「進化は再現不可能な一度限りの現象なのか? それとも同じような環境条件では同じような適応が繰り返し発生するのか?」 進化生物学者の間で20世紀から大論争を繰り広げられてきた命題をめぐるサイエンスミステリーの傑作、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』が発売されました。 本記事では、〈琵琶湖で起こっていた「特殊な進化」…「タニシの系統関係の研究」からわかった「進化の規則性」〉に引き続き、「物理的な障壁で隔離されていないのに種分化が起こる」現象について詳しく見ていきます。 ※本記事は、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』(講談社現代新書)より抜粋・編集したものです。 魔法形質 2000年代以降、種分化のメカニズムに対する理解が急速に深まった。『進化という迷宮』第5章では地理的な要因に着目して、山脈や川などの物理的な障壁で集団が地理的に隔離されて起きる異所的種分化を説明した。しかしこうした明確な物理的障壁がなくても、そして遺伝的な交流がある条件でも種分化は起きる。遺伝的交流を意思疎通に喩えるなら、旅立ちのときは仲良くおしゃべりする仲だった旅人一行が、そのうち世界征服の野望に目覚めたメンバーと、旅グルメ命のメンバーとの間で、話が通じなくなるという状況を考えればよい。 タニシの種分化はその例だ。タニシでは、湖の内側にいる集団と湖に繋がる外側の川や沼にいる集団の間で、交雑を妨げる性質が進化して種分化が起きている。このように遺伝的交流のある隣接した集団の間で種分化が起きる場合を、側所的種分化という。また、同一の生息域の中で起きる種分化が同所的種分化である。 ではなぜ物理的な障壁で隔離されていないのに種分化が起きるのだろう。 最近は、種分化のモデルを地理的な要因に注目して区別するだけでなく、仕組みに注目して区別するのが一般的になった。後者の立場で広く支持されるようになったのが、生態的種分化と呼ばれるモデルである。このモデルは、異なる環境への適応の副産物として、集団間で自由な交配を阻害する性質が生じ、生殖的隔離が進化する、と考える。 生態的種分化は、地理的に隔離された集団の間で働くのが一般的だが、側所的種分化や同所的種分化のように、遺伝的な交流がある状態で種分化を引き起こす仕組みとしても働く。例えば、湖に住むトゲウオは、そうした種分化の典型である。 トゲウオの場合、湖の表層では、プランクトンなどの採餌に適した小型のタイプが有利だが、湖底では堆積物や水草に付着した餌をとるのに適した大型のタイプが有利になる。また、トゲウオの雌は自分と似た体の大きさの雄を選ぶ傾向がある。そのため、異なる住み場所への適応でトゲウオの体サイズが分化すると、大きさの異なる個体との交配を避ける性質のため、それらの間に生殖的隔離が生じる。 このトゲウオの体サイズのように、異なる環境や資源への適応で変化した形質が、直に交配を妨げる場合、地理的隔離なしに種分化が起こりうる。セルゲイ・ガヴリレッツは、このような形質を魔法形質と名付けた。 より厳密には、同じ遺伝子(魔法遺伝子)が、異なる環境への適応と生殖的隔離の両方に関与する多面発現を示す場合である。魔法形質と同じように、異なる環境への適応が自動的に生殖的隔離を引き起こす仕組みとしては、適応に関係した遺伝子と生殖的隔離に関係した遺伝子が同じ染色体上の近傍にあって、連鎖している場合がある。条件によってはこちらの場合の方が、より強い生殖的隔離を進化させる可能性があるという。 魔法形質がある場合、理論的には数百世代〜数十世代で生殖的隔離が進化しうる。この速度で種分化が起きた場合、その過程が化石記録に残る見込みはほとんどない。 トゲウオでは河川に住む集団と湖に住む集団の間でも、同じ生態的種分化のプロセスで側所的種分化が起きている。それぞれの環境に適応した集団は、体の大きさや繁殖期の色彩(婚姻色)が異なり、それが直に生殖的隔離を生じるからである。 では、ナガタニシなど凹凸型とオオタニシなど平滑型との種分化はどうだろう。これもトゲウオと同じく、河川と湖、それぞれの環境への適応と関係して起きているので、似た生態的種分化が想定できる。川に適応していた集団が湖へ移住し、新たに生じた湖への適応が、魔法形質のような何らかのリンクを介して、川の集団との間に生殖的隔離を引き起こした、という考えである。 ただし、この仕組みで進化した生殖的隔離だけだと、環境が変化して均一化すれば、形質の差がなくなる方向への適応が進む。その結果、形質と連動した生殖的隔離は弱まり、雑種化してしまうだろう。