PCやスマホを持たず、ネットとも無縁の《孤高の芥川賞作家》…自分の道を歩むには「孤独に耐えるべき」と説く理由

仕事、人間関係、因習などにより、多くの現代人は「奴隷」になってしまっている。その打開策はただひとつ。今いる場所からとにかく逃げること。逃げて、孤独の中に身をおくことが、自分を取り戻す唯一の手段であり、成功の最短ルートだ——。 著者の田中慎弥氏は、今もPCやスマホを持たず、ネットとも無縁で、鉛筆を手にひたすら原稿用紙に向かう日々を送る。 『孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考』(徳間書店) より、孤高の芥川賞作家による、独自の幸福論をお届けしよう。 『「逃げることでしか救われない命もある」「引きこもりは生きるための立派な術」…15年間引きこもりだった《孤高の芥川賞作家》が贈る「逃避の幸福論」』より続く。 孤独をもっとも実感するとき いまを生きる人が、もっとも言われたくない言葉のひとつは「孤独だね」というものでしょう。 幼いころから友だちをたくさんつくることを推奨され、仲間外れにならないように気を遣い、社会人になってからもSNSで交流する人数を増やそうと努めて、携帯端末の履歴をいつも気にかける。懸命に人とつながっていようとする。わたしに言わせれば、それらはすべて、だれもが抱えているはずの孤独を隠すため、もしくは紛らわすための行動にすぎない。 孤独であることをもっとも実感してしまうのは、時間を持て余したときでしょう。だから勢い、常に有効な時間を過ごしているように、無意識に見せかけようとする。空白の時間を埋めようとする。 なぜ「孤独」は嫌われ、遠ざけられるべきものとしてあつかわれるのでしょうか。 孤独は解消できない だれかと一緒にいても、みずからの心の内をよくよく覗き込めば、そこには孤独が拡がっているものです。それが恋人だろうと夫婦だろうと家族だろうと、どんなにくつろげる相手といたところで、根本的に孤独は解消できない。 だからこそ、だれかと一緒にいたいと切実に思う。一緒にいても孤独は解消されないとわかっているのに、もっと一緒にいたいという思いが募る。それがいまの人間関係、世間というものの一面をなしているのだと思います。 人間は孤独なのだという前提を受け入れがたいのは、独りになることを過度に恐れたり、あるいは許せなかったり、さもなければ独りでいる自分はおかしいのではないかと疑心暗鬼になったりしてしまうからで、そうした圧力のような存在は、かつて長い間、引きこもりのような状態だったわたしからすればわからなくもない。 そもそも日本社会そのものが、ひとつの共同体や同じ価値観に属するのを強いていて、つまり孤立を回避する力学で成り立っているので、おのずと孤独には後ろめたさが伴うように仕向けられてもいるのです。 まず夫婦や家族という単位があり、それが互いに重なり合って、さまざまなサイズのコミュニティを形成しながら、より大きくて込み入った社会構造に至る。学校、サークル、会社、町内会、自治会、それらが寄り集まって行政の地域区分をなし、その上位にある最大の単位が国家というわけです。 あなたは大小さまざまなコミュニティに属していて、基本的にはそのどれからもはみ出すことは許されない。つまり価値観を共有しなければならない。孤独であってはならない。これが、圧力のような存在、と先に述べたものの正体なのではないか。孤独であることは社会のシステム上、忌避されている。しかし、人間は根本的には孤独です。わたしたちはそうしたアンビバレンツにさらされています。 もし、あなたがいま現在、引きこもっているとしたら、自分はどこまでも孤独なのだと、ことさらに思わなくていい。どうしたところで、人間は孤独なのだから。あなたはたまたま、そのことにはっきり気づいただけです。 また同時に、たとえば、孤独を強く望んだとしても、無数のコミュニティの輪から完全に抜け出すことは不可能です。 妙な言い方になりますが、あなたは孤独であり孤独ではない。もちろん、これは引きこもっている人にかぎらず、だれにでも当てはまります。 