《ウンコは資源》排泄大国ニッポンが抱える“黄金の資源”を活用できてない問題「江戸時代の取引金額は10億円前後」「北朝鮮では売買・窃盗の対象にも」

 約1年前──2024年5月末から6月上旬にかけて、ゴミが吊るされた巨大な風船が少なくとも1600個、韓国に落下したことが報じられた。この通称「汚物風船」は北朝鮮から打ち上げられ、ゴミのなかには堆肥のようなものも含まれていたという。 【写真】北朝鮮から飛ばされた「汚物風船」  汚物と銘打たれたものの、北朝鮮にとって堆肥は隣国への攻撃手段のみならず、大切な資源でもある。その材料となる人糞は売買・窃盗の対象にもなっているというのだ。  排泄物は、各国で資源や燃料として有効活用されているが、ジャーナリストで、『ウンコノミクス』(インターナショナル新書)著者の山口亮子氏によれば、日本人は「全然有効活用できていない」。日本人が、実は世界的に大便の排出量が多い国民なのにもかかわらず、だ。  資源が乏しい日本においてどうしたら大量のウンコを「金脈」に変えられるのか──(同書より一部抜粋して再構成)。【全3回の第1回】  * * *  日本人は平均で1日200グラム、およそ85年の生涯に6.2トンのウンコを排出する。これはアフリカ象1頭の体重と同じくらいだ。日本人が一生にするウンコの量は、平均量の多さと寿命の長さが相まって、世界でも上位に入る。平均量は食事に含まれる食物繊維や菌の多寡で決まり、戦前の日本人だと1日400グラムくらいだった。若い人ほど食生活が欧米化し、ウンコの量が減っている。  それでも日本人のそれは依然として欧米人に比べて多い。アメリカ人は150グラム、 イギリス人は100グラムとされる。なお、中国人は210グラム、インド人は300グラム、最も多いとされるのがケニア人の520グラムである(イギリスの医師デニス・バーキット博士の研究などによる)。  各国の人が一生にする総量を排泄量に平均寿命を掛けて求めてみる。ケニア人は12.5トン、インド人は7.6トンの計算なのでさすがに日本人は敵わないが、中国人の6トンには競り勝つ。アメリカ人は4.2トン、イギリス人は3トンで、日本人の約5〜7割に過ぎない。  日本は、ウンコの排出大国なのだ。  その総人口は1億2400万人(2024年4月)だから、この国土で毎日、約2万5000トンのウンコが生み出されている。東京タワーの総重量は4000トンなので、その6倍以上になる。  たくさん排泄する割に、多くの日本人はウンコの行く先に興味がない。水中でくるくると回転してトイレの穴に吸い込まれたそれは、一般的に排水管を流れ、下水道に合流し、長い旅に出る。下水道の整備されていない地域は別として、他の誰かがしたものも仲良く一緒になって下水処理場に至る。  処理の過程で生じる泥状の「下水汚泥」は、下水に含まれる有機物を分解した微生物の塊で、日本で最も多く排出される産業廃棄物である汚泥の一種である。これは養分を豊富に含み、肥料やセメント、下水管(ヒューム管)、火力発電に使う燃料などの原料になる。国内で一年に生じる下水汚泥を燃料にした場合、名古屋市の総世帯数に近い約110万世帯の、年間の電力消費量を賄える。マルチに使えて余るほどある資源なのに、有効利用にはほど遠い。  資源が乏しいとされる日本において、ウンコの流される下水道は、貴重な地下鉱脈となり得る。私たちはどうしたらそれを金脈に変えられるだろうか。 ウンコはりっぱな商品だった  過去に目を向ければ、ウンコがりっぱな商品として流通した時代があった。そのころ使われた「ぼっとん便所」はもはや都会の若者にとって馴染みのないものになった。水洗機能がなく、便器の穴から下の便槽へ糞尿が直に落下する。江戸時代から大正時代まで、この原始的なトイレは金を払って汲み取りさせてもらう資源の宝庫。そこに溜まった糞尿の流通を生業とする者たちがいた。用途は肥料で、発酵させ熟成させて畑に施す。  100万都市だった江戸において、人糞尿の取引総額は年間2万両に及んだ。現在の貨幣価値で8〜12億円である。法政大学の湯澤規子(ゆざわのりこ)教授の推計だ。  これは昭和の時代も続いていた。糞尿を溜めておく「肥溜め」は、東京23区であっても農地の傍らにつつましく存在した。農地が近い環境で育った高齢者には、肥溜めに落ちる危険を身をもって知る人が少なくないはずである。  これが昔話かといえば、世界を見渡せばそんなことはない。  たとえば北朝鮮。報道を踏まえると、全土で今も糞尿を肥料に使っていて、毎年厳寒の1、2月に繰り広げられる「堆肥戦闘」の花形(?)となる。堆肥戦闘とは、全人民がウンコを集め、灰や藁などとまぜて発酵させ、堆肥にする運動を指す。  北朝鮮は国際社会から経済制裁を受けているため、外貨の獲得が難しく、化学肥料が恒常的に不足している。中国から輸入できる量も、国内の生産量も限られているのだ。  だから春の種まきを前に堆肥を製造する闘いが行われる。生産する堆肥の量には割り当て、つまりノルマがあり、においのきつさとも相まって、北朝鮮の人民を苦しめてきた。  ウンコは売買、ひいては窃盗の対象になり、ブローカーも跋扈する。江戸時代の日本さながらの風景が今も見られるのだ。 (第2回を読む) 【著者プロフィール】 山口亮子(やまぐち りょうこ)/ジャーナリスト。愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2013年中国・北京大学歴史学系大学院修了。時事通信社を経てフリーになり、農業や中国について執筆。著書に『日本一の農業県はどこか—農業の通信簿—』、共著に『誰が農業を殺すのか』(共に新潮社)、『人口減少時代の農業と食』(筑摩書房)などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手がける株式会社ウロ代表取締役。

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