映画、ドラマ、舞台に精力的に挑み、40代を迎え俳優としての円熟味を増す小栗旬。そんな彼が最新作に選んだのが6月13日に公開される映画『フロントライン』だ。日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船での実話を基にする本作で、熱い制作陣や実力派ぞろいの共演者とタッグを組んだ小栗に、本作に込めた思いを聞いた。 【写真】小栗旬、大人の男の色香あふれる撮りおろしショット ◆彼らのモチベーションと志をちゃんと間違えずに伝えたい 2019年12月に中国の湖北省武漢市で初めて発生が確認され、2020年に入ってから世界的流行(パンデミック)を引き起こした新型コロナウイルス。本作は世界規模で人類が経験した新型コロナウイルスを事実に基づく物語としてオリジナル脚本で映画化した日本で初めての作品だ。新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船での実話を基に、災害医療専門の医療ボランティア的組織・DMATが、「命」を救うことを最優先にウイルスに立ち向かう姿を伝える。 未知のウイルスに立ち向かうDMATの指揮官・結城を小栗が演じるほか、船内に乗り込み直接患者の治療にあたるDMATの医師・仙道を小栗とは26年ぶりの共演となる窪塚洋介、対策本部で結城とぶつかり合う厚生労働省から派遣された官僚・立松を松坂桃李、地元に家族を残し横浜に駆けつけたDMATの医師・真田を池松壮亮が演じる。 ——本作のオファーをお聞きになった心境はいかがでしたか? 小栗:ある時、プロデューサーで本作の脚本も手掛けられた増本(淳)さんから「読んでほしい」と台本が送られてきまして。読んですぐに「やりたい」とお返事しました。その時に「僕、いつもだったら(現場の最前線で治療にあたる)仙道の役をオファーされそうなのに、なんで結城なんですか?」と聞いたら、「40歳を超えて、親にもなり背負うものが増えてきている旬にこういう役をやってほしいんだよ」と言われたんです。その思いが自分としてはすごくありがたいと思いました。 ——結城は対策本部にいて、現場でウイルスと戦う医師たちと国や県との間で板挟みになる人物です。結城を演じるにあたり苦労した点はありますか? 小栗:結城のモデルには阿南英明先生、仙道のモデルには近藤久禎先生がいるんです。あの時、阿南先生も近藤先生に会ったら、自分は現場に行かなくてもいいと思ったそうなんですね。「この人が現場に行ってくれるなら自分はやる必要はない。だったら自分はこの人たちが動きやすい状態を作ることが仕事だと思った」と。それを聞いた時に本当に腑に落ちたというか。 どっちも大変だけれど、阿南先生がやられていることってものすごく面倒くさいことなんですよね。そもそも彼らDMATは災害時に派遣される医療チームで、未知のウイルスに対しての経験や訓練をされてきた人たちではない。それをやらなければいけなくなったことへの戸惑いと、どうすれば成立するのかということに悩み続けていたということが、実体験をされた方のお話をいっぱい聞けたので、無理に考えなければいけないことも減ったし、役を作る上で俳優としての自分に無理な枷を作る必要もなかった。本当に自分が行ってその都度迷っていけばいいんだろうなと考えました。 技術的なことで、洋介くんがそこにいないという難しさは感じましたけど、この世界観を自分たちで体現していくということでは、本当に自分も体験しているという形でやっていけたので、苦労したことはあまりないかもしれないです。 今回の作品は一貫して事実に基づいているとはいえ、作品自体はドラマティックにはなっているので、僕たちがドラマティックにする必要はないというムードがずっと現場に漂っていたんですよね。結城のセリフって情熱的に言おうと思えばいくらでもできるんですが、素直に心の中にあることを打ち明けるという感じで演じさせてもらいました。 今回、モデルとなったそれぞれの先生方たちにもお会いできて、阿南先生を自分がやるというよりは、彼らのモチベーションと志みたいなものをちゃんと間違えずに伝えたいなと思いながら作品に参加したというのがあります。できあがった作品を観ても、主役がいない作品というか、全員がそこに生きていて、誰にどうフォーカスするかは観てる人次第となっている感じがとてもよかったなと思います。 ◆窪塚洋介、松坂桃李、池松壮亮——実力派ぞろいの現場の印象は? ——結城にとって、盟友ともいえる存在の仙道を窪塚さんが演じられました。 小栗:増本さんとお話している中で、「自分が結城をやるなら、船に乗っている仙道は窪塚洋介君しかイメージできない」とお伝えしたんです。「あたってもらっていい?」ということだったので、「これを読んでみて」と台本を送りました。するとすぐに「読んだよ。これは自分的にもやるべき作品なんじゃないかなと思っている」とメールをいただいて。その後、増本さんとお話する中で、信じられないくらい増本さんの熱量が高いので、取材してきたことや思いを聞き、「この人はここまで責任を持とうとしているんだ」と感じたのかもしれません。 窪塚洋介という人はやっぱり自分としてはずっと憧れてきている人なので、彼と一緒に仕事ができるというのは自分にも胸アツな環境でした。 ——結城からの電話に激昂する仙道のシーンも印象的でした。 小栗:僕と松坂くんがいる対策本部のシーンは一気に先に撮っていたので、変な言い方をすると、「洋ちゃん羨ましいな、俺の芝居を聞けて」と(笑)。こちらは助監督や監督が表現する仙道しか受け取っていないので、いろんなことを想像しながら演じました。でも自分には洋介くんはきっとこういう仙道で来るんじゃないかというのがあったんですよね。実際どのくらい怒っているのかな?と思ったら、想像よりもだいぶ怒っていました(笑)。 ——対策本部で結城と共に対策を練る厚労省の立松は松坂桃李さん。小栗さんと松坂さんは初共演と聞き驚きました。 小栗:彼もものすごくいろんなものを経験してきていると思うので、一緒に現場にいる時も勝手に信頼感みたいなものがものすごくありました。それは本当に結城が立松を信頼していくのと同じように松坂くんを信頼していけるという感じでしたね。増本さんが「立松ってすごく難しくて、言いにくいセリフもあったと思うけど、それをすごくリアルに言葉にしてくれる人だ」と言っていたのですが、それをすごく感じました。僕と松坂くんのシーンを詰めてバーッと一気に撮らせてもらえたのは、大変だとも思ったのですが、自分たちも同じような環境で追い詰められていくようなスケジュールだったのでよかったのかもしれません。 ——池松壮亮さんが演じられる真田の人柄や思いにも胸が熱くなりました。 小栗:この作品を観終わって、真田先生が一番いい役だったなって(笑)。この表現が正しいのかわからないけど、いつ観ても彼は上手いですよね。セリフがちゃんと自分の言葉として出てきている感じがするのですごいなと思います。劇中では、僕が船に行った瞬間しかお会いできてないので、一緒にがっつり芝居したという感じではないんですけど、滝藤(賢一)さんと池松くん2人のシーンは「チキショー!羨ましい!」って思いながら観ていました(笑)。 ——改めて本作を通じて、ここを感じてほしいというポイントはどこでしょう。 小栗:ひとつはみんな体験していて、誰しもがあの時の自分を思い返せるというのがすごく重要だなというのがあるんですけど、あの時って僕も報道を見て知った気になって、日本の対応は悪いんじゃないかとどこかでこの人たちのことを悪者にしている自分がいたんですよね。取材してきた資料を見たら、「あの時、中はこんなふうになっていたんだ」と思ったし、実際立ち向かった皆さんにお会いした時に、口をそろえて「1人でも多くの人を助けるのが自分たちの仕事だった」とお話されていたので、そこに嘘はないんだと僕は思っています。そこは感じてもらえるといいなと思うし、情報社会の中で自分たちが受け取っていることを疑うというのは重要なことなんだなと感じてもらえる作品になっているので、そういうところを受け取ってもらえるといいなと思います。 ◆40代を迎えて「落ち着いて作品作りをできている」 ——コロナ禍が始まった時期は、1月に大河ドラマ「鎌倉殿の13人」への主演が発表になったすぐ後のことでした。 小栗:コロナ禍が始まった時は、僕はアメリカにいたんです。ロックダウンが起きて、世界が止まったんですよね。異国の地だったし、すごく怖い経験でした。実際「鎌倉殿の13人」は撮影がコロナ禍の最中から終わりかけくらいだったので、常にマスクはしていなきゃいけなかったですし…。不思議な体験でしたね。 ——その「鎌倉殿の13人」の放送が終わり、40歳を迎えられました。何か変化は感じられますか? 小栗:大きな変化はあまりないですね。昔よりもやりたいことも減っていて、今は逆に言うと、需要のあるところに自分が参加していくという感じというか。20代のころはすごく不安を抱えていましたし、毎回毎回作品に入るのがすごくしんどかったんですけど、今は180度変わったような感じで作品に臨めています。落ち着いて作品作りをできているという感じですね。 ——芸能生活も30年。この30年のターニングポイントを挙げるとすると、どんな出会いでしょうか。 小栗:1つ目は「花より男子」に出たことだと思うし、続いて『クローズZERO』という作品に出会ったこともターニングポイント。40歳を前にしての「鎌倉殿の13人」のオファーはある種の集大成みたいなもので、意外と満足しちゃったみたいな感じもあるんです。だから新しい欲求を見つけないといけないなと思っています。 ——映画、ドラマ、舞台とさまざまなジャンルで主演を張り、小栗さんが次はどんな作品に出演するのだろうと毎回楽しみなのですが、俳優界のフロントラインに立つ存在として、今後どのような活動を続けていきたいですか? 小栗:ありがたいなとは思いますけど、フロントラインに立っているつもりは全然ないですし、自分は自分のできることを続けていくしかないなと思っています。昔はもっと野望や野心があって、この世界を変えたいと思ったこともありますけど、本当に変えるつもりならひとつひとつ細かく変えなきゃいけないなと思っているので、今はそれをやっている感じですね。その積み重ねが30年後くらいに何か変化につながればいいかなくらいの感じでいます。 (取材・文:田中ハルマ 写真:高野広美) 映画『フロントライン』は6月13日公開。