【追憶の安田記念】94年ノースフライト 日本マイル界総崩れの危機を救う 実況「ニッポン!」に思い凝縮

 「ニッポン!ノースフライトです」。シンプルだが心を打つ名実況が場内にこだました。わずか1年前にデビューしたばかりの牝馬が欧州の強豪を文字通りねじ伏せた。見ていて身震いがするほど強かった。  この年の安田記念は、それまでとは全く違う意味合いを持っていた。前哨戦の京王杯スプリングC。この年から国際競走となったG2戦には5頭の外国馬が参戦し、1〜4着を独占していた。  しかも、その4頭は東京競馬場に在厩して、そのまま安田記念に向かう。京王杯が終わった後、全ての陣営が判で押したように「安田記念ではもっと良くなる」と話していた。本番も同じ結果となることは誰の目にも明らかだった。  当時の日本競馬の“欧米の強豪との距離感”について説明したい。ジャパンCでは、すでに4頭の日本調教馬が勝っており、直近2年もトウカイテイオー、レガシーワールドが制していた。日本勢が互角の勝負に持ち込み始め、いい意味で「ファンがワクワクできる」大一番へと進化していた。  だが、欧州のトップマイラーの前にレベルの差を見せつけられた京王杯スプリングCを見て、ファンもマスコミも焦った。  外国馬を前に絶望的に敗れたジャパンC創設当時のようなことになっている。ジャパンCこそ、年を経て互角の勝負になってきたが、距離を詰めた舞台ではこれほどまでに差があるのか…。  いつもなら心躍るG1だが、この年の安田記念は少々、複雑な気持ちで迎えたファンは多かった。G1は見たい。でも、日本馬が完敗する様子は見たくない…。気が重かった。  京王杯に出走しなかった“希望の星”が2頭いた。それが前年のスプリンターズSの覇者・サクラバクシンオーであり、重賞3連勝中のノースフライトだった。  ノースフライトは破格の強さを誇った。3歳の5月、新潟での未出走戦を9馬身差で完勝。続く500万特別も8馬身差つけて圧勝した。3戦目こそフケ(発情)で5着に敗れたが、陣営は4戦目に900万(現2勝クラス)も準オープンもすっ飛ばしてG3の府中牝馬Sを選択。何とここも勝ってしまった。  圧巻のスピード出世。現在の秋華賞に当たるエリザベス女王杯はホクトベガの前に2着に敗れたが、阪神牝馬特別、京都牝馬特別、マイラーズCと重賞を3連勝。満を持して、安田記念に参戦した。  ただ、この切り札2頭がエントリーしても“外国勢強し”のムードは覆せなかった。1番人気は京王杯の覇者、武豊騎乗のスキーパラダイス。2番人気は京王杯3着で名手スウィンバーンが逆転への自信を隠さなかったサイエダティ。サクラバクシンオーが3番人気。ノースフライトは5番人気に甘んじた。  小雨。分厚い雲に覆われ、舞台は薄暗かった。何かが起こりそうな予感が漂う中、ゲートが開いた。  マザートウショウが先頭に立つ。異様なムードにせき立てられるようにマイネルヨースが競りかけ、ハナを奪った。2ハロン目は10秒6。3ハロン目は10秒9。超ハイペースを刻みながら馬群は向正面を進んだ。  ノースフライトは後方から3番手。それまで好位でしか競馬をしてこなかった。ハイペースについていけないのか。しかし、この位置で運んだことが最終的には功を奏する。鞍上・角田晃一は慌てることなく、3〜4角にかけて、大外からノースフライトを押し上げた。  直線を向く。絶好の手応えでサクラバクシンオーが抜け出す。外からえび色の勝負服がもの凄い勢いで突っ込んできた。ノースフライトだ。  残り200メートルで先頭に立つ。スキーパラダイスはジリジリとモガくだけ。インを突いたサンマルタンのドルフィンストリート。大外からは後方で息を潜めていたトーワダーリン。しかし、そのはるか前にノースフライトがいた。2馬身半差の完勝だ。  「ニッポン!ノースフライトです」。シンプルな実況は、同時に誇らしげでもあった。京王杯では完膚なきまでに欧州勢にやられたが、本番では違ったぞ。見よ、この結果を。そんな感情が凝縮されていた。  安田記念には、その後も海外の名マイラーが参戦し、昨年も香港の英雄ロマンチックウォリアーが制した。世界有数のマイル決戦となったことは間違いない。  当然、今年の安田記念もワクワクするはずだ。しかし、94年のように複雑な気分でレースを迎え、その先に腹の底から湧き上がる感動を味わうことは、もうないと思うと、それはそれで寂しい。今や、日本競馬は世界最強クラスだが、進化途上の時代には、その時代でしか味わえない感動もあったのだ。

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