認知症の人の介護はトラブルが多く、一筋縄ではいかないものです。さまざまな問題をかかえこみ、経済的にも悩みがつきません。ときにはつらさのあまり、介護をギブアップしそうになるでしょう。 しかし、認知症の人がすんでいる世界を理解すれば、介護をしやすくなるかもしれません。認知症の人は私たちの常識の基準とは少しずれている世界に生きていますが、どんな行動にもその人なりの気持ちや考えがあります。ただ、気持ちをうまく言葉にできないだけです。そして、その気持ちを理解する手がかりはあるのです。 この連載では、 『認知症の人の気持ちと行動がわかる本』 (杉山孝博監修、講談社刊)のエッセンスから、認知症と介護について、正しい知識と情報についてお伝えしていきます。認知症の人の思いやじょうずな介護の方法、利用できる社会制度・サービスを知れば、介護がぐっと楽になるはずです。 今回は、認知症の原因について探っていきましょう。 認知症の人の気持ちと行動がわかる 第5回 『もの盗られ妄想や意欲の低下、抑うつ。家族に認知症の特徴的な症状が現れたら気を付けたいこと』より続く。 認知症の原因は遺伝なのか 認知症だと診断されると、本人や家族は原因を探し、納得のいく答えをみつけようとします。「大きな手術をして麻酔をかけたことが原因か」「働きすぎて無理がたたったのか」などと思い悩み、家族も「引っ越しをさせたから」「ひとりで放っておいたから」などと後悔しがちです。こうした原因探しには、あまり意味はありません。 遺伝が原因かもしれないと考える人は多くいますが、ある遺伝子に異常があれば必ず認知症になる、というものはみつかっていません。 アルツハイマー病は脳の萎縮によって認知症が現れる病気で、原因は2つあります。まず、アミロイドβ(ベータ)という物質が、脳の神経細胞の周囲に沈着すること。それにより神経細胞の働きが落ちていきます。もうひとつは、神経細胞の中にある神経原線維が変性することで、神経細胞が死んだり機能が落ちたりすることです。 関与する遺伝子について研究が進められていますが、加齢によるアルツハイマー型認知症は、遺伝の要素は少ないと考えてよいでしょう。 原因疾患としてもっとも多いのはアルツハイマー病 じつは、認知症とは病気の名前ではありません。脳の病気と、脳以外の身体的・精神的・環境的な要因がからみあって起こる症状です。脳そのものの病変というと、脳内血管の変化、内分泌・代謝・中毒性疾患、感染性疾患などです。 これらのなかには、手術や薬物療法などによって症状が改善する可能性のあるものがあるため、早期発見が重要なカギになります。原因となる病気には、アルツハイマー病などよく知られているものを含め、下記のようなものがあります。 【原因となる病気】 ●アルツハイマー病 認知症の原因としてもっとも多い病気。脳の神経細胞が死滅し、脳が萎縮する。初期には記憶障害が目立つが、ゆっくりと進行し、徐々に日常生活に支障をきたすような症状が現れてくる ●脳血管障害 脳梗塞や脳出血など、脳の血管がつまったり破れたりする、いわゆる脳卒中を起こすと、認知症が出現することがある。無気力など自発性の低下が特徴 ●ピック病 前頭側頭型認知症ともいう。前頭葉や側頭葉を中心に萎縮する。性格が変わり、万引きなど反社会的行動がみられることもある ●レビー小体型認知症 神経細胞にレビー小体というたんぱく質のかたまりが沈着する。記憶障害や幻視などが現れる そのほか、頭を打って起こる慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症なども原因となります。 また、認知症と健常との中間として、軽度認知障害(MCI)の症状がみられることがあります。軽度認知障害は、かならずしも認知症に移行するわけではありません。運動や生活習慣病の治療、脳トレーニングなどが予防に有効とされています。 一番の原因は加齢。誰でも発症する可能性がある 先に述べた通り、認知症の原因の一つには、脳そのものの病変があります。しかし、認知症を発症した原因としてもっとも考えられるのは加齢。やはり「年のせい」なのです。 認知症は、老いとともに現れてくる、自然な現象のひとつです。記憶力や判断力、認識力などがなくなっていき、最期はなにもわからない状態で死を迎えます。 人間にとって死は大きな恐怖です。クリアな意識で死を迎えるのだとしたら、人生最期のときは、たいへんつらいものになるでしょう。認知症があるからこそ、安らかに死ねるのかもしれません。天が用意した、自然現象であるゆえんです。 認知症は特定の人がかかる病気ではありません。別の病気でも老衰でも同様に、体が弱って食事や排泄に介護が必要になってきます。最期には意識がもうろうとして、会話もできなくなります。誰もが最期は認知症を発症するといえるのです。 原因を探してもみつかりませんし、後悔しても遅いのです。やがて多くの人は「あれこれ考えても、しかたがない」という心境に達します。ただ、多くの当事者や家族にとって、原因探しから受容までのプロセスは、欠かせないものだともいえます。ひとしきり悩んだ結果、「しかたがない」と現実に向き合う決意をして、次のステップへと進めるからです。 『最近、もの忘れがひどい……。でも大丈夫かも?認知症は早期に治療すれば治る可能性アリ』へ続く。 【つづきを読む】最近、もの忘れがひどい……。でも大丈夫かも?認知症は早期に治療すれば治る可能性アリ