「コメ5キロ2000円台」に執念を燃やす小泉農相が“敗北”するリスク…異色の兼業農家が「備蓄米の放出効果は限定的」と警鐘を鳴らすワケ

 第2回【小泉農水相と元テレ朝・玉川徹氏が「農家の大規模化」で意気投合も…コメ作りを知り抜く異色農家は「どんなに働いても生活苦な“小作人”が復活するだけ」】からの続き──。コメ5キロを2000円台で店頭に並べる、と小泉進次郎・農林水産大臣が意欲を見せている。5月26日には農水省の説明会が開かれ、大手小売業者約320社が参加した。(全3回の第3回)  *** 【写真】「日本と全然違う!」韓国のスーパーで実際に売られているコシヒカリの“お値段”とは? 日本人向けにお持ち帰りを呼びかける張り紙も  担当記者は「小泉農相は備蓄米の落札を中止し、随意契約に切り替えました。小売の販売価格から逆算してコストを算出することが可能となり、5キロ2000円台のコメがスーパーに並ぶことになったのです」と言う。 小泉進次郎・農水相 「ご存知の通り、以前の備蓄米は入札で最も高い価格を示した業者が落札していました。これでは安くなるはずがありません。実際、当時の江藤拓・農水相は『価格を安くするために備蓄米を放出するのではない』と説明していました。市場にコメを流すことにより、流通の“詰まり”を除去するのが目的だったのです。しかし効果は全くなく、小泉農水相が5キロ2000円台という“価格ありき”の随意契約に変更しました」  コメ農家の目線で見ても、備蓄米の入札は理解できなかったという。登山情報誌の編集長を務める木村和也氏は米どころとして知られる新潟県の出身。そして異色の“兼業農家”でもある。  東京農工大学大学院の博士課程を中退すると、登山専門誌「山と溪谷」や、アウトドアや旅をテーマにした書籍で知られる出版社、山と溪谷社に入社した。  2010年にアウトドア企業の起業に携わり、生まれ育った新潟県南魚沼市にUターン。実家のコメ農家を継ぎ、山登りのフリーペーパー「山歩みち」の編集長も務めている。 結局は焼け石に水!?  木村氏は「コメ1俵は、重さでいえば60キロです。この10年ほど、私たちは60キロをJAに1万5000円程度で買い取ってもらっていました」と言う。 「これでも全国規模の買い取り価格からみれば、かなり高く、恵まれています。これはもちろん、南魚沼産コシヒカリというブランド力が影響しています。全国的には1俵1万3000円台は普通ですし、もっと安いケースもあります。ところが、第1回の備蓄米の落札では、60キロ当たり2万1217円という価格になりました。一般的にかなり高い私たちのコメよりもはるかに高い金額です。おまけに国が備蓄米としてコメを購入した去年秋時点での買取価格は60キロで約1万3000円(註1)。単純計算でも、国が1俵あたり約8000円の利益で売り抜けたのですから、これはもう滅茶苦茶な話ではないでしょうか(笑)」  5キロ2000円台の備蓄米が店頭に並んでも、それは一時的なもので終わる可能性があると木村氏は指摘する。 「ここ数年、コメの需要は約700万トンなのに対し、供給は680万トンに押さえつけられてきました。つまり需要と供給のバランスが壊れてしまったのです。ところが備蓄米の総量は、もともと100万トン。第1回と第2回の放出は30万トンでしたから、残りは70万トンに過ぎません。消費者が2000円台のコメに殺到すればあっという間になくなり、再び5キロ5000円台の高値に戻ってしまう可能性も否定できないのです」 適正価格はいくらなのか?  木村氏は「ちなみに5キロ2000円台のコメ、これは21年産等のいわゆる古米です」と言う。 「これらのコメはもちろん食べられるとはいえ、これまでその多くは飼料用として国は処理してきたコメです。飼料用としていくらで卸したかはわかりませんが、先の入札事例といい、ここでもまた政府は儲けたいのか、と下衆の勘ぐりをしたくもなります。それはさておき、コメの価格が本当に下がるためには今後数年間、大豊作が続く必要があるでしょう。もし小泉農相が本気でコメの価格を下げたいのなら、カルフォルニア米を含む外国産米の流通量を増やすほうが手っ取り早いと思います。関税を下げる手もあるかもしれません。ただし、離農者がさらに増えるという国家的な損失を覚悟する必要があります」  税金や社会保障費の負担に悲鳴を上げる消費者は多い。そこにコメ価格の高騰が追い打ちをかけた。一方、コメ農家もコメ価格の低迷に長年、苦しんできた。  石破茂首相は5月21日の党首討論で「コメの価格は5キロ3000円台にならなければならない」と発言した。  この5キロ3000円台だが、消費者の多くが適正価格だと判断することでも知られている。