こうした雑種化が起こらない不可逆的なレベルまで種分化が進むには、さらに別の生殖的隔離の仕組みが追加される必要があると考えられる。 いずれにせよ、殻の形、生理的性質などの遺伝子基盤を調べ、それらがどう関係し、どんな自然選択を受けてきたか推定する必要がある。米国から戻り職を得たタカはこの取り組みに着手したという。未解明の諸々はいずれ解き明かされるだろう。 異型精子 タニシの種分化を巡って残された課題のうち、恐らく最も重要なのは、タニシの生殖的隔離がどのような仕組みで機能しているのかを知ることだ。 ヒントは意外なところにあるかもしれない。 『進化という迷宮』第4章に登場したタクミが、現在所属しているオランダの研究室の主宰者、つまりボスは、巻貝を対象に、繁殖行動の仕組みを生理学や遺伝学の手法を使って研究している。このボスによると、巻貝の生殖的隔離は、交尾の途中や後に仕掛けが備わっている場合が多く、その仕組みを解く鍵の一つが、精子なのだという。 繁殖において雌と雄は、子孫を残す上で利害が一致しているが、自分の遺伝子をより多く残すという面では、時に利害が対立する。例えば雄の配偶子(精子)は小さい代わりに数が多く、繁殖のコストが低いので、一般により多くの雌と交配するのが、自身の適応度を高める上で有利になる。いわゆるバラマキである。 一方、雌の配偶子(卵)は大きいが数が少なく、繁殖にコストがかかるので、一般に適応度の高い雄を選んで交配する方が有利になる。いわゆる選択と集中である。つまり数か質か、バラマキか選択と集中か、という両立できない関係──トレードオフによる対立があり、繁殖戦略は両者の拮抗したバランスの中で揺れ動いているのである。 前述のボスの研究によれば、巻貝の場合、この雌雄の対立によって、精子とそれを受け取る雌の器官の間に、集団ごとに独自の関係が進化し、それが異なる集団の間に生殖的隔離を引き起こすことがあるという。 淡水巻貝やカタツムリでは、交尾回数を増やす雄に対し、雌はより適応度の高い(質の良い)精子を選ぶため、交尾のたびに受け取った精子を体内で化学的に分解して量を減らし、少しだけ体内の貯蔵器官に貯めておく。交尾のたびに追加された異なる雄由来の精子を、その器官の中で競争させ、勝った質の良い精子と受精する仕組みである。この異なる雄由来の精子間で起きる競争を精子競争というが、雄側はこの精子競争を有利に導くために、様々な仕掛けを装備する。 異型精子もその一つである。タニシの異型精子は他の精子より大きく、核の一部を欠く貧核と呼ばれる状態で、受精能力を持たない。 異型精子の機能は兵士説またはヘルパー説、あるいはその両方が有力である。兵士説の場合、交尾後に異型精子が他個体由来の精子を破壊したり、雌器官への移行を妨害したりして、同じ個体に由来する精子の受精を助ける。ヘルパー説の場合は、化学的あるいは物理的に同じ個体由来の精子の運動性を高めて受精成功率を上げる。いずれにせよ働きバチのように、自身は繁殖能力を欠くが、繁殖できる他の精子を助けるのである。 海産の巻貝・タマキビ類も同様な異型精子を持つが、これは同じ個体由来の精子の受精率や生存率、運動性を高めるLOSPというタンパク質因子を持っており、交尾後、この因子を雌の器官内に放出する。LOSPは種間で構造が異なり、これが他種由来の精子の受精を阻害するため、他種と交尾しても交雑が起きず、生殖的隔離が維持される。 タニシにLOSPがあるかどうかは今のところ不明だ。しかし、もし類似の因子が存在し、かつ、それをコードする遺伝子が多面発現で環境への適応と関係する魔法遺伝子だったり、あるいは適応に関与する遺伝子と同じ染色体の近傍にあった場合、凹凸型と平滑型の種分化が、川と湖それぞれへの適応で起きたというモデルが裏付けられるだろう。 手塚治虫が構造を研究したタニシの異型精子は、その実証の鍵を握っているのである。 ところで、そんなヒントを教えてくれたくだんのオランダ人ボスだが、以前、夫婦で日本にやって来て研究室に2ヵ月ほど滞在し、巻貝の精子競争の研究をしていたことがある。その時、どんな経緯か忘れたが、夫婦とアニメの話になった。オランダでも日本のアニメは人気が高く、日本のカルチャーといえばアニメだろう、という。 過去に見たあらゆるジャンルの映画の中で、最高の作品は『AKIRA(アキラ)』だ、と彼らは力説する。大友克洋原作・監督のアニメ映画である。そう思わないか?と聞いてくるのだが、かなり前の作品だし、アニメなら一般的にはミヤザキでは、と感じたので、分からない、と曖昧に答えたところ、なぜあの良さが分からないのか、と夫婦に詰め寄られた。妙に圧倒されて、何この人たち、と戸惑ったのを覚えている。 進化の規則 それでは最後、亡霊に対処しよう。タニシの進化が示すのは種分化のパターンである。そして断続的な形態変化のパターンだ。