インドネシア《世界最大の偽ブランド品マーケット》の実態と衝撃…「本物のブランド工場で製造」「アメリカ政府は《悪の巣窟》と名指し」

アメリカ政府が名指しする“悪の巣窟” 関税戦争真っ只中のアメリカ政府が“悪の巣窟”と名指しする場所がある。 インドネシアの商業地域「マンガドゥア(Mangga Dua)」だ。 首都ジャカルタの北部に位置する同地域が誕生したのは今から30年以上前のこと。元々は繊維製品をはじめとする日用雑貨や衣料品の卸売拠点として首都圏と地方都市をつなぐジャカルタ最大級の商業ハブとして産声をあげた。以降、マンガドゥアは地元のバイヤーのみならず観光客まで入り乱れる一大産業エリアとして栄えた背景がある。 しかし、その賑わいに呼応するように次第に「グッチ」「エルメス」「ルイ・ヴィトン」「プラダ」といったハイブランドの模倣品が公然と売買されるようになり、次第に�偽ブランド品天国�として世界に悪名を轟かせていくようになる。 これまでにもマンガドゥアはアメリカの通商報告書に頻繁に登場するなど模倣品の販売拠点として国際的な批判を浴びてきた歴史がある。なかでも決定的となったのがアメリカ通商代表部(USTR)が2023年4月に公表した年次報告書だ。USTRはアメリカ政府の直属機関であり、同国の通商政策全般の決定から執行まで行う権限を持つ。通商代表は大統領直属で、閣僚級のポストだ。いわばアメリカ外交ビジネスを司る組織である。 そんなUSTRの資料にはマンガドゥアを「Notorious Markets Lists(偽ブランド品の悪名高き市場リスト)」と名指し、「著作権侵害や商標偽造の温床」との厳しい言葉で指摘。まさに国際的に“要注意エリア”に位置付けたのだ。さらにトランプ政権の関税戦争勃発をきっかけにした通商圧力により、マンガドゥアはインドネシア政府にとってもかつてないほどの悩みの種となりつつある。 一体、マンガドゥアには何があるのか。“悪の巣窟”と呼ばれる場所を現地取材した。 販売価格は「10分の1以下」 ジャカルタ中心部から車で約1時間。マンガドゥアの主要ビルの一つ「ITC(International Trade Center)」に足を運んだ。商業ビル内には衣料品や日用品店が所せましと連なり、その光景は日本でいう東京・上野のアメ横や大阪のアメリカ村を思わせる。偽ブランド品店もそんなローカルショップのなかに店舗を構えている。 入店すると真っ先に目に飛び込んでくるのは陳列された色とりどりのバッグや財布の数々だ。 いずれも「エルメス」「ルイ・ヴィトン」「グッチ」「プラダ」など、本来であれば世界の主要都市の高級ブティックでしか目にしないようなブランドロゴがずらりと並ぶ。その違いは破格とも言える値段にある。販売価格は通常の10分の1、時にはそれ以下。商品を眺める筆者に店員は「“スーパーKW(高品質の偽物)”なので、本物とほとんど見分けがつかない。プラダなら200万〜500万ルピア(約2万〜5万円)、エルメスでも1500万ルピア(約15万円)ぐらいで買える」と胸を張った。 一方、世界のメディアや観光ガイドなどでも「インドネシア最大の偽物市場」として報じられるマンガドゥアでは現地の関係者も警戒の色が強い。ある店員にアメリカの取り締まり方針について尋ねると「詳しいことは聞いていない。何かトラブルになるのは嫌だ」と言葉を濁した。取材のなかでは「マンガドゥアだけを攻め立てるのはおかしい。この辺りの他のモールだって平気で偽物を売っている」と憤慨する販売員の姿もあった。 その主張も一理はある。確かに、ジャカルタ市内には偽ブランド品を扱う市場が他にも点在しており、マンガドゥアだけが特別というわけではない。 立ちふさがる摘発のハードル マンガドゥアがここまで偽物の一大集積地として根を張った背景には、いくつかの要因が重なっている。 最大の理由とされるのが地理的利便性だ。同エリアはジャカルタ北部の国際港タンジュン・プリオクに近く、ここからコンテナで大量の偽ブランド品が送られ、市場へと流れ込んでいく。多くの貨物が行き交うターミナルでは関税や検疫のチェックが間に合わず、商品が保税倉庫をくぐりぬけやすいという側面がある。 さらにインドネシアでは、ブランドの持つステータスよりも「見た目」と「価格」を重視する層も多く、結婚式やパーティーなどで「高級感のあるバッグを一度だけ使えれば十分」という発想も広く浸透。加えて観光客が「お得なお土産」として大量購入するケースもあり、需要に拍車をかけている。 もう一つは摘発のハードルだ。インドネシア国内での偽ブランド品販売は刑罰が軽く、刑事訴追が行われるのはごくわずか。いくら警察が取り締まりを行っても店側はすぐに営業を再開できてしまうのが現実である。また同様の店舗は数千に及ぶため、仮に当局が大規模摘発を繰り返すには膨大な人件費とコストを要することとなり、現状は警告や説得を行うのが関の山。