「父親より母親を尊敬」のZ世代が大事にするもの〜「同質性」重視へむかう日本社会〜【調査情報デジタル】

父親より母親を尊敬する傾向が強いZ世代。仲良し母子、友だち母子の増加は、同じ価値観の中に閉じこもり、異なる文化、価値観との交流を望まない若者を生む。彼らは「人と違う」ことより「人と同じ」ことを志向する。そのような同質性の高い社会は、外部からのリスクに対応できるだろうか。弘前大学人文社会科学部の羽渕 一代教授による考察。 30年間で変化した親子関係 博報堂生活総合研究所(2024)は1994年と2024年に首都圏の19歳から22歳までの若者を対象にアンケート調査を実施している。この調査は、近年よく見かけるネット調査とは異なり、無作為抽出法を採用し、訪問留置自記式の学術的に意味のある調査である。 また24年調査は49歳から52歳の中年に対してもデータを採取している。これにより、90年代の若者と20年代の若者の比較、若者と中年との比較が可能となる。 調査結果のなかでもっとも衝撃的な変化は母親の存在感の高まりであった。同研究所は「Z世代を動かす『母』」もしくは「メンターママ」の存在を報告している。 94年調査では、母親よりも父親を尊敬している若者のほうが多かったが、24年調査では、父親よりも母親を尊敬している若者の方が多い。母親を尊敬する若者が45.4%から61.5%まで上昇し、いっぽう父親を尊敬する若者は53.5%から37.0%まで下落している。 「親の意見」を判断基準にするかどうかについても、アドバイス・忠告に従う相手として母親をあげる若者が父親をあげる若者よりも多くなった。けんかする相手も悩み相談もリラックスするおしゃべりも母親が非常に重要な存在になったと報告している。 ジェンダー的な観点からみても、94年の段階では息子は父親と行動し、娘は母親と行動する傾向があったが、24年になると、娘も息子も母親と行動することがわかった。このような現代の母親中心の親子関係について、他にも整合する調査研究がある。 24年調査の対象となった若者たちは、2002年から2006年に生まれている。彼らの母親世代を分析した品田知美(2016)は、どのような家族であっても、この世代の母親は子育てを他人任せにせず自身でおこなっていることを指摘している。 さらに母親が子どもと遊ぶ家族は父親も子どもと遊ぶという傾向があった。反対をいえば、母親が子どもと遊ばなければ父親も子どもと遊ばないのである。 そして子どもと関わる母親は高学歴の無業者(専業主婦)であった。少子化できょうだい数が少なくなったことも、これらの母親が育児にさらに手間をかけることに拍車をかけていた。 2020年代の首都圏の若者は、経済的に余裕があり、高学歴の女性を専業主婦として養える家庭で、丁寧に手をかけられて育てられているのだ。 24年調査の若者の親は10歳代から20歳代でバブルを経験しており、バブルが崩壊しても経済的に余力のある時代にパートナー形成・家族形成をしている。進学率、親との同居率が高まり、仲良し親子(=友だち親子)が出現した時期でもあった。 仲良し親子を経験した若者がやがて親となったとき、父親の存在感は薄れて、絶大な母親の影響力が親子関係の特徴となった。このような仲良し親子(=母子)を中心とする日本社会はどのようなかたちをしているのだろうか。 同質性を求める若者 社会学の知見を援用して考えてみよう。家族の機能については、産業社会以降であれば子どもの社会化と家族のメンバーの心理的安定にあるとされている。家族内で父親は道具的役割、母親は表出的役割を担うことがその特徴として定説化されている。言い換えるならば、父親は経済的に家族を支え、母親は感情マネージメントで家族メンバーの心理的安定を支えるということになるだろう。 現代ではこの役割構造は崩れ、母親は道具的役割も表出的役割も担っているが、父親が表出的役割も担っているとはいいがたい。母親が道具的役割も担うようになったため、父親の存在感は家庭内で後退したといえる。 父親は経済的役割を担うと同時に家族内に社会的規範や異質な価値観をもちこむ役割を担っていると考えられてきた。父親の存在感が後退したことにより、子育てにおける社会的規範の伝達や異質性に対する寛容性を育てる契機が失われている可能性が考えられる。このような家族環境で育つならば、異なる価値観をもつ人と進んで交流していこうという若者が少なくなっても当然である。 異質な価値観や異なる文化や習慣をもつ人々と社会関係を形成することは、グローバル社会を生き抜くうえでは必須であり、また民主主義社会の形成においても重要な要件である。芸術や文化などのクリエイティブな発想やイノベーションの源泉であるともいわれている。 しかし自身と異なる価値観や文化を持つ人々とコミュニケーションをもち、社会を形成することは忍耐を必要とし、個人にとってあまり楽にできるものではない。同じ価値観や趣味、同じ言語を話す人と交流するほうがよっぽど楽である。民主主義を維持したり、クリエイティブでイノベーティブな活動をおこなったりすることによって個人に努力が必要とされたり、苦痛がもたらされるのはこのためである。 先にあげた調査の結果からみても、このような努力や苦痛を引き受けられない若者が増えている。