２００３年１１月、長嶋監督が最後に指揮を執ったアジア野球選手権を取材した。 　松坂大輔、上原浩治、黒田博樹、高橋由伸、城島健司——。アテネ五輪出場権をかけ、初めてオールプロの日本代表が結成された。「（五輪の）聖地に日の丸を掲げ、野球の伝道師になってくれ」。初戦を前に、選手たちに呼びかけた。金メダルは野球人として最後の夢だった。 　日本は中国、台湾、韓国を撃破し、五輪切符をつかんだ。激闘から一夜明け、新千歳空港で帰京便を待つ、その声はがらがらだった。「ベンチで一番声を出していたからね」と城島が笑っていた。しかし、年明けには風邪をこじらせ極秘で検査入院した。その約２か月後、脳梗塞（こうそく）に倒れた。「ミスタープロ野球」が日の丸の重圧を背負い、本当に命懸けで戦っていたのだと思い知った。 　奇跡的に一命をとりとめたが、懸命のリハビリも実らず、アテネ五輪での指揮は断念せざるを得なかった。再発の危険性もあると説明するドクターに、「死んだっていい」と何度も何度も食い下がったという。８月、銅メダルを獲得して帰国した「長嶋ジャパン」を、リハビリ中の病院から成田空港近くのホテルまで出向いて労をねぎらった。教え子たちの多くがその後、メジャーに羽ばたいたり、監督やコーチとなって野球界に貢献したりしている。 　０７年２月、３年ぶりに巨人の宮崎キャンプを訪れた。つえもつかずに背筋をぴしっと伸ばして歩く姿に驚いた。練習前、外野の一角に選手たちを集め、４シーズン優勝から遠ざかっていたチームに、「今年は勝つ。絶対勝つ。勝つ、勝つ、勝ぁーつ！」と活を入れた。原ジャイアンツはその年からリーグ３連覇を飾った。 　晩年、東京ドームやジャイアンツ球場にアポなしで現れ、チーム関係者を慌てさせた。連敗を喫したときや主砲がスランプに陥ったときは、居ても立っても居られなかった。「１０００日計画」で松井秀喜を４番打者に育て上げたように、マンツーマン指導で坂本勇人や丸佳浩らの打棒に磨きをかけた。昨夏には、打撃不振にあえいでいた岡本和真を入院中の都内の病院に呼び、病室で素振りをチェックしたこともあった。 　ひまわりのような明るさは、場所を選ばなかった。長く通ったリハビリ専門病院では、スターの鎧（よろい）を脱ぎ捨てて他の患者たちを励ました。最後の集中治療室は部屋一面がオレンジ色に彩られ、ジャビット人形も一緒だった。ジャイアンツを愛し、ジャイアンツに愛されて、長嶋監督が旅立った。（前運動部長　津崎勝利、敬称略）