日本の資産?「日銀の530兆円」の大きなカラクリ…河村たかし氏「巨額金を被災地に使え」が絶対に実現できない「ほんとうの理由」

日銀の当座残高は日銀の負債 河村たかし代議士による2025年5月19日衆院決算行政監視委員会での発言が、SNSなどで話題になっている。 河村氏の発言は「日銀には530兆円の当座残高がある、このカネを有効に使って日本経済をもっと盛り上げよう」と、日本経済を「窒息経済」・「便秘経済」と表現しながら、「能登の災害も日本全体で支えなければならない」というものだ。 庶民派と知られる河村氏の、これまでの政治家としての功績は輝かしいものがみられる一方で、今回の発言は、金融財政に関する知識不足が否めない。 SNSのコメントでは、「河村さんの主張は的を射ている」「腐り切ってる政腐に、分かりやすくハッキリモノ言える」、「河村さんの言う通り」などともてはやされているようだが、このまま国民が間違った知識を信じてしまうと大問題だ。 今回の発言を整理すると、大きく2つの指摘が必要だ。ひとつ目は、河村氏が発言した日銀の当座残高が530兆円は、日銀にとっての負債で、それは民間の銀行の資産である点だ。社会の構図として「誰かの資産は誰かの負債」になり、それは日本銀行にも当てはまる。つまりこの残高は、民間銀行が日本銀行に当座預金として保有しているものだ。 その残高が530兆円も存在するのは、質的・量的金融緩和政策として、無理やり日本銀行が国債を買い取ったためで、その分日本銀行には大量の国債が「資産」として保有されている。2025年5月末現在の内訳は、2年債が23.4兆円、5年債が98.7兆円、10年債が257兆円、20年債が127兆円、30年債が49兆円、40年債が10兆円、その他5.8兆円が物価連動債などだ。 ご存じの通り、国債は政府が発行し、その多くは政府の歳出によってすでに使っており、それらの支払を受けた民間セクターの資産となっている。そもそも日本銀行当座預金は日銀の負債であって、日銀当座の残高に530兆円があっても、日銀が使えるマネーではない。 マネーは政府に発行させてはならない、だから銀行券なのだ ふたつ目は、日銀の資産は政府の資産ではないということだ。よく誤解されるが、日銀と政府は同体ではない。「政府日銀」というフレーズをよく耳にするが、政府と日銀は同体にしてはならないのは、人類が歴史から学んできた英知の一つだ。 2022年5月当時、「日銀は政府の子会社」と発言した故安部元首相に対して、 立憲民主党の近藤和也氏が国会で問いただす質問 があった。確かに日銀が政府の子会社のようにも見えてしまうかもしれない。 政府の借金である国債の約半分を日銀が買っている——「結果的に政府の借金を日銀が貨幣を創って補っている」今の仕組みは、世界の主要国や日本の財政法でも禁じている「中央銀行が政府に対して融資する」のとほぼ同じ意味とも受け取れるからだ。 しかし、私たちが普段使っている現金は、日本銀行が発行する銀行券であって、政府発行の紙幣ではない。政府が思いのままに政府紙幣を発行することを禁じ、民間銀行が融資を実行することで預金が増え、その一部が銀行券として流通する(預金者が預金を解約して銀行券を手に入れる)。そのために民間銀行は日銀の当座預金を解約して銀行券を手元に準備しているのだ。 しかし、政府と日銀の関係性によって「政府の負債は民間の資産だから、政府はどんどん国債を発行してマネーを増やせばよいという」考え方を持つ人も少なくない。 失業がゼロになるまで政府は歳出を増やせばよいという主張もそうだが、これらは、政府と中央銀行を同体とみてしまっており、結局は各藩が藩札(政府紙幣)をばらまいて貨幣経済を困難なものにした過去の失敗を無視している。(「 日本に「インフレ危機」をもたらす…一部でまかり通る「トンデモ貨幣理論」MMTの正体 」) 政府紙幣と銀行券の区別ができなければ、金融の世界への理解は歪む。私たちは政府紙幣の世界ではなく、銀行券の世界に生きていることを基本に考えなければならないのだ。 東日本大震災の時には「外貨準備を活用せよ」 河村氏の能登半島地震による被災に対して、日本全体で支援しなければならないという意気込みにはまったく異論はない。その通りだ。