30年前の若者は「人とは違ったようにしていたい」という価値観をもち、「人と同じようにしていれば安心だ」という価値観を大きく上まわっていたが、現在の若者は人と同じようにしていれば安心だと感じる若者のほうが多い。 これと同様に30年前は、働き方について「ベンチャービジネス」を志向する若者が多かったが、現在では「大企業」を志向する若者のほうが多い。 これらの生き方・価値観は人間関係のあり方にも反映されている。30年前は、居心地のいい組み合わせが「異性と二人でいること」と回答する若者がもっとも多かったが、現在では「同性同士の二人でいること」と回答する若者が激増している。くわえて「自分の考えと合わない人と一緒にいることは避けている」若者は30年間で57.2%から71.0%まで増えている。 現代日本の若者は、同じ価値観の人間関係のなかに閉じこもりたいのだろう。そして同じ価値観をもつ可能性が高い者は誰かといえば、家族(とくに母親)であることは容易に想像できる。 主となる価値観や生活習慣は、家族のなかで育まれるケースがマジョリティだからである。これにかかわり30年前と比較して、母親と共通の趣味をもつ若者も増えており、友だちよりも家族が大事だと感じる若者も増えている。 安心感を求める若者とリスク社会 ここで、94年調査時点の若者が30年経って中年となり価値観は変わったのかどうか紹介したい。 ビジネス社会を生き抜くために必要なものとして、94年調査の若者も24年調査の若者も1位は「運やチャンス」2位は「実行力」と答えているが、3位は異なっている。94年調査では「要領のよさ」であり、24年調査では「協調性」である。 「協調性」について94年調査時点の若者では8位と重要視されていなかった。しかし30年経って中年となった彼らは、1位に「実行力」2位に「柔軟性」3位に「協調性」をあげる者が多く、現代日本が協調性を重視する社会であることがわかる。 協調性を重視することは一見問題がないようにみえるが、そうではない。先に述べたとおりの同質性を重視した協調性である。つまり、多様性の忌避、排他的な意味での協調性なのである。さらにいえば、ソーシャルメディアの普及、検索システムの高度化によって、個人は自身と異なる意見や価値観をもつ人々と隔絶されている。このような社会デザインによって、同質性への志向は強まっているだろう。 これは何も日本だけがこのような状況を示しているわけではないだろう。2020年代は、パンデミック、戦争、天災など激動の時代の再来である。このようなリスクの時代において個人はインターネット空間に閉じこもり、耳あたりの良いメッセージのみを享受し、異なる価値観や宗教・文化の社会集団を攻撃する社会現象が頻発している。 また多様性を謳う思想にも逆風が吹いている。あらゆる社会問題について、いまは争うことなく知性を結集して立ち向かわなければならない局面で社会は分断されている。この要因は同質性/同質的な社会へのあらがいがたい魅力であるのだろう。 リスクが高まり社会情勢が悪くなるなかで日本の若者は安心や安全を第一に求めている。日本の若者にとって、冒険やチャレンジをして人生におけるより大きな成功を手にする見込みが薄く、現在の生活が非常に悪いというわけではないため、彼らはそこそこの人生を望んでいる。 多くの若者が周囲と同じ程度の働き方、遊び方、考え方をもち、リスクを回避し、チャレンジしない社会を形成している。30年前と比較すると現代日本の若者はルールを遵守するようになり、逸脱した非行少年・少女の姿は消えた。闇バイトなどをする若者が話題となり、刑法犯少年の検挙率が増えた2024年度でも、1994年度の検挙率の4分の1である。 このように若者がルールを遵守し、まじめになったことは、戦後日本社会の成功面ともいえる。逸脱することなく、安心と安全を求め、そして家族と仲良く生きていくことは、ほほえましい傾向である。 価値観、文化・習慣などの同質性を希求する日本社会は、もしかしたら今が幸福の頂点であるのかもしれない。しかし社会の外側からのリスクに対して同質性の高い社会がより良く対応できるとは思えない。「個人的なことは政治的なことである」と掲げたのはフェミニズムの運動であったが、日本社会のサバイバル戦略にも同じことがいえるかもしれない。リスク社会をサバイバルしたいのであれば、社会はもっと家族関係と子どもの社会化に関心をもつべきである。 【参考文献】 博報堂生活総合研究所 2024『調査レポート2024 若者30年変化-Z世代を動かす「母」と「同性」』 品田知美 2016「子どもへの母親のかかわり」稲葉昭英・保田時男・田渕六郎・田中重人編『日本の家族1999-2009-全国家族調査【NFRJ】による計量社会学』東京大学出版会 <執筆者略歴> 羽渕 一代(はぶち・いちよ) 岡山県出身。2001年奈良女子大学大学院人間文化研究科単位取得退学。2018年博士(学術)。 専門はディア文化論、若者文化論。日本の若者のメディアの利用行動、恋愛や性行動、親密性に関する研究を行う。 主な著書に『現代若者の幸福—不安感社会を生きる』(共編著、恒星社厚生閣、2016年) 『「最近の大学生」の社会学』(共著、ナカニシヤ出版、2024年) 【調査情報デジタル】 1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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