“薬物をキメた恋人”がナイフで自分の太ももをメッタ刺しに…まじめで成績優秀な「女子大生」はなぜ人生をやり直せなかったのか?

【写真】「雪だるま」に「雷」、「バナナ」まで…子どものスマホで目にしたら要注意! 薬物の隠語に用いられる「EMOJI(絵文字)」一覧 ザナックス、パーコセット、バイコディン 第1回【「ウチの子は大丈夫」は通用しない“薬物依存”の悪夢…成績優秀で、家族に愛された「女子大生」が“最悪の選択”に至るまで】の続き  25歳のジョン(仮名)は、ワシントンDCとはポトマック川(Potomac River)を挟んで対岸に位置するアーリントン(Arlington)に日系人の母親と暮らすイケメンだという。もともと日本好きで、母親から学んだのか片言の日本語も喋るらしい。そして、亜紀さんは彼にデートに誘われた瞬間、恋に落ちてしまったという。 抗不安薬「ザナックス」(著者提供/DEA等海外機関公表写真等資料) 「すぐにクッシュを勧められて“まずい”と思ったけど、なんか向こうでは当たり前なんですよね。それこそ人前でも堂々と……。ビールで乾杯するような感じなんです。吸ってみるとハッピーになるというか、あの懐かしい感覚が蘇って……。あ! ごめんなさい、クッシュは大麻の銘柄のことで、彼はずっとこれでした」 ——当然、他のドラッグもやったのだろう。彼が持ってきたのか? 「ええ、驚いちゃいました。本物かどうか分かりませんが、ザナックス、パーコセット、バイコディンという処方薬がメインでした。あと、コカインやメス(覚醒剤)も持っていました。私が気に入ったのはザナックスで、身体が温まってリラックスできるんです。これが無くなると眠れなくて不安でしょうがなくなる。いつの間にかザナックスが常用ドラッグになってしまって……」  男は彼女のアパートに頻繁に出入りするようになる。仕事もサボるようになり、彼女に小遣いをせびることもあったという。 「今思えば、私は彼にとって“ATM”で“イエローキャブ”だったのかも知れません。でも、彼は優しかったんです」 ドラッグの隠語は「EMOJI(絵文字)」が主流に  彼女が口にした薬物について少しだけ説明しよう。いずれも処方医薬品名になるが、「ザナックス(Xanax)」はベンゾジアゼピン系の抗不安薬。「パーコセット(Percocet)」と「バイコディン(Vicodin)」はオピオイド鎮痛剤の仲間だと理解してもらえればいいだろう。近年、全米で乱用が拡大し、中身が“密造フェンタニル”という偽薬の場合も少なくない。こうした危険な薬物がアメリカでは大量に出回っているのだ。 ——彼氏はどこでドラッグを手に入れていた? 「ストリートで買うときもありましたけど、ここ1年はずっとSNS経由です。向こうのSNSは凄いんです、ドラッグ絵文字で溢れています」  彼女がスマホに保存していた“ドラッグ絵文字一覧”を見せてもらった。“絵文字”という日本語が英語化しており、「EMOJI DRUG」などと呼ばれている。「EMOJI DRUG CODE DECODED」を参照していただければ、現状が理解できるはずだ。  彼女は続ける。 「ある日、“これはHallucinogens(ハルースィノウジェンス=幻覚剤)だ、ぶっ飛ぶぞ” と彼がタバコを勧めてきたんです。吸ってみたら強いワックス(大麻濃縮物)をやったときみたいに目の前が明るくなってキラキラと……。一方で、気分が落ち着くというよりグワーッと高まってきました。身体が火照って汗はかくし、痺れるし。“何これ!”と叫んじゃいました。これがWetを浸した“ディッパー”だったんです」  このとき、男はシャツを脱ぎ捨てて天井を眺めながら笑ったり怒ったり、喋り続けていたという。亜紀さんは以降も、何度かディッパーを経験するが、「身体から心が離れるような幻覚を見たり(離人感という)、変な妄想に襲われるたりする」ようになって手を出さなくなったそうだ。そんな矢先に届いたのが「父親が倒れた」という妹からの連絡だった。亜紀さんはこれで目が覚めたようになり、帰国したという。 ベッドに縛り付けられた恋人 「人が変わったみたいになったお父さんの顔を見ていると辛くて悲しくて……。反対を押し切ってまで渡米して、その挙句にヒモみたいなジャンキー男に引っかかって薬物に手を出す始末……。“一体、私はなにしてんだろ。ダメだ、やり直そう”と決心して、全てを清算するためアメリカに戻りました」  ところが、亜紀さんの言葉に男は耳を貸さない。別れ話をしていると立て続けにディッパーを吸って裸足で外に走り出したそうだ。  亜紀さんが医療センターからの電話で駆けつけると、顔面の腫れあがったジョンがベッドの上に寝かされ、手足を拘束された状態で治療を受けている。そして、彼女の顔を見るなり、「アキ、これから日本へ出発だ!」と嬉しそうに話しかけてきたという。  傍にいた警察官からは、「駐車場のブロックに何度となく頭をぶつけていたので必要な措置として拘束している。ドクターの許可がでたら外すから心配はいらない。彼が正気に戻ったら親元へ帰すつもりだが、いずれ彼から事情を聞くことになる。ディッパーは本当に人を狂わせる薬だ。君は絶対にやるなよ」と釘を刺されたという。 「病院のベッドに縛り付けられているのに、嬉しそうな表情を浮かべる彼を見て、私は凍りつきました。一日も早く日本へ帰りたいという思いが募って、早々に退学と退去の手続きを済ませました。そして、彼の母に挨拶に行ったんです。彼女は日系人で日本語が話せます。すでに事情を理解していたようで“ごめんね、ハイスクールのときからジョンはドラッグで問題ばかり。別れなさい”と言ってくれて……。少しは安心しました。