平成元年には世界の時価総額トップ10をほぼ占拠していた日本企業も、今では最高位のトヨタですら30位圏外だ。存在感が薄れる日本企業が再び躍進する鍵は、マネジャーとリーダーの違いにある。そう説くのは、『 世界のマネジャーは、成果を出すために何をしているのか? 』の著者、井上大輔氏だ。その真意を全2回の特別寄稿でお届けする。 ある日突然無能化するマネジャーの出世頭 リーダーは「指導者」としてビジョンを示す会社のトップ。マネジャーは「管理者」として現場を取り仕切る中間管理職。ただし、係長や課長にリーダーシップが求められることも時にはあり、経営者は会社全体の管理者として(広義の)マネジャーと呼ばれることもある。 前編記事の内容を整理するとこうなりますが、確かにこう入り組んでいては、ただでさえ外来語であるリーダーとマネジャーが日本でごっちゃになってしまうのも無理はありません。 しかし、無理はないからといって混同したままにするのは、百害あって一利なしです。「指導者」に求められる適性やスキルと、「管理者」に求められる適性やスキルは、実際のところ別ものなのです。それどころか、矛盾することだって少なくありません。 スティーブ・ジョブズ氏やイーロン・マスク氏が、ミスなく定型業務をこなすことで評価される職場で、係長や課長に昇進することができるでしょうか。人類を月に移住させる、などという壮大なビジョンを描きだす型破りな思考力は、いかに型を徹底するかが勝負の職場では、時に邪魔にすらなりかねないでしょう。 だからこそ、本来マネジャーの適性とリーダーの適性は別々に目利きして、スキルや技術もそれぞれ別々に育てていく必要があるのです。「皆さんは『マネジャー』の話をしています。私は『リーダー』の話をしています。この研修の目的は、マネジャーではなく、リーダーについて学んでもらうことです」。前回の記事で触れた研修講師の言葉は、そんな文脈で理解するとより芯に迫ってきます。 どちらにも向き不向きがあり、それとは別に、後天的に身につけていくべき知識や技術があります。向いていようと向いていまいと、知識や技術は学んで身につけることができます。 向き不向きをあらかじめ意識したうえで、向いている方の知識や技術を磨き、向いていない方は誰かに補ってもらう。一方で、そんなキャリア戦略が描ける会社や社会があれば、個々の力はより良く発揮され、その掛け合わせである全体の生産性は、倍々ゲームで高められることが想像できるでしょう。 逆に、それらをごっちゃにしてしまうがゆえ、個々人がどちらに向いているのかよくわからないばかりか、学んで身につけるべき知識や技術もあべこべになってしまう。そんな会社や社会の行末やいかに、です。 現場をしっかり管理するマネジャーの適性を買われ、係長を任されて首尾よく管理職の第一歩を踏み出したのち、そのまま「管理者」として評価され出世し続けた人が、ある日突然「指導者」の役割を求められて残念なリーダーになってしまう。こんな話に聞き覚えはないでしょうか。 あるいはリーダーの資質は抜群なのに、管理「すること」にも「されること」にも向いていないがゆえ、昇進の第一歩を踏み出すことができず、組織の中に埋もれてしまう。そんなケースも、実は日本のあちこちで発生しているのです。 GEのウェルチやイメルト、IBMのガースナー、最近だとアップルのクック氏だったり、マイクロソフトのナデラ氏だったり。アメリカの「名経営者」には、大企業で出世して社長になった人も多く目につきます。一方、日本の名経営者といえば、思いつくのは大半が創業経営者ではないでしょうか。 「懐の深さ」ならぬリーダーシップへの深い洞察 そんな中、日本の産業史に燦然と輝く、大企業出世型のスター経営者がいます。ソニー・コンピューターエンタテイメントの元社長、久夛良木健氏です。 ソニーは2025年3月期の連結決算で、前の期比16%増となる1兆4072億円の営業利益を叩き出し、上場来高値を更新しました。そんな快進撃を支えるのは、今や利益の6割超に貢献するエンタメ事業です。久夛良木氏は、プレステの生みの親として、そんな同社の事業構造の大転換に先鞭をつけました。 ハードとビジネスモデルを革新することで、新しい産業とも言えるプラットフォームを創り出し、世界中の人々の生活を変えたビジネスパーソン。その意味ではジョブズ氏とも肩を並べ得る久夛良木氏は、かつては誰にも頼まれていない液晶プロジェクターを勝手に開発するような新人技術者だったそうです。理由は「やってみたかったから」。 そんな久夛良木氏の後ろから、「ほお。面白いじゃないか」と声をかけ、製品事業部に商品化を掛けあってくれたのが、他ならぬソニー創業者の伊深大氏です。これらのエピソードは西田宗千佳氏の名著『漂流するソニーのDNA』(講談社)からの引用ですが、同書には、社内調整を飛ばして競合する製品を他部署と同時に開発・発売してしまうエピソードなども綴られています。 このような異能の才を、管理の仕事には不向き、と出世の階段の最初の一歩で躓かせたりせず、そのリーダーシップを育んで、果ては経営者にまで育て上げるソニーの人材育成力には目を見張るものがあります。それは自身も出色のリーダーであった伊深氏が同社に織り込んだ、リーダーシップへの深い洞察ゆえなのではないでしょうか。 日本にはジョブズ氏やマスク氏のようなイノベーターがいない。だから日本経済は停滞しているのだ。そんな議論を聞くことがあります。 しかし、そうして1人の傑出したリーダーが会社を変え、産業を変え、国と社会を変えることができるのであれば、問題はシンプルです。いかにして優れたリーダーを輩出するか。ソニーと久夛良木氏の存在は、日本でもそれが十分に可能であることを証明してくれています。 本来は管理の仕事に適性があり、マネジャーとして輝くべき人が、大きなビジョンを描いて人々を引っ張るリーダーシップを無理に求められ疲弊する。一方ではそんなキャリアの悲劇も、社会に横行してしまっています。 自身が慣れないリーダーシップを求められたトップが、ボトムダウンの名のもとにそれをたらい回しにしてしまうと、そんな中間管理職の悲哀は一層深まるに違いありません。管理職は罰ゲームだ……。そう言われるのも無理はありません。 会社と個人がそれぞれ、リーダーとマネジャーの違いをよく理解すること。それこそが、こうした閉塞感を打ち破るための最初の一歩になるのです。 【もっと読む】人事評価で「上位5%」に入った人たちの働き方「驚きの共通点」