首都圏のマンションの「大規模修繕」をめぐって「逮捕者」が出た…! 〈なりすまし〉が管理組合に忍び込む「異常事態」の全貌

全国に林立する大量のマンション。 建設されてから一定の時間が過ぎると、その経年劣化をカバーするため、必ず「大規模修繕」をしなくてはならない。 しかしここに「罠」がひそんでいる。 修繕に関わるコンサルタントや施工業者のなかには、大規模修繕にあたって、談合によって修繕費をつり上げるなど、さまざまな手を使って住民をダマし、なるべく多くのお金を巻き上げようとする輩がいるのである。 マンション住民たちを食い物にする「マンション師」たちのおそるべき実態、そして、被害を受けるマンション住民たち。『生きのびるマンション 〈二つの老い〉を超えて』(岩波新書)などの著書があるノンフィクション作家の山岡淳一郎氏がリポートする。 白昼の逮捕劇 今年5月17日の土曜日、首都圏有数の大規模なTマンションで、白昼、逮捕劇がくり広げられた。 この日、Tマンションでは大規模修繕に向けた修繕委員会が開かれる予定だった。大規模修繕に向けて、住民の一部(区分所有者)が集まり、さまざまなことを決定していく委員会だ。 しかし、その委員会の場で逮捕者が出たのである。業界紙のマンション管理新聞(2025年5月25日号、以下、マン管新聞)は、逮捕された男について、こう伝える。 〈ある施工会社の社員2人が区分所有者(引用者注:つまり住民のこと)になりすまし、修繕委員会に公募により委員として参画していたことが判明。委員会開催の当日、1人は建造物侵入容疑で逮捕され、もう1人は会議室から逃走した。(略)管理組合は(詐欺未遂として)告訴の方向で動いている〉 逮捕された男は5月19日に検察に送致され、10日間の勾留が認められて、本格的な取り調べに入った。逃げた1人も、顔や名前はわかっており、〈乗ってきた大阪ナンバーの車も確認〉(同前)されている。逮捕は時間の問題のようだ。 Tマンションの管理組合の関係者は、〈2人が所属する施工会社が、15億円と思われる大規模修繕工事に2次、3次下請けで加わることを目的とした詐欺未遂事件〉(同前)と見立てているという。 噛み砕いて言えば、施工会社の社員が、あたかもTマンションの住民であるかのような顔をして修繕委員会に参加し、自分たちの施工会社に有利なように委員会を進めようとしていたということだ。 それにしても、施工会社の社員が、なぜ、区分所有者(住民)のふりができたのだろうか。どうして、修繕委員会のメンバーに入って議事をリードし、コンサルタントの設計事務所の決定に影響を及ぼすことができたのか。 住民を「釣る」マンション師たち いわゆる地面師は、土地のオーナーになりすまして不動産を売却し、多額のカネを騙し取る。かたやマンションを付け狙う現代の「マンション師」は、住民になりすまして大規模修繕の甘い汁を吸おうとする。 彼らが管理組合の活動に侵入する手口は巧妙だ。 代表的な手法の一つが、巷にあふれている「ミステリーショッパー(覆面調査員)」の勧誘のようなチラシで、住民を「釣る」というものだ。グルメやコスメ、アパレルなど店舗やサービスなどの覆面調査と、一見、似ている調査への依頼を通してマンションの住民を抱き込み、管理組合や修繕委員会にするりと入り込んでくるのである。 じつは、私の手もとにも、マン管新聞が報じたTマンションの事件とは別の千葉県のマンションの集合ポストに投げ入れられた覆面調査員を募集するチラシがある。このチラシを参照しつつ、彼らの手法を詳しく見てみよう。 チラシには、『○○○ギフト券15000円分 プレゼントキャンペーン!』とデカデカと書かれ、〈たった30分の簡単なインタビューで必ず15000円分の商品券がもらえる! ×××社はマンションでの暮らしに関する市場調査にご協力下さるモニター様を募集しています。リモートでのインタビュー大歓迎! QRコードから簡単応募〉と記されている。 実際に応募した人の話では、まず、SMS(携帯電話のテキストメッセージ)で×××社の担当とやり取りした後、LINEのビデオ通話機能でアンケート調査のインタビューが行われたそうだ。 アンケートの質問は、「家族構成、職業、年齢、居住年数」や「マンションの築年数」から始まって、「管理会社をこれまでに変更したことはありますか」「管理人の質は良い、普通、悪いのどれですか」「管理組合だよりの発行頻度および伝達手段(掲示板、チラシ投函等)」「管理費・修繕積立金の値段は変わりましたか。今後、値上げは予定されていますか」と徐々に、大規模修繕にまつわる情報の核心に近づく。 「大規模修繕を実施したことはありますか。そのときに何か問題がありましたか」 「大規模修繕工事のときに理事会とは別に修繕委員会が組織されましたか」 と担当者は聞いてくる。 そして、「修繕委員会の委員になったことはありますか」「理事会の役員になったことはありますか。