［ミスターの記憶］＜３＞ ７、８年前、ホテルで長嶋さんと対談し、終了後に長嶋さんをエレベーターまでゆっくり歩調を合わせて送ると、思いがけず「すみませんね」と言われた。 そんなこと言わなくていいのに、僕の方がどれだけミスターの世話になったか——。そう思うと涙があふれてきた。 子どもの頃から生粋の「長嶋茂雄ファン」だった。初めて目にしたのは巨人軍に入団した頃。テレビだけでなく、街も野球場もモノクロの中、ミスターだけがカラーだった。グラウンドで躍動する姿に誰もが心を奪われ、友だちと銭湯に行くときは背番号と同じ「３番」の靴箱を取りたくてみんなで全力疾走した。 忘れられないのは、大学１年だった１９６８年９月１８日、甲子園で行われた巨人—阪神戦。目をけがし「失明するかもしれない」と医者に言われ、病院の個室で一人、投げやりな気分でいたところ、ラジオから試合の実況が聞こえてきた。３番の王さんが死球を受け、打席に立ったのは「４番、サード、長嶋」。 「ここで打ったら、自分もやけになっていないで頑張って生きよう」。そんな思いで実況に耳を傾けていると、大歓声が湧いた。長嶋さんが放ったのは、相手を突き放す３ラン。これが自分にとって人生のターニングポイントになった。 けがを乗り越え、演出家として飛躍し、憧れの存在だった長嶋さんとも親交が生まれた。１０年ほど前に自宅を新築した時、表札の文字を書いてくれた。左手でしたためた「いとう」の文字は、まるで笑っているように見えた。 明るくて、陽気で、いつも笑顔で、太陽みたいな人だった。人生を照らし続けてくれたミスターとの別れは、つらい。（社会部 山口優夢）
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