水資源対話6項目が完了、残る課題は18項目に リニア南アルプストンネル静岡工区(8・9キロ)工事による大井川流域の水資源に与える影響を話し合う静岡県の地質構造・水資源専門部会が6月2日開かれ、水資源に関する対話6項目すべてをJR東海の説明通りに了解した。 実は鈴木康友知事は2月18日の県議会で、リニア問題を取り上げて、「JR東海との主な対話項目28項目のうち、5項目が対話完了して、残り(23項目)の課題解決に向けて、JR東海との対話をしっかりと進める」と述べていた。 これまで鈴木知事は「スピード感を持ったリニア問題の解決」を何度も繰り返してきたが、今回の対話完了で、残りは18項目となる。 つまり約3カ月で5項目も解決したわけである。この調子で行けば、このスピード感ならば、本年度中にほぼすべての課題解決が見えてくるのかもしれない。 そうは問屋が卸さない。 水資源の対話は完了したが、だからと言って水資源に関するすべての課題が解決したわけではない。実は28の対話項目に入っていない課題が数多くあり、今回解決したのは、山梨県側へ流出する湧水の対応についてのみなのである。 具体的には、山梨県側からの先進坑が静岡県境を越え、静岡県側の先進坑につながる工事期間中の約10カ月間に最大500万トンの湧水が山梨県側に流出するとJR東海は予測した。 これに対して静岡県は大井川の水資源への影響を理由に、JR東海に「湧水全量戻し」を求めてきた。 そこでJR東海は東京電力リニューアブルパワー(RP)の協力を得て、県外流出量と同量を大井川の東電・田代ダムで取水抑制を行ってもらい、大井川の流量を確保するという「田代ダム案」を提案した。 6月2日の専門部会は、この田代ダム案についてリスク管理、具体的なモニタリングなどすべてを了解したのだ。 ただし、これで山梨県側への湧水流出問題が解決したが、長野県側の工事でも静岡県側から湧水が流出する。ところがどういうわけか長野県側への湧水流出問題は28項目の課題には含まれていないのだ。 なお、山梨県側への湧水流出についての議論は約6年間も掛かり、ようやく合意に至った。 一方で、長野県側は山梨県側のような大きな断層帯は確認されていないから、湧水の流出量は極めて少ないと見込まれるが、事情は大きく異なる。 さらに不思議なのは、静岡県も長野県側への湧水流出を認識しているのに、6月6日都内で開かれた国のモニタリング会議で、県担当者は水資源に関する6項目の対話が完了したことで、「水問題」すべてが解決したかのように報告したことだ。 この報告を受けてモニタリング会議の矢野弘典座長が「関係者の尽力のたまもの、着工への手続きを進めるためにスピード感を持ちつつ、かつ丁寧に協議してほしい」などと述べたのは、皮肉のようにも聞こえた。 結局、これでは表面的に解決したように見せ掛けて、事実をごまかしているに過ぎない。実際、このようなごまかしがリニア問題の真相をわかりにくくしてきた。県、JR東海は流域住民らに正しい事実をわかりやすく説明するべきである。 そもそも南アルプスの地下約400メートルを貫通するリニアトンネルは、山梨工区から上り勾配で静岡工区に入り、静岡工区から今度は下り勾配で長野工区へ入っていく。 静岡県のトンネル延長は約10・7キロで、静岡工区の延長は約8・9キロと短くなっている。これは山梨工区、長野工区が約1キロずつ静岡県内に入り込んでいるからで、その理由は作業員の人命安全のために、山梨、長野の両県側から上向き掘削を行うからだ。 したがって、静岡県内の湧水が工事中の一定期間、山梨県側、長野県側に流れ出ていく。 ところがJR東海は山梨工区、長野工区を約1キロずつ静岡県内に延長する計画を立てたとき、静岡県外に流出する湧水が議論となることを想定していなかった。 なぜなら県境付近の工事で山梨県側、長野県側へ流れ出たとしても、それ以上の量の湧水が静岡県内の山中に蓄えられているので、水収支解析では、「大井川の水の量は減らない」と予測できていたからだ。 そのためJR東海はちゃんと説明すれば、静岡県に理解してもらえると考えていた。 しかし、2019年9月に事情が一転する。まず静岡県は同年6月、リニア問題の議論についての疑問点をまとめた「中間意見書」をJR東海に送付して、その回答を求めるよう要請した。 これに対してJR東海は同年7月、山梨、長野の両県境の工事については、「先行して掘削しなければならず、県境付近の工事期間中に、山梨県側に毎秒0・31トン、長野県側に毎秒0・01トンの湧水流出を想定している。できる限り湧水流出量を低減していく」と回答している。 そんな中、同年9月20日のリニア会議で、当時の難波喬司副知事(現・静岡市長)が、JR東海が県境付近の工事について説明している最中に、「全量戻せないと言ったが、これを認めるわけにはいかない。流域の利水者たちは納得できない。いまの発言は看過できない」などとかみついた。 