周辺隔離種分化ではない点を除けば、提唱された頃の断続平衡説に似ている。しかし実はこのパターンを説明するには、概念的にはシンプソンの山登りの比喩で十分なのだ。 川と湖の環境への適応を表す比喩として、それぞれ別の適応の峰を考えよう。軸を殻の形態としよう。すると川から湖にタニシの一部が移住した場合、形態の変化は、集団──登山者の一部がそれまで留まっていた峰の頂上から下に降り、新しい峰に登り始めた状況で示される。その環境が続けば、峰の頂上に達した登山者は、ずっと頂上に留まり続ける。 山登りにかけた時間が化石にほとんど残らないほど短い場合、時を遡り、登山者たちの位置の履歴を辿ってみれば、平滑型から凹凸型へと形態が断続的に分岐するパターンに見えるだろう。 殻の形態の違いと生殖的隔離の関係は、形態を表す軸と、交配に有利な形質を表す軸を別にとれば表現できる。 シンプソンは必ずしも生物学における種分化の理論や、形態と生殖的隔離の関係を明確に意識していたわけではないが、おおむねこのような考え方で、化石記録に見られる不連続的な種分化のパターンを説明している。また新しい環境が形成されたり、祖先集団が新しい環境に移住した時に、こうした種分化が起きると主張しているのだ。 形の違いによる死亡率や出生率の違い、それと環境要因の関係、さらに形態変異の遺伝的な基盤が分かれば、ある程度、実際の適応地形を推定することができる。それをもとに、この説明が妥当かどうか検証することが可能だ。 ただし、確かに断続的な大進化パターンを示す例は多いが、連続的な変化を示す化石記録もある。種分化も、特に接合後隔離は漸進的に進むことが多いとされる。そもそも種分化と形態変化が連動しない場合も多い。従って、プロセスを曖昧にしたまま断続的な進化パターンの普遍性を訴える断続平衡説を持ち出すのは、パターンとプロセスの関係を切断して、むしろ私たちを大進化の理解から遠ざけることになる。 それからもう一つ。前に記したように、1972年、断続平衡説の論文を発表した3ヵ月後、グールドは別の論文──「地理的変異」論文で、断続平衡説の基本原理であった周辺隔離種分化を軽視した。その代わりに、この論文でグールドはこう説いていたのだ。 「我々は同所的種分化と側所的種分化を可能にする新しい種分化の理論を得るだろう」 グールドは確かに進化の断続性を認識していたが、この「地理的変異」論文でグールドが重視したのは、タニシの断続的な進化の場合と同じ、適応による側所的種分化や同所的種分化と、それを可能にする新しい種分化の理論──のちに生態的種分化と呼ばれるようになった理論だったのである。 その慧眼は恐らく、セリオン属などカタツムリの地道な観察と研究から導かれたものであろう。そして、その慧眼を曇らせたのは恐らく、モノから乖離した観念論と、「古生物学の革命」──選択と集中の進む米国の科学界で、地位と資金の確保を実現するという、政治的ミッションだったのではないかと思われる。 ここまで種分化、適応地形と見てきて、読者はすでに気づかれたかもしれない。 タニシで獲得した「進化のパーツ」の背後に、「調律者」の影が映っている──タニシが示す大進化では、よく似た進化史の動画が繰り返し再生されているからだ。湖に放された初期集団は、異なる場所、異なる時代で、何度も類似した種分化と適応の道のりを辿る。 この進化の繰り返しは、出発点の違いや環境変化、遺伝的浮動による攪乱があっても、最終的にはいつも適応地形の同じ峰に達することを意味している。 では、「調律者」は、自然選択の威力を高めて、ハーメルンの笛吹き男のように、行く手に立ちはだかる障害物や邪魔者を払いのけ、登山者たちをいつも同じ山の頂に連れ去る仕事をしているのだろうか。それとも、それは手下か使い魔の仕事で、「調律者」はもっと別の何かを操っているのだろうか。 もう一つ鍵を握るのが魔法形質だ。同じ種分化を繰り返す「歯車」の役目を果たすからだ。タニシでは、生殖的隔離の進化の仕組みはまだ十分な理解には至っていないが、魔法形質か、少なくともそれに類似した仕組みが関わっている可能性がある。 適応地形と魔法形質が、繰り返す適応進化の説明に役立つのなら、「調律者」の謎解きにも、どうやらこれらの仕掛けが鍵になりそうだ * さらに〈「化石」を探しに行ったはずが、「つい最近寿命を迎えたかのような姿」で発見…進化生物学者が南島で見た「衝撃の現実」〉では、南島での調査の様子について詳しくみていきます。 【つづきを読む】「化石」を探しに行ったはずが、「つい最近寿命を迎えたかのような姿」で発見…進化生物学者が南島で見た「衝撃の現実」
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