揚水発電所は、他の電源の電気が余っているときに、その電力で下のダムの水を上のダムに汲み上げておき、電力が必要なときに水を流して発電する。いわば自然の蓄電池だ。だが風力・太陽光発電ではそれができない。 脱原発を積極的に進めるドイツでは、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの開発が盛んに行われている。ところが再生可能エネルギーが増え過ぎてしまったために、国は電力供給バランスの維持に多大なコストをかけなければならなくなった。そしてそのつけは国民に回るのである。 40年以上ドイツで暮らし、再生可能エネルギーについて考察した著書を数多く出版している作家・川口マーン惠美氏が、ドイツの電力事情について語る。 ※本記事は、『 原子力はいる? いらない? 』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。 電気の同時同量が崩れると大停電が起きてしまう! はじめに電気についての基本的な知識から話をしましょう。 電気を供給する送電線は、効率的に電気を送るため、電圧を変えて電気を送りますが、この電気を送る電力網を「系統」といいます。なかでも、もっとも高い電圧で長距離を運ぶ送電線が「基幹系統」です。ドイツでは、「送電線のアウトーバーン」などと呼んでいます。 電気は水や石油のように貯めておくことはできず、いま必要な量を、いま生産しなければなりません(同時同量)。このバランスが崩れてしまうと電力系統の周波数が乱れ、電気が多過ぎても、少な過ぎても、大停電が起こる可能性があります。それを防ぐため、電力会社では様々な調整をして、瞬時に供給量を需要に合わせています。 しかし、これは、ドイツでも日本でも、国民にはほとんど理解されていません。電気が足りないと困るということは広く認識されているけれど、電気が余ったとき、つまり、需要を超えた量の電気が送電線に流れ込んだときにも様々な弊害が起こることは、あまり知られていません。その場合の弊害というのは故障や火災を起こすことで、それを防ぐために、自動制御で送電が次々に切られていきますので、結果的に大停電になることがあるのです。 発電量を常にリアルタイムで需要量に合わせるという作業は、前々から系統を管理している会社が責任を持ってやっていたことです。ドイツでは、4つの系統管理会社があります。 日本でも、電力の自由化以前は、電力会社がやっていたのですが、今はうまくいかないことが多くなりました。その理由はあとでお話しします。 いずれにせよ電力会社は、需要量に合うような発電計画をつくらなければなりません。考慮するのは、まずは気候です。夏、冬といった大きな気温の変化、梅雨冷えや寒気団の到来などもう少し短期の気候の変化、そしてリアルタイムの日々の天候などを考慮して計画しています。ドイツは寒い国なので、冬は暖房の需要が大きい。日本は冬だけでなく、夏も冷房で電気の需要は増えます。 その次に大きなファクターは社会活動。特に公共交通の発達した都市では、人々の通勤が始まる時間帯から急激に電気の需要が増え始め、工場が稼働するとさらに上がり、お昼ごろに一旦、減って、また午後に増えてと、絶えず変化します。 日本の場合、夏、皆が帰宅し、クーラーをつけて夕飯の支度を始めると、電気の需要はまた増えます。でも、このリズムは、土日や祝日にはもちろん崩れます。また、オリンピックやサッカーWCの日本戦が夜中に行われたりすると、普段なら存在しない"山"がポッコリとできるので、そういうことまで考えて発電計画がつくられ、リアルタイムで発電指令が出されます。 ところが、太陽光や風力などの再生エネルギーの発電量は季節や天候の変化に左右されます。今後、再エネを主力な電源にしていくためには、不安定な発電量をカバーすることができる別の電源の確保が常に必要になります。 余剰電力対策としてリチウムイオン電池やNAS電池等の実用化を模索 ところが今、ドイツでも日本でも、その、不安定な発電量をカバーするという作業自体がものすごく困難になっています。再生可能エネルギーが増え過ぎてしまったからです。 大量の風力発電が気まぐれに発電したり、やめたりを繰り返すし、そのうえ、お天気がいいと、そこにやはり気まぐれの太陽光が加わるのですから、自動制御では到底間に合わず、人間の介入で対応せざるをえないのです。 そして、ドイツではそのためのコストが、2022年は42億ユーロ、2023年は前半だけで16億ユーロにも及んでいるということです。2022年が極端に高いのは、足りないときに立ち上げたガス火力のガス代が高かったからでしょう。いずれにせよ、まさに綱渡りの状況だし、もちろん、支払っているのは何も知らない国民。日本も同じですよね。 ドイツも日本も、こうなってしまったのは電力の自由化の影響も大きいと思います。なぜかというと、電力の自由化に、供給力を持たず取引市場から電力を買って、右から左に流すだけの新電力会社が雨後の筍(たけのこ)のようにできたからです。しかも、彼らは、電力のバランスなど考えないし、送電線の管理にもタッチしない。だから「タダ乗り」などと言われているのです。 電気は貯めておけないという話をしてきましたが、実は揚水発電所は自然の蓄電池です。他の電源の電気が余っているときに、その電力で下のダムの水を上のダムに汲み上げておいて、いざ電力が必要というときにそれを流して発電する。電気需要の少ない夜間に、たとえば原発の安い電気を使って水をダムに揚げ、翌日のピーク時にそれを使って発電すれば非常に合理的です。 原子力の場合、燃料コストが全体に占める割合は1割以下ですし、つけたり消したりするには不向きです。一方、ガスはつけたり消したりはできますが、燃料コストが高い。 ところが、今、日本では原発の再稼働が進んでいないため、高い火力発電で揚水をしており、採算が合わないのです。 特に夏場、九州電力など、管内の太陽光発電が増え過ぎてしまうところでは、系統をパンクさせないために、昼間の高い電気で揚水して、急場をしのいでいました。 しかも、次の日、また電気が余れば、ダムが満杯では困るため、仕方なく夜中の安い電力料金のときに、水を落として発電に使う。このコストが結局は電気代にのり、国民に跳ね返ってくるのです。 増えすぎた再エネ電気への対応として期待されているのが、蓄電池です。「エネルギー白書2023」によると、日本政府は全固体電池の研究開発を支援し、2030年ごろの本格実用化と、次世代電池の市場獲得を狙っているといいます。 一方の電力会社も、余剰電力の対策として、リチウムイオン電池やNAS電池等の実用化を模索中です。しかし、いずれもまだ実証試験の段階で、コストをはじめ、様々な課題が山積みのようです。 評判の悪いドイツの再エネ法は漸く廃止されたが、日本の「再エネ賦課金」は未だ健在!