いを挙げる。今月3日のNHK番組でのSNSと選挙に関する各党討論会では、出席議員が計20回以上も表現の自由に言及した。SNS規制が「検閲になりかねない」という主張だ。 これに明治大の湯浅墾道教授(情報法)は「現状の公職選挙法は、すでに表現の自由を厳しく制限している」と疑問を示す。実際、同法142条は、候補者が配布する選挙運動用ビラの枚数や大きさまで事細かく規定している。148条のただし書きで報道機関に「虚偽の事項を記載しまたは事実を歪曲(わいきょく)して記載するなど表現の自由を乱用して選挙の公正を害してはならない」と規定する。「SNS事業者が全く規制を受けないのはアンバランスだ」。湯浅氏は指摘する。 今国会は6月22日の会期末まで残り1か月を切り、SNS上の偽・誤情報への新たな対策は間に合わないことが確実となった。都議選や参院選で再び混乱が起きる可能性は大きい。 ◇ SNSが全国各地の選挙で引き起こした混乱に国会は効果的な対策を打ち出せずにいる。民主主義の根幹さえ揺らぎかねない事態を、各党はどう捉え、どう向き合おうとしているのか。現状をリポートする。