都心を低空飛行…羽田新ルート「地価への影響確認できず」は本当か 国交省報告に3つの疑問、独自調査で分かった真実

 羽田空港の新ルート運用が始まり5年が経過した。当初は気になった騒音にも、慣れてしまった住民が多いかもしれない。新ルートでは、午後の時間帯を中心に、東京湾上空ではなく、新宿・渋谷・品川など都心上空を低空で飛行するようになり、住宅密集地の真上を旅客機が通過する形となった。当初、騒音と同じぐらい注目を集めたのが、「不動産価格への影響」だった。都内マンションの販売価格を“定点観測”し続けるマンションブロガー「マン点」氏は、独自にデータを分析。ある事実に気が付いたという——。同氏のレポートをお届けする。  *** ※外部配信先では一部のグラフが表示されない場合があります。全てのグラフはデイリー新潮サイト内で閲覧可能です。 飛行ルート真下の住宅地では「ゴーッ」という音が鳴り響く 【写真を見る】品川区の住人に届いた「チラシ」 「羽田新ルート運用」への理解を求めるものだ 「飛行機の騒音でマンションの価格が下がっていないか」  平日の午後3時過ぎ、頭上で「ゴーッ」という音が鳴り響く。飛行機が通過する音だ。閑静な住宅街では、特にその音が耳に残る。羽田新ルート航路下の住民は、この騒音に慣れてしまったのだろうか。  音の感じ方は人それぞれ。しかし、不動産の売却を考えている人にとって、飛行機の騒音は「共通の悩み」と言えるのではないか。 「飛行機の騒音でマンションの価格が下がっていないか」  それは、羽田新ルートの航路下に住む人の多くが感じている不安と言えよう。そうした不安の声を、国はどう捉えているのだろうか。  2025年5月7日、国交省は「羽田空港周辺地域における地価動向分析調査の結果」を公表した。そこで出された結論は、「新飛行経路運用に伴う不動産価格への影響は確認できませんでした」というものだった。  しかし、本当にそうなのか──。 報告書に潜む「3つの疑問」  羽田新ルートの運用が始まったのは2020年3月のこと。飛行機が品川区や港区の上空を低空で飛ぶようになり、当時は騒音や落下物の懸念について伝える報道も多かった。同じように注目されたのが、「不動産価格への影響」だ。  その“答え合わせ”として、国交省は「地価への影響確認できず」と結論付けたわけだが、私は首をかしげた。なぜかというと、報告書には「3つの疑問」が潜んでいるからである。 (疑問1)なぜか影響を調べる範囲が「5km」になっている  国交省の報告書を読み、まず目についたのが「調査範囲」の設定だ。  新ルートの影響を調べる際、その範囲を新ルート直下の幅1kmではなく、5kmの範囲に広げているのである。  騒音の影響は新ルート直下から1km程度の範囲で顕著だ。であるにもかかわらず、なぜ国交省の設定は5kmになっているのか。  狭い範囲で調べれば、価格の下落が見られたかもしれない。だが、広い範囲で平均化することで、影響が「見えにくく」なった可能性がある。  たとえて言うならば、焦げた部分があるかを確かめるのに、ケーキ全体をミキサーにかけて味見するようなものだ。  報告書には、範囲を5kmにした根拠についての説明は見当たらない。広い範囲で平均化することで、あえて影響を「見えにくく」したという疑念が拭えない。 (疑問2)A滑走路着陸ルートに見えた「下落」の兆候  次に目を向けたのは、南風時に運用される「A滑走路着陸ルート」のデータだ。このルートでは飛行機が高度1000〜2000フィート(約300〜600m)の低空で飛ぶことになる。  地価の変動率を比較した図を見ると、興味深い事実が浮かび上がる。  新ルート運用前の「2016〜2020年」と、運用後の「2020〜2024年」を比較すると、Aルートの影響範囲内にある場所の地価中央値は、新ルート運用前後の方が下げ幅が大きいのだ  それなのに、報告書はこう書いている。「大きな変化は確認されない」、と。  新ルート運用前後に見られる下落について、報告書は「大崎・五反田の再開発事業等」がこの下落に影響した可能性があるとしている。  だが、そうした要因を持ち出して、新ルートの影響を否定するのは、あまりに恣意的であると言わざるを得ない。