「ウチの子は大丈夫」は通用しない“薬物依存”の悪夢…成績優秀で、家族に愛された「女子大生」が“最悪の選択”に至るまで

「この苦しみから逃れたいです」  筆者は、ある女子大学生が薬物に嵌まり、そのダメージから回復するまでのプロセスをひとつの“啓発事例”として著書『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書/2022年刊行)で紹介したことがある。  この春、彼女が亡くなった。死因は薬物の過剰摂取による自殺だ。後述するように彼女は様々な問題を抱えていた。だが、悲劇のはじまりは“彼女の大学時代の薬物使用”、ここが出発点だったと考えている。薬物は人を傷つけ、人生を狂わせる場合もある。実に悲しい話になるが、本稿では彼女の物語を紹介したい。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】 【写真】「雪だるま」に「雷」、「バナナ」まで…子どものスマホで目にしたら要注意! 薬物の隠語に用いられる「EMOJI(絵文字)」一覧  筆者が亜紀さん(仮名)と知り合ったのは2019年、彼女が大学2年生の頃だ。発端は「娘の大麻使用の件でご相談があります」という父親からの相談だった。筆者は彼女の相談を受けることとなり、一時は大麻と距離を置いたのだが……。 アメリカの若者の間で流行するディッパー(著者提供/一般社団法人国際麻薬情報フォーラム等資料)  ある朝、亜紀さんの相談を受けるなかで面識を得た、妹の沙紀さん(仮名)から電話があった。「お姉ちゃんがおかしい」という。筆者が駆けつけると、亜紀さんがこう訴えてきた。 「一回に50錠以上を飲んだり、咳止めシロップを一気飲みしてしまうんです。身体が温まって不安や悲しみが取れるから、大麻はやめたけど市販薬に頼っちゃって。でも、食欲がなくなって、不眠症気味。顔に湿疹が出たり、尿が出にくくなったり、あとは、生理が止まることもあります。何より、クスリが切れると不安で、苛々して、居ても立ってもいられなくなるんです。何度もやめようとしましたが、辛くなるのでまた飲んでしまう。この苦しみから逃れたいです……」  コロナに感染して療養中だった父親に代わって、筆者が彼女を専門医のところに連れて行くことになった。  結果、依存が認められ、肝臓障害まで確認されたことで早々に入院治療がスタートした。約1か月で退院した彼女は、傍らから見る限り元気を取り戻したが、メンタルが不安定な状態にあるため治療を続けることとなった。  ここまでが先の拙著に記した内容だ。その後、彼女は回復し、大学卒業と同時に英語とアメリカ史を学ぶため渡米したと父親から聞いた。だが、これで一件落着とならないのが薬物依存の難しいところだ。 「隠れて白い錠剤を飲んでいました」  それから5年が経った昨年、妹の沙紀さんから再び電話を受けた。 「沙紀です。また、お姉ちゃんの件なのですが……。お父さんは2年前に脳梗塞で倒れて、片側手足の麻痺に加え、言語障害や知能障害を発症していて、きちんと相談ができません。叔母(亡くなった母親の妹)と話したところ、もう一度、瀬戸さんにお願いしようということになって……」  詳しく聞いてみると,姉の亜紀さんがアメリカで再び薬物に嵌まった(ようだ)とのことだった。 「お姉ちゃんはインスタやXで定期的に近況を知らせてくれていました。アメリカ人の彼氏との写メも送ってもらっています。お父さんが脳梗塞で倒れた時には大急ぎで帰ってきたのですが、その頃から様子がおかしくて……。隠れて白い錠剤を飲んでいたし,私と目を合わせない。そして、お父さんの治療方針も決まっていないのに“学校を休めないから”と言って、とっとと帰ってしまったんです」  姉はしばらく音沙汰がなかったそうだが、年明けに突如、日本に帰国したという。 「その時は明らかに痩せていて、左足を引きずっていました。それに、左目の上に痣があって腫れあがっていた。事故に遭ったのか、彼氏からのDVじゃないかと、しつこく聞いても“たいしたことない”というだけでした」  沙紀さんが続ける。 「推測ですが彼と薬物をやってたんじゃないか、と。それが怪我に繋がった気がしました。私が“瀬戸さんに相談する”と伝えてもうつむいて黙り込むだけ。でも、そのうち物音に凄く怯えるようになって、見かねたお父さんが涙しながら“瀬戸さんに”と口にすると、お姉ちゃんも泣き崩れてしまって……。しかも、妊娠もしているみたいなんです。相談先が違うかも知れませんが、これまでの経緯もあるので、まずは瀬戸さんに相談させてもらったんです」  亜紀さんはドラッグに“再感染”したのか。彼氏の仕業だろうか? それ以前に、怪我や妊娠など問題が多岐にわたるようだから、薬物問題の専門家である筆者が役に立てる話ではないだろう、と思いつつも姉妹と面接することとした。 「彼がディッパーに狂ってて」  2人は随分と大人になっていた。だが、姉の亜紀さんは、かなり病んでいるとの印象。