ならば5キロ3000円台は、農家にとって妥当な金額なのだろうか。 税金投入の必要性 「もし全国平均で5キロ3000円となり、その全額が直接、農家の懐に入れば、とりあえずほっと一息つく作り手は相当な数に上るでしょう。このあたりにコメの適正価格を解く鍵があるのは間違いないと思います。ちなみに私は5キロ3500円の直販を行い、一定程度の利益を出しています。ただ、これも現時点での話です。燃料費や肥料費、機材などの高騰は今も続いており、60キロいくらで採算が取れるのか予測が厳しい状況です。その一方で、価格の問題では農家も猛省が必要でしょう。ネット通販と流通のシステムは飛躍的な進歩を遂げたのに、販路を自分で探せない農家は珍しくありません。安全で美味しいコメを作れば、必ず評価してくれる消費者の方々に出会える。これは声を大にして言いたいです」(同・木村氏)  コメ5キロで3000円が農家に直接入るように制度設計を改めても、当たり前だがコメは農作物だ。工業製品とは異なり、不作の年もある。 「今回のコメ高騰で、価格が上昇しても農家に恩恵はほぼないことを改めて実感させられました。巷ではJA悪玉論が盛んですが、彼らが業者に卸す際は2割しかマージンを乗せていませんし、日々の細かい営農指導を考慮すれば、農家にとってはむしろ良心的だと言えます。ところが、南魚沼産コシヒカリだけを見ても、小売の段階ではその末端価格がJA買い取り価格に対して倍に跳ね上がっているのです。もし農家の収入を確保し、消費者の求める“適正価格”で販売するのだとしたら、やはり税金で農家の収入を補償するしかないでしょう。ただし、それでも現状維持にしかならないという点は強調させてほしいと思います」(同・木村氏) 農家を国家公務員に  豊作でも不作でも農家には常に一定の収入が入るよう国が税金を使って調整する。この制度を実施すれば、ひょっとすると離農は減るかもしれない。だが……。 「しかし後継者不足を解決できるほどのインパクトはありません。極論にはなりますが、私は以前から農業従事者は“国家公務員”にすべきだと主張してきました。私たち農家は農作物を作ることで食の安全保障に寄与しています。土地と景観を守り、水田はため池の機能も果たすので国土の保水にも役立っています。農業もまた、日本を守り、公共に奉仕する仕事だと言えるのではないでしょうか」(同・木村氏)  木村氏は「長期的な視点に立てば、日本の食糧自給率を上げることと、新たに農業に参入する人を増やすことが最大の課題になると思います」と言う。 「もしコメ農家の身分が国家公務員になれば、生活は安定しますから就農者が増える可能性がある。公務員ですから目先の利益を追い求めず、質の高いコメ生産を目指すこともできるでしょう。結婚や出産、引退後の年金生活といった人生の節目でも、公務員という地位は有利に働くと思います。若い人たちにも魅力的な仕事だと考えてもらえるかもしれません」 農政の未来とは?  木村氏は「腹が減っては戦ができぬ」ということわざを思い出すという。食糧自給率が低ければ、他国の侵略に脆弱な国になるのは理の必然だ。もし日本人が飢えに苦しむような事態に陥れば、日本国憲法の言う「健康で文化的な最低限度の生活」など送れるはずもない。 「田んぼは農家だけのものではなく、国民共通の財産だという意識を持つことが大切なのではないでしょうか。小泉農水相は5キロ2000円のコメを店頭に届けたら終わりではなく、この国のあり方を見据えた農政を行うことが求められています。今回の米騒動をきっかけに、日本の農政や未来のあり方が広範に議論されるような、そんな気運が醸成されることを願ってやみません」  第1回【江藤前農水相は「主婦の皆さま」の買い急ぎと過去に批判も…“異色の農家”が論破するコメ高騰の知られざる理由「猛暑で小粒化」「倒れた稲が雨に浸かる」】では、なぜコメの高止りが続いているのか、生産現場におけるリアルな現状について詳細に報じている──。 註1:【コメ価格】小泉進次郎農水大臣のもとで下がる?下がらない? 識者も意見分かれる『石破総理の5kg3000円台発言』『コメの絶対量が足りない』【解説】(MBS NEWS:5月23日) 【木村和也 プロフィール】 1971年、新潟県生まれ。東京農工大学大学院工学研究科博士課程中退。山と溪谷社勤務を経て、2010年株式会社フィールド&マウンテン創業に参画。現在、同社発行の山登りのフリーペーパー『山歩みち』の編集をしながら稲作農家を営む兼業編集者として活動。 デイリー新潮編集部

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