そしてこの発言を受けた3日後の定例会見で、川勝平太知事は「湧水全量戻すことを技術的に解決できなければトンネルを掘ることはできない」、「全量戻しがJR東海との約束だ」などと述べた上で、「静岡県の水一滴でも県外流出を許可できない」と宣言したのだ。 こうしてこの問題がこじれたことで、国交省は静岡県とJR東海の議論に加わり、有識者会議を設置した。 「静岡県の水一滴でも県外流出を許可できない」という無茶な要求に対して、国の有識者会議は2021年11月、山梨県へ流出する最大約500万トンの湧水は「微々たる値」であり、大井川下流域の水環境に全く影響を及ぼさないと結論した。 それでも川勝知事をはじめ大井川下流域の利水者、首長たちはそれでは納得しなかった。流域全体で、国の有識者会議の結論を蹴り、JR東海との約束だから、「水一滴まで全量を戻せ」の大合唱が続いた。 このためJR東海は、県外流出した水量と同じ量を工事後に山梨県側からポンプアップして戻す案などを提案したが、すべて拒絶されてしまう。その結果、2022年4月26日のリニア会議で、JR東海は東電RPの協力を得た上で県外流出量を大井川に放流する田代ダム案を新たに提案した。 そしてそれから3年間掛けて、さまざまな議論を行った上で、6月2日の専門部会で田代ダム案がすべて了解されたのだ。 長野県側への湧水流出問題は議論の対象外 さて、今後、長野県側への湧水流出が議論されるのか? 28項目に入っていないが、水資源に関する大きな課題であると静岡県は認識している。県担当課は「この問題をどうするのか検討するのはこれから」と慎重な姿勢である。 JR東海も全く同じ姿勢である。 長野県へ流出するトンネル内の湧水への対応について、昨年12月に発行したJR東海の冊子『リニア中央新幹線 大井川の水を守るために』第2版にもはっきりと記している。 冊子では「工事の一定期間に静岡県から長野県へ流出するトンネルの湧水についても検討を深めていく」と具体的な表現を避けている。 山梨県側へ流出する最大500万トンの湧水でさえ、国の有識者会議は「微々たる値であり、大井川下流域の水環境に全く影響を及ぼさない」と結論していた。 長野県側へ流出する湧水はその10分の1以下にも満たないから、専門家の意見を聞くまでもなく、結論は見えている。 冊子『リニア中央新幹線 大井川の水を守るために』の図3「トンネル縦断図」を見れば、大井川本流と支流の西俣川から長野県境は遠く離れていることがわかる。 長野県側へいくら湧水が流出しても大井川の水環境へ影響が及ばないことは一目瞭然である。それどころか、長野県側へ流出する湧水は天竜川水系の地下水であると、筆者は考えている。 つまり、静岡、長野県境付近は大井川水系から遠く離れ、県境付近の地下の湧水が大井川の水環境に影響を及ぼすこととは全く無関係である。 筆者が「長野県側へ流出する湧水は天竜川水系の水ではないか」とただしたところ、担当課は「大井川河川整備計画では県境付近の地下水も大井川水系であると国が定めている」と回答した。 このため、国に確認したが、国は「基本的に河川整備計画は表流水についてのものであり、河川から遠く離れた地下水について詳しく記載していない。調査しなければわからない」としている。 つまり、「わからない」ということである。 もし、長野県側への湧水流出を議論するならば、その「わからない」ところからちゃんと調査すべきことになる。 もともと「地下水とは動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない」(日本地下水学会)のである。 実際には、長野、静岡県境の地下水は大井川水系、天竜川水系のいずれにも属するのだろう。そのような流動的な地下水を静岡県は問題にしてきた。 鈴木知事の決断が「スピード感ある解決」の鍵 長野県への静岡県の湧水流出問題も単に、川勝前知事らの言い掛かりに過ぎないのだ。 長野工区のリニア工事は現在、静岡県境手前約3キロ付近まで到達している。さらに静岡県境に近づいたところで、静岡県はこの問題をどうするのか結論を出さなければならない。 反リニアに徹した川勝前知事は事あるごとに「県民60万人の命の水を守る」を唱えた。いまも多くの県民が川勝氏の主張をそのまま信じ込んでいる。 となれば、いくら量が少ないからと言って、「湧水全量戻し」の議論をおざなりにはできないかもしれない。ただ「わからない」ところから始めれば、どのくらいの時間が掛かるのか予測はできない。 ちょっと考えれば、長野県側へ流出する湧水をどうするのかの解決策を求めることが、いかに不毛なことか誰にもわかるはずである。 不毛な議論の根源を断つことができるのは、「スピード感を持つ」知事の役割である。 となれば、鈴木知事は「長野県側へ流出する湧水については問題にしない」と宣言すべきである。そうすることで、山梨、長野の両県境付近のトンネル工事による湧水流出は、川勝前知事時代の言い掛かりだったことも認めることになる。 「スピード感を持った解決」にはそれしかないだろう。 「南アルプス保全対策」が大転換を迎える…川勝前知事の退場で「未解決問題」は改善するのか