でも、彼もクスリの被害者なのかと思うとなんか哀しい気分になったのも事実です」 ブツブツと呪文を唱えながらナイフを持ち出して ——怪我はどうしたのかな。男の暴力なんだろ? 「深夜にやってきた彼に“絶対に帰国するから”と伝えると、すでにディッパーをキメていたようで。“ブツブツブーブー”と変な呪文を唱え出したかと思うと、いきなりキッチンナイフで自分の太腿を刺したり、切ったり……。完全に狂ってしまいました。怖くて逃げようしたところで揉めちゃって……。その時に怪我をしたのだと思いますが、はっきり覚えていません。でも、その瞬間に彼と私は完全に終わりました」  彼女は足を引きずりながらアパートを出て、物陰からと911番(アメリカの110番)している。パトカーが到着したときに彼の姿はなかったという。それを確認してから旅券とキャリーケースを持ち出して大学の女友達のところへ。そこから病院へも通い、ようやく帰国することができた。領事館には自身も薬物をやっていたことが負い目となって相談できなかったそうだ。その後、男の足取りは掴めていない。亜紀さんにはLINEのメッセージも、電話も全く届かないということだった。  亜紀さんが続ける。 「帰国後、妊娠していることが分かりました。授かった命なので産みたいです。でも、色んなドラッグやったし、今も睡眠薬を飲んでいるので……」 「お父さんの世話もしたいし、子供も産みたい」  彼女は帰国後、近所のクリニックでザナックスに類似する抗不安薬と睡眠薬を処方してもらっているという(相互作用が出る場合があるので慎重を要するが)。さらに、市販薬のメジコン(デキストロメトルファン=鎮咳薬)を買って一緒に大量を飲むこともあるそうだ。 ——皮膚に湿疹も出ているし、依存や腎臓障害など色々な問題が生じているはずだ。お腹の子にも悪い影響を及ぼしかねない。いま一番辛いことは何だろう。今後どうしたい? 「立ち直りたいです。お父さんの世話もしたいし、子供も産みたい」  亜紀さんの眼差しが輝きはじめた。それで筆者は、姉妹に次の提案をした。 ——リセットしよう。明日にでも妊娠と周辺の問題を婦人科で説明。その際、HIVなどに感染していないか検査を受けよう。やはり総合病院がいいな。外科、眼科、婦人科、内科、そして依存やメンタル面に対応する診療内科もある。彼のことや、その他のことは意識しないでいい。LINEやメールがあれば保存しておくこと。もし日本に来ると言い出したら私に伝えなさい。  姉妹は少し穏やかな表情になっていた。筆者は「難しい問題だが、家族全員で対応すればなんとかなる」と考え、ここでヒアリングを終了した。施設から戻った車椅子の父親が涙ぐんでいたのがとても印象的だった。 「ごめんね。もうこれ以上は無理なの」  それから半月後の夜のことだ。妹の沙紀さんから電話をもらった。 「お姉ちゃんが早産しました。母体は問題ないのですが,発達が不十分で未熟な臓器や器官系に原因があったようで、赤ちゃんは亡くなっちゃいました。お姉ちゃんは“私のせいだ” と激しく自分を責めたてています」  欧米では妊婦のオピオイド摂取が胎児の生命や健康に影響を及ぼしている。生を受けて直ぐに命を落とす子もいる。実に悲しい話だ。違法なザナックスには強オピオイドの“フェンタニル”が混入されている。亜紀さんのケースもフェンタニルなどが影響したのか知れない。 ——危ないな。彼女から目を離さないように。直ぐに精神科の先生にも事情を話すこと。  そう伝え、一度見舞いに行ったものの、それから1ヵ月後に亜紀さんは亡くなった。 「色んなクスリを過剰摂取して、自傷もしていたみたいで、間に合いませんでした……。メモが残っています。“沙紀、ごめんね。もうこれ以上は無理なの……。お父さんと瀬戸さんに謝ってほしい”。もう少しで元の生活に戻れたはずだったのに……」  薬物事件に長くかかわると、人の死に接することは珍しくない。だが,今回の顛末はあまりに悲し過ぎる。私が密葬に駆けつけた際、沙紀さんに支えられた父親が私の手を握ってきた。言葉はなかったが、あふれる涙が悲しみとお礼を伝えていたような気がする。 “悲劇の連鎖”は続く  それから暫く経ってのことだ。なんと今度は「ジョン(John)」が死んだというのだ。 「叔母と一緒に彼の母親に会ってきました。母親にお姉ちゃんの死を伝えて、可能なら彼に一目会って怒鳴ってやりたいと思っていたので……」  沙紀さんはワシントンのホテルから母親に電話し、姉が亡くなったことや、挨拶したいことを伝えたという。すると母親は大慌てでホテルまでやってきたと。 「ジョンがドラッグを教えたからでしょ。ごめんなさい。天罰が下ったのか、ジョンも命を奪われました。つい先日のこと、盗難車両の中で遊び仲間と意識を失っているのを発見されたんです。死因は“偽オキシコン錠剤(フェンタニル含有)”の過剰摂取による呼吸不全。幻覚剤のPCPも検出されているって……。いつかこうなると思っていたけど,もうこれでいい、ジョンも楽になれたと思う。でも亜紀は違う。可哀そうに……。本当にごめんなさい」  沙紀さんが最後にこう言った。 「瀬戸さん! 何でこうなるのでしょうか? この理解できない男と女のドラッグストーリーを記事に残してもらえませんか。こんな現実があることを伝えてほしいんです」  なぜ彼女は命を絶たなければならなかったのか。第1回【「ウチの子は大丈夫」は通用しない“薬物依存”の悪夢…成績優秀で、家族に愛された「女子大生」が“最悪の選択”に至るまで】では、家庭環境に恵まれた女子大生を蝕んだドラッグの本当の恐ろしさを詳述している。 瀬戸晴海(せと はるうみ) 元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。 デイリー新潮編集部

