北海道の小さな町の図書館職員と中高生の「心温まるやり取り」が各メディアで反響を呼び、まさかの「重版出来」に至った理由

北海道の東部・オホーツク海に面した知床半島の小さな町・斜里町。いま「斜里町立図書館」による“ある取り組み”が、新聞やNHKをはじめとする多数メディアに取り上げられ、注目されています。その取り組みとは、なんと、中高生と図書館職員が交わす、名前の見えないやりとり——匿名の「交流掲示板」。中高生の図書館離れを食い止めるために館内に設置された「掲示板」ですが、この掲示板が話題となり『 図書館のゆるゆる人生質問箱 中高生の悩み、質問、雑談に、図書館職員がお応えします! 』(ワニブックス刊)として書籍化されると来館者はさらに増加。中高生と図書館職員との心あたたまる“ゆるい”やりとりを一目見ようと、道内外からの来館者が増えているんです。 本稿では、知床半島にある小さな町・斜里町に起きた“うれしい悲鳴”の背景とその理由について、徹底解説します。 小さな町の“ささやかな取り組み”が、全国区で話題に! 斜里町は北海道東部にあるオホーツク海に面した、農業、漁業、観光業の町で、世界自然遺産となった知床の自然を身近に観察できる、小さな町。この町の市街地に、斜里町立図書館はある。斜里町立図書館は中学校のすぐ隣にあるものの、中学生の利用者数が少ないのが悩み。そこで、伸び悩む中高生の図書館の利用ニーズを高めるべく「交流掲示板(YAコミュ版)」を立ち上げたのが、斜里町立図書館の館長・松井卓哉さんだ。 「普段過ごしている学校や家庭、スマホの中だけが、この世界のすべてだと思ってほしくない。世界は広くて、自分とは違う考えの人もたくさんいるということを知ってもらいたい。そんな思いで、人とコミュニケーションをとり、多くの考えに触れる場として図書館を利用してもらうべく、中高生の来館を促す様々な取り組みを行っています。その取り組みの一つとして、2023年に「YA(ヤングアダルト)コミュ板」を設置しました」と話す。 ところが、この小さな町の図書館の“ささやかな取り組み”は全国区で話題となり、出版された書籍はたちまち、まさかの重版出来というヒットを遂げることに——。 「埼玉から来ました!」…話題の掲示板を見に北海道へ 大喜利のようでいて、ときに人生の核心をつく掲示板の“ゆるいやりとり”が注目を集め書籍化されると、斜里町でも大きな変化があったと松井さんは話す。 「出版に合わせてテレビやウェブマガジンなど、多くの媒体で取り上げていただいたこともあり、掲示板を見に来てくださる方が増えました。特にGW中『札幌から来ました』『埼玉から来ました』など、道内外から来館された方よりお声がけいただいたことも多々ありました。また、町内の書店でも同じく道内外からのお客様が書籍を買われていったと聞いています。さらに、お手紙やお電話をいただくこともありますが、共通の言葉として出てくるのが『本を読んで、嬉しくなった』ということです。温かな気持ちがつくれる機会となれたこと、こちらこそ嬉しく思っています。」 発売たちまち重版出来となった、書籍のヒットについてはどう感じているのか。 「多くの方々のお力添えがあって重版となったこと、心から有難く思っています。売れるのかどうかということもそうですが、そもそも書店が置いてくれているのかという不安すら感じている状況でした。せっかく出版社さんからお声がけいただいたのに『出版しなきゃよかったな』と思われていたらどうしよう……などなど。そのような中、3月末に札幌に行った際に、本屋に平置きで販売されているのを見たとき『おお!本当に売ってるんだ!』と個人的に歓喜したことが忘れられません。」 「たくさんご購入いただけたのは、売ってくれた方々の力だと思います。本当に、一人ひとりにお礼を伝えたい気持ちでいます。」 「体温を感じるアナログ感」がヒットのカギに 斜里町立図書館の温かな取り組みにいち早く着目し、書籍『図書館のゆるゆる人生質問箱 中高生の悩み、質問、雑談に、図書館職員がお応えします!』の編集担当を務めたワニブックス書籍編集部の枝久保英里さんは、よもやの「重版出来」とヒットの理由について、こう話す。 「家族でも友達でもない、『図書館の人』という不思議な存在に、癒された方が多いのではと感じています。SNSでは毎日誰かを攻撃するような言葉が飛び交ったり、身近な人にも気を遣って言葉を飲み込んでしまったり、効率を重視して必要な会話しか生まれなかったりしますよね。昨今では、気軽に話せる場所が減ってしまったように思うんです。話すのも勇気がいるし、話さないのももやもやする。そうして我慢してしまっている人も多いのではないでしょうか。」 「人生とは?」「彼女がほしい」「上手く人と関わるには」「幸せの価値とは?」——「交流掲示板(YAコミュ版)」に寄せられる中高生の悩みとその答えは、たしかに効率を重視したものではない。今すぐに答えが必要なものばかりではないが、だがしかし、生きていくためには意外なほどリアルで切実で、不可欠なものばかりだ。 「本書では、中高生たちが純粋な悩みや質問を、図書館の人に次々ぶつけています。それに対して、図書館の人はまじめに回答していくのですが、特別優しかったり、熱血指導したりするわけではなく、むしろ淡々としていて。そんな近くも遠くもない距離感を心地よく感じて、受け入れていただけたのかなと思っています。」 一方で、図書館館長の松井さんも、次のように語る。 「(ヒットの理由を問われ)どうなんでしょう……。本の感想として、回答内容そのものについてお話をいただくこともありますし、コミュニティのあり方・つくり方についてお話いただくこともあります。現代はSNSを通じて『人とつながる』ということが、非常に簡単にできる時代です。その一方で、誹謗中傷など『つながり方』がとても難しくなっていることは、多くの方が感じているのではないでしょうか。膨大なオンラインの海の中では、手軽さと顔が見えない(出さなくていい)状況が相まって、どんな言葉を投げつけても構わないという状況が発生しがちです。それと比べ、『YAコミュ板』は子どもと大人の、顔が知らない者同士における、A4用紙半分くらいの小さな手書きの世界。相手の体温が感じられる温かいアナログのやり取りが、逆に新鮮に感じたのかもしれません。手紙をはじめ、本来はそうだったんですけどね。」 ちなみに、札幌の書店でテンションが上がった松井さんは、「誰かが買っているのを見たい!」と、書店内の遠いところから1時間ほど本を見守ったものの、さすがに実際に買っている光景を見ることはできなかったのだそう。図書館の館長として叡智に富むだけでなく、このようにいかにも人間的な人柄こそが中高生の心を掴み、「この人たちに相談してみたい」と思わせたのではないか。 また、テレビの取材で掲示板についてコメントを求められた高校生が「(掲示板で質問を)書いたことがあります。SNSじゃなく掲示板でやりとりするのはすごく楽しい」と話しているのを見かけたが、やはりSNSでは得られない「相手の体温が感じられる温かいアナログのやり取り」という、旧くて新しいコミュニケーションこそが、いま若者たちに求められているのかもしれない——。 【もっと読む】「知床半島の小さな町」の図書館に設置された「匿名の掲示板」…その「心温まるやり取り」がいま話題を集めていた