「再開発」などといった後付けの要因を列挙することは、いくらでもできてしまうからだ。 (疑問3)サンプル不足なのに「変化は確認されない」と結論  南風運用時のA滑走路着陸ルート・C滑走路着陸ルート以外でも、気になる点が見つかった。「荒川沿いを北上するルート」と「川崎上空のルート」である。  この2つのルートでは、「新ルート直下500m以内」のデータが少ないという問題点があるのだ。  荒川沿いを北上するルートでは、飛行経路から500m以内で調査したサンプルがわずか10件しかない。  川崎上空のルートに至っては、飛行経路から500m以内のサンプルが、なんと「ゼロ」なのである。  このような少ないサンプル数をもってして、影響を的確に捉えることは難しいはずだ。それにも関わらず、「特段大きな傾向の変化は確認されない」と言い切るのは、いささか乱暴すぎるのではないだろうか。  報告書が出すべきは、「傾向の変化は確認されなかった」ではなく、「データが乏しくて、何も分からなかった」との結論だったのではないか。 品川区の取引価格1万件以上を独自に調査してみると  国交省の報告書に納得できないならば、自分で調べるしかない。  国交省の調査は、地価公示データに基づいている。では、建物の実際の取引データで分析すると、どのような答えが得られるだろうか。  今回、対象に選んだのは品川区の中古マンションだ。品川区を選んだ理由は、新ルート直下に位置し、低空飛行の影響が特に大きいと考えたためである。  分析に使ったのは、国交省の「不動産取引価格情報」だ。2016〜2024年の四半期ごとの取引データについて、品川区の25地区、1万件以上を分析した。  すると、驚くべき事実が浮かび上がった——。 実は新ルート直下では地価が一時的に下落していた  結論から言えば、新ルート直下7地区で、新ルート運用開始(2020年3月29日)の前後に一時的な価格の伸び悩みや下落が見られたのである。図ではピンク色の円で示した箇所だ。  たとえば、低高度で通過する勝島の平米単価は、運用開始前の2019年第4四半期に44万円まで下がった。また、東大井の平米単価は、運用開始に向けて伸び悩み、運用開始前後の第1四半期に71万円に落ち込んだ。  品川区全体の平米単価が緩やかに上昇するなかで、明らかな下落傾向を見せているのである。  その後の動きもまた興味深い。  2020年第3四半期以降、平米価格は急回復する。特に大崎では2020年第3四半期に130万円に急上昇した。回復の一因として考えられるのは、2020年10月に決まった「大崎・五反田再開発」だ。都市計画が地価を押し上げたというわけだ。この部分は、国交省の報告書でも述べられている。  新ルート開始当初は、騒音や落下物の懸念が強く、それが地価に影響した可能性が高い。ところが、年月を経るにつれ、住民の意識が変わるのも事実。 「今も飛行機の音は気になるけど、生活の一部になった」  そうした住人の「慣れ」も、価格回復の裏側にあるのかもしれない。 「ゆでガエル効果」と言うと、少し意地悪かもしれないが——。 やはり新ルートの影響はゼロではなかった  筆者の独自調査で分かったこと。それは、少なくとも国交省が「地価への影響確認できず」と言い切るのは無理があるということだ。  再開発などの都市開発や、とりわけ都心での顕著な地価高騰のトレンドで見えにくくなっているだけで、「羽田新ルート」が地価に影響は与えた可能性はゼロではないのである。  国交省には、結論ありきではない、住民の納得できる「誠実な調査」を求めたい。  そして読者の皆さんには、国の調査結果を鵜呑みにするのではなく、ぜひ今回ご紹介したデータに目を向けて頂きたい。 【著者プロフィール】 マン点(まんてん)マンションアナリスト。一級建築士。20年以上続けている不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」の管理人 X(旧Twitter):https://x.com/1manken デイリー新潮編集部

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