完全な孤独などない わたしはみずから選んで孤独な時を過ごしたのではありません。大学受験に失敗して、勉強する気も働く気も湧かなかったので家にいただけです。女手ひとつ、一人息子と暮らす母にすれば大変だったと思いますが、わたしにとっては飢えとは無縁の、のらりくらりできる環境でした。 親しい友人などいなかったわたしはずっと独りでしたが、べつにつらくはなかった。同じ屋根の下には母がいて、かつては祖父もいたので、なおさらです。十数年にわたる長い年月、わたしはいつでも孤独に浸ることができた、そう言えます。 部屋にこもって独りで過ごす時間、部屋を出て母と過ごす時間。孤独とそうでない時間を自由に行き来できた。 いまの若い人にとって孤独とは、とても深刻な事態なのでしょう。孤独というものに強迫され、だから孤独を他人に悟られまいとSNSで活発な交流をはかる。独りではないのだとことさらに取り繕わざるを得ないのだとすれば、その毎日はかなりつらいはずです。 「ハブる」「ハブられる」という言い方があります。「仲間外れにする」「仲間外れにされる」という意味らしいのですが、つらいにもかかわらず人とのつながりを懸命に保とうとする背景には「ハブられる」ことを恐れる気持ちがあるように思えます。 仲間外れ、つまり孤独になることは、当人とすれば人間関係全体の崩壊を意味するのでしょう。年齢を重ねて付き合いが拡がれば、いまいる場所とは価値観の異なる世界があることも想像できるのですが、若いときは狭い人間関係で完結しているので、それは相当な衝撃になる。 でも、先に述べたように、そもそも人間は孤独だし、同時に完全な孤独にもなりえない。 ハブられたあなたが行き場を失ったように感じたとしたら、それは錯覚です。独りになったことを、恥じたり、悲しんだりする必要はどこにもない。望むと望まざるとにかかわらず、あなたはどこかでだれかとつながっている。 友だちの数の多さや、場を盛り上げたり場に馴染むコミュニケーション能力を重宝する風潮は、過剰防衛の虚しい反転にすぎません。そんなものはなくても立派に生きていける。独りになり、陰口をささやかれ、後ろ指を指されようとも、気に病むべきではない。むしろ同調圧力から解放されて、自分を顧みる機会を得たのだから、喜んでいいくらいです。 不安に耐えろ さて、思考停止、つまり奴隷状態に陥っているのに気づいたあなたは、そこから逃げ出したあと、自分にとって価値ある「なにか」を足がかりに新たな道を切り拓こうとする。本当にやりたい職業を目指して歩きはじめる。そのとき、あなたは深い孤独の中にいるはずです。 いまからこんなことをはじめて果たしてうまくいくのだろうか。間に合うのだろうか。もたげる不安に孤独は募る一方でしょう。あなたはあなたのすべてを背負っているのですから。不安とは独りきりで感じるものであり、不安を抱くことそのものが孤独なのです。 わたしが作家になったのは、要するに自分の食い扶持を自分で得られるようになったのは、三十歳を過ぎてからです。会社勤めの人なら係長くらいになっている年齢でようやく、わたしは実社会に踏み込んだ。しかも、作家なんていうあてにならない職業です。 もちろん不安でした。孤独に耐えられるかどうか。なんといっても、それまで仕事に就いたことが一度もない自分に、果たして務まるだろうか、と。 一方で、長い引きこもり状態を経て耐性ができていた面もあるにせよ、さらに続く孤独に耐えられなければ、自分の道はあきらめるほかないとも思っていました。 孤独を拒んでなしえることなど、なにひとつありません。自分のやりたい道に舵を切れば、必ず孤独に直面します。 そこは耐えるしかない。そして耐えられるはずです。孤独になるのは当たり前のことなのですから。 ・・・・・・ 【つづきを読む】『「奴隷」から抜け出すには、どんな本をどのように読むべきなのか…?PCやスマホと無縁の《芥川賞作家》が語った「孤独の読書術」』 【つづきを読む】「奴隷」から抜け出すには、どんな本をどのように読むべきなのか…?PCやスマホと無縁の《芥川賞作家》が語った「孤独の読書術」

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