USTRもその実態は把握しており「実質的に取り締まりが行われていないも同然」とインドネシア政府を批判している。 偽物製造国「中国の存在」 では、マンガドゥアに溢れる偽ブランド品は一体どこで製造されているのか。 そこに見え隠れするのがアメリカとの関税戦争で火花を散らす中国の存在だ。インドネシアの産業省や警察当局もマンガドゥアに集まる偽商品の多くが中国で生産されていることは公に認めており、実際に今年初めに摘発された約1500億ルピア(約15億円)相当の違法商品の大半が中国産だった。 背景にあるのは中国の福建省や広東省などにある“専門工場”だ。 「本物ブランドの工場ラインが休業しているときに、作業員がアルバイト感覚で偽物を製造する例もある」 ある警察関係者は偽ブランド品の実情をそう語る。 実際、マンガドゥアでは、偽物の中でも最上級に位置づけられる「KWスーパー(=スーパーコピー)」が目玉商品として注目を集めている。ブランドメーカーが指定する製造設備を使用して違法生産してしまうため、縫製技術や素材の質も高く、模造品とは思えない完成度に仕上がるのが特徴だ。 取材ではスペインの高級ブランド「ロエベ」のKWスーパーのバッグを見せてもらったところ、正規品なら約50万円するものがたったの300万ルピア(約3万円)で販売されている場面も目にした。店員に尋ねると「香港からの品だ」と模倣品であることは暗に認めたが、それ以上の詳細は明かさなかった。 しかし、そのクオリティは本物さながらだ。取材に同行したファッション業界のコンサルタントは商品を見て「縫い目こそ若干甘いが、内部の仕上げなどは極めて精巧。素人はまず見分けがつかないレベルだ」と驚愕の声をあげていた。 筆者が取材した日もアフリカから来たと見られる観光客がインドネシア人のガイドに付き添われながら、ガラスケースから品物を取り出し、熱心に偽ブランド品を選んでいた。話を聞いてみると、「正規品はとても手が出ないが、これくらいの商品ならまだ買える。パーティーのときなんかに自慢できて非常にいい」と満足気に答えていた。お土産にも4個カバンを買っていくという。 SNS取引で急拡大 “悪の巣窟”と呼ばれるマンガドゥアを筆頭に市場汚染を続ける偽ブランド業界だが、その深刻さは年々加速の一途を辿っている。なかでもインターネット上での取引拡大は脅威そのものだ。 インドネシア貿易省によれば、2022年から25年3月にかけて寄せられたオンライン取引の苦情は2万件を超え、その9割以上が偽物や詐欺に関するものだった。大手ECサイトのTokopedia、Shopee、Blibli、Lazadaなどは、政府と協力して知的財産権の侵害商品の取り締まりを発表しているが、SNSを通じて個人間取引が行われるケースやアカウントを変えて出品を繰り返すケースも多く、根本的な解決には結びついていない。 ネット売買の流れはマンガドゥアも例外ではない。店舗を構えつつSNS上で宣伝を行い、遠方の顧客へ通販で“スーパーコピー”を送る店もあるという。店側からすればオンラインを活用することで固定費を抑えられ、なおかつ摘発のリスクも回避しやすいという一石二鳥のメリットがある。 関税戦争の余波 勢力を強めるインドネシアの偽ブランドビジネスだが、一方で国際社会、特にアメリカの厳しい監視の目は厳しさを増している。 トランプ政権では知的財産侵害に対する報復措置として追加関税がちらつかされるなど、貿易問題にまで発展。インドネシアが実効的な取締りを行わない場合は、通商交渉などで圧力を受ける可能性も高い。そうしたプレッシャーを受け、インドネシア政府は「取り締まりの強化」や「法令の改正による罰則強化」を進めようとしているが、広大な市場とオンライン空間に散在する販売業者を一斉に抑え込むのは容易な作業ではない。 根絶へのカギとなるのは消費者の意識改革だ。客の「偽物であっても、見栄を張れるなら構わない」という風潮が根強く存在する限り、供給は止まらない。インドネシア国内では所得格差が大きく、ブランド品が本来手の届かない多くの人々にとって、安価な偽物は“魅力的な選択肢”になっているのもまた事実でもある。 法令による抑止力と摘発の徹底も不可欠だが、長期的には「消費者教育と啓発」によって、偽物を購入することのリスクやブランド価値の毀損について広く周知する必要が欠かせない。そのためには国際ブランドとの協力、EC事業者との連携、さらには学校教育など多角的なアプローチが求められる。 批難を続けるアメリカと製造国となる中国。その狭間で翻弄されるインドネシア。トランプ政権の仕掛けた関税戦争の余波はインドネシアの偽ブランド業界を浮き彫りにさせる事態にまで発展している。 【つづきを読む】30代、月収20万円の女性が堕ちた、ブランド品の「スーパーコピー商品」のヤバすぎる実態

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