「酔って転んだ」が「居酒屋で亡くなった」ことに…田舎で生きる上で「悪口を言わない」ことが極めて大事な理由とは

僕の親戚なんですが……  サラリーマン同士の飲み会で定番とされるネタといえば「上司の悪口」「客への文句」である。もはや「飲み会=上司の愚痴を言い合う場所」といった扱いとなっているが、半分ぐらいは正しいだろう。 【写真】悪口は御法度だけど…重要文化財「鈴木家住宅」がある秋田県羽後町のあまりにも長閑すぎる風景  ただし、これはあくまで、「都会限定の話」と考えておいた方がいい。何しろ地方ではこれらの悪口・文句・愚痴・悪態・中傷・嫌悪感の発露・ゴシップをばらす……といった発言は当人に必ず伝わってしまうからだ。筆者が2020年11月に東京・渋谷から佐賀県唐津市に移った直後の飲み会で長老から言われたのがこれだ。 噂がすぐに広がるのが田舎の特徴 「田舎で生きるには、他人の悪口を言ってはいかん。大抵の場合、当人が把握することになり、あなたがむしろろくでなしの人物だと思われるようになる。何か不満を言いたいのであれば、家の中にとどめておくべきだ」  これは当初ピンと来ていなかったのだが、すぐ理解することになった。とある商店の女将の見た目があまり評判の良くない某女性政治家に似ている、と軽い気持ちで言ったら、その時同席していた男性が「アノ人、僕の親戚なんですが……」と複雑な表情をした。 あなたのこと喋ってたよ  街が狭いと一人辿れば知人がいるという状況は頻繁にあるし、このように思いもかけなところで親族関係だったりすることもある。だから「有名人に似ている」程度のことであっても、その似ている相手が評判の悪い人物だったり犯罪者だったりする場合は絶対に言ってはならない。  そして、街を歩いていると往復1.2kmのスーパーの行き帰りで最低2人から声をかけられる。たとえば寿司店の店主は仕込み中でも外に出てきてくれるが「先日来たお客さん、あなたのこと喋ってたよ」なんて話もされる。「面白い人やなぁ、言うてましたわ」と言うが、そのお客さんも私についての良いことだけを話してくれたのだと推察できる。  釣竿を持って街を歩いていたら車が突然ツツーと近寄ってきて窓を開けたら知人で「釣れましたか!」なんて言う。「キスが少々」と答えると、しばらくして、その人の知り合いから「キス、おいしかったですか?」と言われる。  この程度の無害なことですら広まってしまうわけであるのだから、眉をひそめたくなるような行動をすれば間違いなくその伝達スピードは加速度的に速くなる。それこそ酒に酔っ払って路上で嘔吐していた、立小便をしていた、なんてことはすぐだろう。あとは飲み屋で美人店員を口説く中高年男性などもその評判は広がる。 大袈裟になっていく噂話  これは「悪口」ではなく、「困った人について嘆いている」という文脈になるため、このことを話す人の評判が落ちることはない。あくまでも「とある人物に対する嫌悪感の表明」が問題視されるのだ。  当然、町内で不倫などはもってのほかだし、もし逢瀬となれば、途中のPAで落ち合って隣町のホテルで、といったことになるだろう。既婚男女がサシ飲みをしようものなら、「AさんとBさんがいい雰囲気だった」なんてタレコミが家族にもたらされかねない。  さらに、情報流通速度の速さに加えて、噂話というものは尾ひれがついて大袈裟になっていくことも体験した。2020年10月、私は居酒屋の個室で宴会をしていた。隣の部屋との間には布が垂れ下がっている。便所へ行こうと立ち上がり、この布に少しよりかかった。あくまでもこの布は内装がより優雅になるものであり、その先には壁があると思っていたのだ。  しかし壁はなく、私は「うわーっ!」という叫び声とともに隣の個室へ。隣には6人の男性が宴会をしていた。不幸中の幸いで、彼らにぶつかることも、テーブルにぶつかって卓上の食べ物をぶちまけたり皿を割ったりすることもなかったが、左手を畳についたところで猛烈な痛みが走った。  突然隣からやってきた男に彼らは仰天していたが、すぐに「だ、大丈夫ですか!」と声をかけてきた。私は「あ、大丈夫です、お騒がせしました」と布をめくって自分の部屋に戻ったが、腕がだらんとしている。その後心配した店員がやってきて、私の左手が骨折しているらしいこと、しかも相当重傷であろうと判断してくださり、救急車を呼んでもらった。 亡くなったって聞きました  宴会場で待つ間も左腕はまったく動かず、激痛が走る。救急隊員がすぐにやってきてストレッチャーで私を外に運び出し、商店街を通って救急車へ。上腕がキレイに斜めに折れており、全治3ヶ月の重傷という診断だったが、私は数日後に入院し、7泊で退院した。そして骨折から2週間後、街を歩いていたら知り合いの電気屋の主人が私を見て目を丸くして仰天している。 「えっ? 生きてたんですか! 亡くなったって聞いてました!」  なんと、ストレッチャーで運ばれたことを受け、私が居酒屋で死んだということに話が発展していたのだ。恐らく誰も「飲み屋で転んで骨折した」という間抜けな話を想像しなかったのだろう。救急車で運ばれる場合は心筋梗塞や脳卒中といった死に繋がる重篤な病気だという思い込みもあったはずだ。そしてしばらく姿を見せなかったからいつしか死亡説になってしまったのである。  悪口の話から地方の「壁に耳あり障子に目あり」状態について述べたが、今後移住する人や、出張でその地を訪れる人はこのような状態が日常であることを覚えておいた方がいい。振る舞いを間違えると「今回都会から来たあの人、都会風吹かせて私たちを馬鹿にしていて感じが悪い」などとすぐにその悪評が広がってしまうことだろう。 中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。 デイリー新潮編集部

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