もっと
Recommendations

ジメジメとした暑さ…札幌や旭川で26℃予想 十勝の内陸で真夏並み 熱中症や食中毒に十分注意

南から湿った空気が入り込んでいる影響で、6月16日の北海道内はジ…

梅雨の中休みは紫外線に警戒

梅雨明けの沖縄と梅雨がないとされる北海道を除いて、梅雨に入ってい…

佳子さま 世界遺産「イグアスの滝」で絶滅危惧種の保護活動の説明に耳を傾け ブラジル公式訪問を終えサンパウロを出発 米・シカゴ経由で17日帰国

ブラジルを公式訪問中の秋篠宮家の次女・佳子さまが最後の訪問先「イ…

みこしや山車が札幌練り歩く 「札幌まつり」は最終日! 和楽器の演奏も…参加者1000人以上

北海道神宮例祭通称「札幌まつり」は6月16日が最終日です。札幌市内で…

【スクープ】自民広島5区新候補、東大卒弁護士が「イカサマM&A事件」で8000万円賠償を命じられていた

永田町では衆参ダブル選が囁かれるなか、自民党は衆院の空白区でも…

どんぶりで食べたい「主役級の豚汁」を作ってみた! 隠し味をたっぷり効かせたレシピへ「わかる、豚汁はメインディッシュ」「たまらねぇ」の反響

今回紹介したいのは、ニコニコ動画に投稿された『【男飯な豚汁、略…

スーパー「ロピア」に公取委が立ち入り、納入業者に商品の陳列・補充を無償で手伝わせた疑い

食品スーパー「ロピア」(川崎市)が、新規開店に向けた準備を手伝…

【難読漢字】「業腹」って読めますか? 人間、こんなときもあります

腹の中には何がある?突然ですが、 「業腹」 という漢字読めますか?…

【難読漢字】「傅く」って読めますか?古文の授業で習います

古文の授業で習った突然ですが「傅く」という漢字、読めますか?日常…

「選手の資格はく奪したほうが」オリックス廣岡大志、実家の店まで嫌がらせ プロ野球を苦しめる誹謗中傷

セ・パ交流戦が行われ、多くのファンが球場を賑わせているプロ野球の…

loading...