そのときの役職は何でしたか」と細かい事項にまで立ち入り、担当者は、こう語ったという。 「一般の大規模修繕では、施工会社が管理会社から紹介されることが多いのですが、その工事費の見積りには2〜3割の管理会社への紹介料が上乗せされているんです。1億円ですむ大規模修繕の工事費も、見積りでは1億2000万〜1億3000万円になります。住民の方は、騙されているんですよ。 だから、管理会社を通さず、住民が直接、施工業者を選んだほうがいい。そのためのサポートを、当社が行ないます。管理組合だよりや、理事会や修繕委員会の議事録を送ってほしい。修繕委員会のメンバーになっていただければ、代わりに委員会に参加します。月々、1万5000円ずつ、商品券をお渡ししますよ」 「覚書」を交わして、指示を出す さらに、×××社は、大規模修繕の情報の吸い上げに協力する住民に対し、口先の約束ではなく、住民と「覚書」を交わしている。そこでは、住民が自社の求める「具体的内容」を誠実に行うことを要求している。一部を抜粋しよう。 ・マンションの管理組合の理事会や大規模修繕委員会の役員に立候補すること。 ・大規模修繕工事に係る資料一式、また理事会、修繕委員会資料、ほか総会資料を×××社に必ず提供すること。 ・活動期間中に当該マンションを売却しないこと。やむを得ない事由により当該マンションを売却する場合は、事前に×××社に相談及び報告すること。 さらに、こんな一文もある。 ・その他公正な入札を達成するために協力をすること。 この「公正な入札を達成するため」という表現は、「なりすまし」への協力に後ろめたさを感じる住民にとっては、自己を正当化する「救い」になるだろう。そうだ、管理会社に任せてボッタクられてはダメだ、公正な入札のためだ、と正当化したくなる。 だが、そもそも別人が区分所有者を騙って修繕委員会や理事会に加わった時点で詐欺的な行為となり、アウトだ。 Tマンションで起きた「驚きの事態」 前述のマン管新聞が報じたTマンションでは、「覆面調査」に応募した住民がずるずると「なりすまし」側とかかわってしまい、大ごとになった。 記事をもとにTマンションの事件の経緯を整理すると、次のようになる。 まず、住民Bの妻Aが、〈(ミステリーショッパーは)学生時代にも経験したアルバイトで、子供が小さいので家にいてできる〉(マン管新聞5月25日号)と考え、チラシの覆面調査に応募した。すると、〈(大規模修繕は)多額のお金が動くため管理会社の上層部から不正がないか修繕委員になって動きを監視してほしい〉(同前)とチラシをまいた調査会社(じつは施工会社とつながっている)から依頼される。 しかし、このTマンションには、そもそも修繕委員会がなかった。「なりすまし」は難しいと思われる。だが、調査会社は、驚くほど大胆な対応の仕方を、妻AにLINEで指示した。 〈こんにちは! 〇〇さん(区分所有者)のお名前で、理事会に意見書を出せたらと思っていますが、いかがでしょうか。(意見書の)内容は修繕委員会をつくってから大規模修繕工事の検討をしてください。といった内容になります。一度作成したら、ご確認頂きその後に提出と考えています。いかがでしょうか?〉(同前) つまり、調査会社が修繕委員会の立ち上げの提案書を作成し、それを管理組合に届けるよう妻Aに促しているのだ。そうして実際に修繕委員会が設立された。委員は、住民への公募で集められる。 調査会社は、〈修繕委員に(妻Aの)夫の名前で立候補してほしい。年恰好の似た人間(なりすまし男)は当社が出す。ただし、(なりすまし男は)会議に参加するだけで特に何もアクションを起こさない。マンションに入館するIDキーをいただきたい。管理組合、修繕委員会からの通知はその都度送ってほしい〉(同前)と指示をどんどんエスカレートさせた。完全にマインドコントロールしているようにも感じられる。 こうして、2人のなりすまし男は、「何もアクションを起こさない」どころか、設計コンサルタントの選定で議論をリードした。 今年4月、Tマンションで開かれた管理組合の総会では、〈(公正取引委員会が施工会社約30社に立ち入り検査をしたことに関する)談合報道を受け契約前に決定プロセスを確認する〉という意見書が付けられたうえで、設計コンサルの決定が承認されたという。 さぁ、いよいよ、施工業者の公募、応募者の絞り込み、工事費の見積り、大規模修繕の実施へと踏み出そうとしたところで、なりすまし男は、正体がバレ、“御用”となったわけだ。 ポスティングされるチラシには、くれぐれもご用心を。 【第五回】埼玉の築40年超のマンションで、大規模修繕が「塩漬け」になっている…住民が大混乱する「異常事態」が起きた意外な理由

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