だが、そのために日銀の当座残高を活用せよという主張は成立しない。 これと似たような主張は、じつは東日本大震災が発生した時にも国会議員などからみられた。「日本は外貨準備を約1兆ドル有しているので、その資産を復興支援のための財源として使え」というものであった。 確かに日本は1.27兆ドル(183兆円に相当)の外貨準備を保有しており、これは3.5兆ドルを有する中国についで世界第2位の水準だ。日本のGDP(620兆円)比で見れば30%近くの割合で、確かに巨額ではある。だから「外貨準備を日本の復興のために使うのは当然だ」はまるで正論のように聞こえてしまう。 しかし、外貨準備はそのようには使えない。外貨準備は、外国為替レートの急激な変動を均すための介入の結果で、歳出のために保有しているものではないのだが、他にもっと重要な理解が必要だ。 外貨準備は外国為替資金特別会計(外為特会)という政府の一般会計とは別の財布で管理されており、183兆円の外貨準備という「資産」は、ほぼ同額の「負債」によって成立している。どういうことか。 為替介入によって円の対外価値を下げたい場合、政府はまず円を調達する必要がある。なぜならば前述の通り、円という貨幣はあくまで民間銀行と中央銀行が創り出すもので政府が発行する貨幣ではないからだ。なので「政府短期証券(外国為替資金証券)」でお金を借りた上で円を売り、ドルを買う。こうして手に入れたドルを政府は「外貨準備」として保有している。 ここで大事なのは、この外貨準備による資産には、必ず「政府短期証券」という負債も存在する点だ。一見すると巨額の資産を持っているようでも、それが「借金」によって成り立っていることから、そもそも使えるマネーではないのだ。 これは企業にも当てはまる構図だ。資産が多いからといって必ずしも健全とは限らない。どれだけの借金があるかを見ることが重要で、政府の場合も外為特会をバランスシートで測ることで、実態やリスク、健全性がよりはっきりと見えてくる。これらは実際、財務省のウェブサイトで閲覧可能だ。 円をドルに対して弱くしたい場合、政府は外国為替市場への介入のため、円を売ってドルを買う介入を行う。この時、円は政府が発行するものではないので、売るための円資金は政府が借りてくる。 事実、外為特会には政府短期証券(外国為替資金証券)という負債が存在しており、外貨準備という資産を売却するならば、この政府短期証券という負債を償還(返済)することになるのだ。資産は、純資産か負債いずれかが対峙する。資産総額が多い企業が本当に健全かといえば、その資産には対峙する負債が存在する場合、結局資産は負債によってつくられており、正味の純資産はごく僅かのケースと同じだ。 選挙対策には注意が必要 このふたつの点、さらに過去にでた発言も加えて、今回の主張が「大きく違う」とハッキリ言える。 筆者は、政治家である以上は、すべてにおいて不勉強は許されない、とは思わない。足元の利害調整に囚われずに未来を描くことができる政治家、話し上手で説明がうまい政治家、学者肌で緻密な論理構築が得意な政治家、諸外国と対等に交渉ができる政治家…いろいろな政治家がいて当然だし、いなければならない。 さらに今日の学問上の「正解」が未来永劫正しいとも思わないし、貨幣制度についても現在のものが最良とも思っていない。時代に応じて快適に暮らせるような経済システムを常に考え続けることにこそ価値がある。 選挙が近づくにつれて、国民受けの良いキャッチフレーズが飛び交っている。子どもに、栄養バランスの良い食事か、単に腹を満たすだけの駄菓子のどちらかをひとつを選べといえば、大多数は駄菓子の方を選んでしまうだろう。それをバランスの良い食事を選ぶよう諭すのが親たち務めであり、政治家の間違いを指摘・修正して、良い社会をつくっていかなければならない。 河村氏は現在の日本経済を「窒息経済」・「便秘経済」と表現したが、政府が借金しすぎて国債残高が減らせないことがとどのつまりではないのか。かつ、日本銀行がその半分を買い取ってしまい、市場原理を否定してまで長期金利を操作・誘導してきた悪い冗談のようなことが起きているこの現実自体が問題で、その意味は決して軽くない。

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