もっと
Recommendations

熱中症で男女21人救急搬送 東京消防庁管内

東京消防庁管内で16日、午後3時までに熱中症で医療機関に救急搬送され…

阿部詩、涙のパリ五輪から復活V ! 6年ぶり敗戦の兄・一二三「柔道の神様が試練を与えてくれた」【柔道・世界選手権】

ハンガリー・ブダペストで行われている柔道の世界選手権を終え、5回目…

ゲーム配信者経営のカードショップがトラブル謝罪 客からの指摘に「高圧的に受け取られかねない」表現

人気ゲーム配信者・はんじょうさんが経営する「カードショップはんじ…

【独自】「人を殺すことに興味」容疑者のアパートから頭蓋骨見つかる…行方不明になっていた21歳女性を殺害したとして31歳の男を逮捕 埼玉県警

およそ7年半前に行方不明になっていた茨城県の当時21歳の女性を殺害し…

【 梅宮アンナ 】 新婚2ショットを披露 「#出逢って10日で結婚」「もっと昔から知っている様な気がして、、旦那さんに会えなければ結婚はなかった事でしょう」

5月27日にアートディレクターの世継恭規さんとの“電撃婚”を発表し…

立憲 大串代表代行 “自民一律2万”給付金は「あからさまな選挙対策」と批判

石破総理が自民党の参院選の公約として一律2万円の給付を表明したこと…

上司の男2人、会社の部下の顔を殴るなどして死なせたか 懇親会でトラブル?

会社の部下を殴るなどして死亡させたとして、茨城県警は16日、い…

立花孝志氏、告発者のプライベート情報提供者の氏名公表に斎藤・兵庫県知事「捜査を注視」

斎藤元彦・兵庫県知事らの告発文書を作成した元県民局長の男性(202…

懇親会後コンビニ駐車場で男性会社員(当時41)の顔を殴るなどの暴行で死亡させたか 傷害致死の疑いで上司2人を逮捕 茨城県・古河市

今年2月、茨城県古河市のコンビニエンスストアの駐車場で、当時41歳の…

【 中川安奈 】 「懐かしの三田」 夜景バックのオフショット ファン反響 東京タワーがお似合い」

フリーアナウンサーの中川安奈さんが自身のインスタグラムを更新。オ…

loading...