父親はデイサービスに出かけているらしく、代わりに叔母(亡くなった母親の妹)が心配そうな面持ちで亜紀さんに寄り添っていた。 ——久しぶりだね。そうだな……、まずは左足と左目のことを聞こうか。足首は骨折したまま癒合していないように見える。変形したまま固まるぞ。痛みや痺れもあるはずだ。それに顔の怪我は眼窩骨折じゃないか? 目に映るものが二重に見えるだろう? まずは病院へ行こう。 「ごめんなさい。ちょっと事故で。向こうで治療はしたのですけど、まだ完全には……」  私は立ち会ってくれた妹とともに、亜紀さんを救急病院へ搬送した。結果は予想通りで、足関節骨折の不正癒合と眼窩底骨折だった。それぞれ応急処置がなされたが、目については後日、手術が必要となった。  改めて、アメリカでの生活を尋ねた。亜紀さんは暫く黙していたが、突然、堰を切ったように話し始めたのだ。 「彼がディッパー(dipper)に狂ってて。私も色々やって妊娠もしています。どうしたらいいでしょうか……」 ——ちょっと待って。順序立てて話をしよう。いま“ディッパー”と言ったかな? 「ごめんなさい。正確にはウェット(Wet)です」  ウェット? 筆者は一瞬混乱したが、まもなく思い出した。ウェットとは錯乱麻薬、悪魔の麻薬と恐れられる幻覚剤「PCP」を指す言葉だ。  本筋から少し逸れることになるが、PCPは本稿で扱うメインの薬物なので、簡単に解説しておきたい。 “悪魔の麻薬”と囁かれる幻覚剤「PCP」  PCPの正式名称は「Phencyclidine(フェンサイクリジン、あるいはフェンシクリジンと発音)」。強烈な幻覚作用に加え、興奮作用も有する。急性中毒では体温が上がるため、往々にして使用者は服を脱いで裸になる。同時に麻酔作用で痛みを感じなくなることもあり、暴れ出したら手に負えない状態に陥ってしまう。  筆者が海外機関に出向いた際、逮捕されてワッパ(手錠)をはめられた男が大暴れする現場を目にした。血だらけになった両手首にワッパがめり込んでいる——。男は喚きながら、それでもワッパを外そうとしていた。  それ以外に、全裸で車道を走ってタクシーや電柱に体当たりして動かなくなった男の動画も見せてもらった。自分の彼女を殺し、肺の一部を口にした男もいたという。捜査官の面前で自分の眼球に指を突っ込もうとした女もいたそうだ。そして、いずれもその行為を覚えていないという……。  今年4月、埼玉で全裸の男が立て続けに事件を起こして逮捕されたことは記憶に新しいところだろう。第一報に接したとき、筆者は「PCPの急性中毒か?」と思った。報道によれば、男は覚醒剤を使用していたとのことだが、確かに覚醒剤の急性・慢性中毒でもああいった行動に出る可能性はある。一方で、PCPならかなりの確率で同じような狂い方をする。量を間違えれば一発で錯乱だ。それも長時間続く。 リキッド型が出回るように  PCPはアメリカで開発され一時期は“麻酔薬”として使われていたが、幻覚・妄想、突発的な暴力など、様々な副作用を引き起こすことが判明したため、今では動物用麻酔薬としてしか許可されていない。1970〜80年代にかけては「エンジェル・ダスト=Angel dust=天使の粉」と呼ばれてアメリカで大流行した。毎年100人以上が死亡、数千人が救急搬送されたほか、多くの暴力事件・事故が発生する事態を招いた。新型麻薬クラックやケタミンなどの出現によって、人気は下火になったが、最近の“幻覚剤ブーム”で人気が復活。「Wet(ウェット/湿りを意味)」や「Water(ウォーター)」と呼ばれるリキッド型のPCPが出回るようになった。  ストリートではタバコにPCPを浸したものが「ディッパー(Dipper/浸したものという意味)」と呼ばれ、1本10〜35ドルで販売されている(純品かどうかで価格差が生じる)。大麻に浸したものもあり、これは「Love boat(ラブボート)」と呼ばれている。  話を戻そう。 ——ディッパーとは驚いたな。渡米してからのことを具体的に話してくれないか。 「ワシントンDCの大学に留学が決まり、大学卒業と同時に渡米しました。英会話は子供の頃から好きだったので生活には困らなかった。アジアンレストランでバイトもするようになったんですが……、そこで同じアルバイターの彼に声をかけられたんです。アメリカに来て色々と楽しみたいと浮き足立っていたのが間違いのはじまりでした」  果たして、アメリカでの生活にどんな落とし穴が待ち受けていたのか。第2回【“薬物をキメた恋人”がナイフで自分の太ももをメッタ刺しに…まじめで成績優秀な「女子大生」はなぜ人生をやり直せなかったのか?】では、無慈悲に人間を蝕むドラッグの実態が描かれている。 瀬戸晴海(せと はるうみ) 元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。 デイリー新潮編集部

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