すぐさま書き始め、書き終える…「ことばの反射神経」を鍛えると得られる「ある重要な変化」

出会い頭のうちに書き始めるーー「書くことの反射神経」を鍛えることで得られる効用がたしかにあるといいます。 37年間、書くことで生きてきたーー批評家の佐々木敦さんが、「書ける自分」になるための理論と実践を説き明かす話題の新刊『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書/6月19日発売)。本記事は同書より抜粋、編集したものです。 来た球を打ち返す 私は、批評家、評論家であると同時に、現役のレビュアーでもある。このことに私は強い自覚と自負を抱いています。そして、レビュアーとしての私がもっとも重要だと考えている能力が、反射神経です。 ジャンルを問わず、レビューと呼ばれている文章の特徴は、当然ですが常に対象となる作品が存在しているということです。 ある映画について、あるアルバムについて、ある小説について、などなど、レビューを書くためには、まずその作品を観たり聴いたり読んだりしなくてはなりません。プロのライターであれば、映画の試写に行ったり、試聴音源を送ってもらったり、献本をされたりして、必要な時間を鑑賞に費やした上で、それから書き始める。レビュー対象を自分で選んでいい場合も時にはありますが、大抵は依頼する側がすでに決めている作品を指定されて、それについて書く、評する。 コロナ禍以後、映画の試写会のあり方は大きく変わり、いわゆるオンライン試写が非常に増えましたが、それでもアメリカ映画の大作の一部は情報漏洩防止の観点から今でも試写会に赴かないと観ることが出来ません(最近はなくなりましたが、以前は試写会場に入る前にスマートフォンを預けなくてはならない外資系映画会社もありました)。何度も試写に行くことは難しいので(試聴リンクも回数制限が設けられていることがあります)、いわば一発勝負に近いこともある。 私は2024年に『成熟の喪失 庵野秀明と“父”の崩壊』という単著を上梓しました。この長編論考はもともとは季刊の雑誌に連載されたのですが、そもそもの出発点は封切り後に映画館で観た庵野秀明監督の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のラストシーンに違和感を抱いたことでした。 最初の締め切りの時点では同作はまだロードショー公開中だったのですが、論を書き始めるに当たって、少なくとももう一度観直さなくてはと思っていた矢先に、コロナの感染拡大によって緊急事態宣言が発出され、東京都内の映画館は軒並み休館となってしまいました。非常に困りましたが、お隣の神奈川県ではまだ映画館は閉まっていないことに気づき、横浜まで少し遠出をして二度目の鑑賞をして、それから執筆を開始したということがありました。 それでも二度しか観られなかった。これはかなり特殊なケースかもしれませんが、視聴するのに大体二時間くらいは必要だったりする映画の場合、よほど時間の余裕がないと、何度も観直したり、気になる場面を再チェックしながら書くことはまず不可能です(もちろんソフト化されていたり配信に乗ったりすれば話は別ですが)。 CDのサンプル盤や試聴リンク、書評用の献本などの場合は条件が異なりますが、かつての私のように次から次へとレビューを引き受けていると、ひとつひとつに長い時間を費やすことは現実的に難しいし、キリがなくもあり、コスト的にも引き合わない。そこでなかば必要に迫られて、私は、対象となる作品に出会ってから、さほど時間を空けずにレビューを書き出して、一気に書き終えてしまうための、瞬発力というか、一種の反射神経を鍛え上げていくことになりました。これはかなり意識的な選択だったと思います。 比喩的に言うならば、それは「来た球を打ち返す」ということです。もちろん時間を掛けられるに越したことはない。しかし、時間を掛ければ掛けるほど良いレビューになるとは必ずしも言えないし、現実的にそれが無理なことも多い。逆に反射神経を鍛えることによって、より時間を掛けられるようになった際の書き方も変わってくるのではないか、私はそう思います。 バッティングセンターで打席に立った時のようにして、次々と放たれてこちらに向かってくるボールをフルスイングで迎え撃ったり、あるいは小技を利かして軽く「当てに行く」。ピッチャーの資質によって、球筋によって、打ち返し方はさまざまです。しかし共通しているのは、見逃しはなし、ということです。 ことばの反射神経。出会い頭のうちに書き始めてしまうこと。断っておきますが、それが常に得策であると述べているのではありません。とりあえず反射神経を訓練してみることによって、自分にとっての「書くこと」の身体性というか、自分のことばの背骨のようなものが自ずと変化し、強くなっていく、少なくとも自分はそのような経験をした、と言いたいのです。 * 本記事の抜粋元、佐々木敦『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)は、読み終えると、なぜか「書ける自分」に変わっている!ーーそんな不思議な即効性のある、常識破りな本です。ぜひ、ご期待ください。 書くことは考えることーー あなたはなぜ「書けない」のか? 「書くこと」には「哲学」が宿っているーー常識にとらわれず「書ける自分」に変わるための思考法

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