日本の入管収容制度と入管法は恣意的な(思うがままの)拘禁を禁じた国際法に違反している−−1300日以上、入管施設に収容された2人の外国人男性が訴えた裁判の判決が6月17日に言い渡される。国際法違反という判断が出れば、入管行政への影響は大きい。判決のポイントを国際人権法の専門家に聞いた。(元TBSテレビ社会部長 神田和則/裁判結審時の記事に追加取材をして再構成) 「裁判官は国際人権法を守る義務を負った当事者」 「この裁判で問われているのは、裁判官が国際人権法をどう認識しているかにある」 国際人権法が専門の阿部浩己・明治学院大教授は、裁判の意義をこう語る。 「国際人権法は各国に順守を義務付けている。各国とは具体的には国家機関であり裁判所も含まれる。裁判官は、原告と被告双方の言い分を聞いて判断を下す裁定者だが、もう一面では国際人権法を守らなければならない義務を負った当事者でもある。原告弁護団は、国際人権法である『自由権規約』を前面に掲げて、きちんとした判断をしてほしいと裁判官に訴えている。判決を通して映し出される裁判官の認識が注目される」 裁判は、強制退去処分となり入管施設に収容されたトルコ国籍のクルド人デニスさんとイラン国籍のサファリさんが起こした。 訴えによると、デニスさんは2007年に来日、トルコ政府による少数民族クルド人への迫害を理由に4回難民申請したが認められず、計1384日収容された。 サファリさんは1991年に来日、祖国で不当に自由を奪われるなど迫害を受けたとして3回難民申請したが認められなかった。入管収容は1357日に上る。 かつて入管当局は、外国人が非正規滞在となっても拘束を一時的に解く「仮放免」を弾力的に運用していた。しかし東京五輪を控えた2018年、「送還の見込みが立たない者であっても、収容に耐え難い傷病者でない限り、原則、送還が可能となるまで収容を継続し送還に努める」とする「仮放免運用方針」を定めた。 これによって長期にわたり入管施設に収容される人が増えた。退去強制処分が出ても「迫害されて命の危険がある母国には帰れない」と訴え続けてきたデニスさんとサファリさんも収容された。 2019年には、先が見えないことに絶望して抗議の意思を示すハンガーストライキが全国に広がった。同年6月、長崎県の大村入国管理センターでナイジェリア人の男性が餓死する事態も起きた。 こうした中、入管当局はハンストで体調を崩した人を2週間だけ仮放免して、再び収容に戻す対応を始めた。この「2週間仮放免」が多くの人を苦しめ「水中で溺れている人に一瞬だけ空気を吸わせて、また水に沈ませる」と批判された。 長期収容と「2週間仮放免」の繰り返しで、デニスさんは複数回自殺を図るなど心身を害した。 私は2020年1月、2週間の仮放免中だったサファリさんに会った。 「この3年、仮放免をお願いしたがダメだった。最後はハンストしかなかった」 サファリさんは食べても吐いてしまう状態で頬はこけ、手にしたうつ病の診断書には「繰り返す収容によるストレスが、症状の圧迫に影響している可能性が高い」とあった。 「入管(の中)では信じられないことが起きている。ハンストしている人は固まってぐたっとしている。日本ではない。地獄。わずか2週間で再収容される怖さは、経験してみないとわからない」 サファリさんは涙を流し声を絞り出した。 国際法の「自由権規約」は、国内法の入管法より上位の規範 2019年10月、2人は国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会に「個人通報」を申し立て、極めて長期の収容と短期の仮放免・再収容が恣意的に繰り返されていると訴えた。 作業部会は2020年9月、「2人に対する身体の自由のはく奪は『世界人権宣言』『自由権規約』に違反して恣意的である」と結論づける「意見」を公表した。 この中で作業部会は「裁判所の審査なしに収容が認められ、理由も、期間も告げられていない。収容は、必要性を個別に評価したうえでの最終手段だが、代替手段を検討したこともない。事実上、日本の入管法は無期限収容を許すもので恣意的だ」と指摘した。 その根拠となった「自由権規約」は国際法なので、国内法である入管法より上位に置かれる規範だ。第2次世界大戦中に起きた大量虐殺などの人権侵害や抑圧を教訓に、国連が1948年に採択した「世界人権宣言」を条約にした。日本は1979年に批准しているので憲法によって「日本国が締結した条約及び国際法規は、これを誠実に遵守することを必要」(98条)とされている。 ところが、日本政府は意見書に異議を申し立てた。22年1月、2人は東京地裁に提訴した。 「国際人権法の基本的理念と再審査制度に重大な欠落」 裁判の争点は3つ。 1 日本の入管収容制度・入管法が「自由権規約」に反して違法か 2 2人の原告に対する個別の収容が「自由権規約」に反して違法か 3 違法とされた場合、国は賠償責任を負うか 1と2の争点について、原告と国の主張を見たうえで、2024年9月から半年余り、“難民保護先進国”カナダで最新の実情を調査、研究した阿部教授の考えを聞いた。 <1 日本の入管収容制度・入管法が「自由権規約」に反して違法か> 【原告側】 「自由権規約」によれば、入管での収容が認められるには、まず目的が合理的(合理性)で、必要があり(必要性)、目的と比べて手段が過剰であってはいけない(比例性)という3つの要件を満たしていなければならない。 ところが、いまの日本の入管収容は、目的や必要性に関係なく「原則として収容する」という原則収容主義の下、定期的な審査もなく無期限の収容がなされている。「合理性」「必要性」「比例性」のいずれも満たしていない。 また、「自由権規約」は裁判所による「司法審査」を求めているが、日本の入管収容にはない。 したがって入管当局による収容は「恣意的」であり「自由権規約」(国際法)に違反している。 【国側】 入管収容の目的は、送還のための身柄の確保、在留活動の禁止にある。 収容は、国内秩序の維持という高度の公益性があり、入管法に定められた理由、手続きに基づいた身柄拘束の手段である。 国連人権理事会の作業部会の「意見」は何ら法的拘束力を有するものではない。 「自由権規約」は、身柄拘束にあたって必ず事前に裁判所が関与すべきとは明示して義務づけていないし、不服があれば行政訴訟を起こすことができる。 【阿部教授の注目点】 国際人権法が求めているのは身体の自由が大原則で、制限する場合は例外的、しかも恣意的であってはならない。 カナダの場合、日本の入管に相当する機関が収容した後、独立した「移民難民委員会」が迅速かつ定期的に妥当性を再審査する。その際には身体の自由が大前提で、逃亡の恐れや本人の身元が確定できないなどの条件が整った場合のみ例外的に収容できる。まさに国際人権法の要請に沿った制度であり、審査の仕方だ。 ところが日本の入管は逆転していて、原則が収容で、収容しない場合が例外になっている。しかも行政訴訟は収容そのものを定期的に再審査するわけではない。国際人権法である「自由権規約」に照らせば、基本的理念と再審査制度の面で重大な欠落があると言える。 <2 2人の原告に対する個別の収容が「自由権規約」に反して違法か> 【原告側】 デニスさんは日本国籍の妻が同居していて、仮放免の身元保証人でもある。逃亡の恐れはない。体調不良で継続的な治療が求められているので逃亡できる状態にはない。収容の必要性はない。 サファリさんも5年半にわたり仮放免の延長許可手続きにはまじめに出頭するなど逃亡の恐れはなかった。うつ病の診断も受けている。 【国側】 入管法は、収容によって移動の自由が制限され、一定程度の精神的苦痛などの不利益が生じることを当然に予定、許容している。 また、収容にあたっては、逃亡の恐れ、健康状態に支障がないこと、収容が長期にわたらない−などを要件とは規定していない。 2人については、過去の仮放免時の状況や収容中の言動などから、逃亡の恐れの観点で収容の必要性がないとは認められない。 【阿部教授の注目点】 国側は「自由権規約」についての考え方をきちんと示さず、入管法で国が自由に裁量で運用できるのだから違法ではないと主張する。 しかし、「自由権規約」に照らせば、2人の原告については収容の目的に合理性、必要性がなく、あまりに長期にわたっていることから比例性もない。違法であるのは明白だ。 私は法廷をすべて傍聴したが、確かに国側の主張は「入管法という法律の手続きに基づいて収容しているのだから違反ではない」とするだけだ。原告側が、そもそも入管法自体が「自由権規約」という国際法の解釈に照らして違法ではないのかと根本的な問いかけをしていることに対して正面から向き合ったとは思えなかった。 「苦しんでいる人たち、たくさんいる。俺たちだけでない」 原告の本人尋問で、二人が語った言葉が耳に残っている。 「生きたいと思って、この国に来たが、その国で自分を殺したいと思うようになった」「何もしない人間を、裁判にもかけられずに収容…精神的に、もはや治療できないほどの状態に追い込まれた。理由なく失われた年月を返してほしい」(デニスさん) 「いろんな人は、入管は組織だからかなわないとわかっているので裁判しないが、苦しんでいる人たち、たくさんいる。俺たちだけでない」「私たちは帰れるものなら、帰る。帰れない理由がある。日本に助けを求めている」「私は日本が好きだから、好きな国で、俺たちの人権も守ってほしい」(サファリさん) 判決は6月17日午後3時に言い渡される。 【自由権規約】 第9条1項「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない。何人も、法律で定める理由及び手続によらない限り、その自由を奪われない」 第9条4項「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する」 また第5項では、違法な身体拘束は賠償を受ける権利があると定めている。 <“知られざる法廷”からの報告> 裁判所では連日、数多くの法廷が開かれている。その中には、これからの社会のあり方を問う裁判があるが、人知れず終結することも少なくない。“知られざる法廷”を掘り起こして報告していきたい。