【スクープ】自民広島5区新候補、東大卒弁護士が「イカサマM&A事件」で8000万円賠償を命じられていた

 永田町では衆参ダブル選が囁かれるなか、自民党は衆院の空白区でも候補予定者の選定を進めている。元首相らが築いた地盤でありながら連敗を重ねてきた広島5区もそのひとつで、党県連が擁立を決めたのは東大卒のエリート弁護士だった。しかし、自民党税調の“ラスボス”こと宮沢洋一氏の次男を公募で破ったこの人物は、ある企業買収案件で重大なトラブルを起こしていた──。ノンフィクション作家の森功氏がレポートする。(文中敬称略) 名門地盤に落下傘  原告が東京地裁に証拠として提出した被告宛のメールには、こう辛辣な言葉が並ぶ。 「あんたは結局、弁護士の面を被った詐欺師で、(中略)俺を騙りにかけただけだろう! 今に見ていろよ、天罰みたいに『犯罪者』として告発してやるからな!」  原告の石井徹也から詐欺師呼ばわりされている被告が、今井健仁(39)にほかならない。ピンとこない向きが多いかもしれないが、永田町界隈では、別の意味で話題になっている。さる3月17日、衆院広島5区の支部長に選出された人物である。  目下、与野党問わず国会議員たちの目は6月22日の通常国会会期末を控え、石破茂政権の動向に釘付けになっている。首相の石破が衆院の解散に打って出ると匂わせたからだ。小泉コメ旋風が千載一遇のチャンス、とばかりに自民党内も浮足立っているのである。立憲民主をはじめ、野党の候補者調整ができていない間隙を縫えば、少数与党状態を脱却できるのではないか。7月に衆参のダブル選挙だ、なんていう皮算用を弾いてきた。  そんな薄っぺらいシナリオ通りにいくかどうか。そこはひとまず置くとしても、やはり永田町の議員先生方は戦々恐々とし、全国的に衆院の公認候補者選びが加速している。そこで、自民党広島県連はいち早く5区の支部長を選定。通常、県連で選ばれた支部長は党本部からの公認を得られるので、今井の総選挙出馬はほぼ決まり、と見られているわけだ。  もっとも、党内ではなぜ今井なのか、と首をひねる向きも少なくない。当の今井本人が雑誌などで語ったところによれば、もともと京都出身で、インテリアデザイナーの両親に育てられ、東京の筑波大学附属駒場中高を卒業して東京大学法学部へ。司法試験に合格したあとは、第二東京弁護士会に所属し、日本五大法律事務所の一角を占めるTMI総合法律事務所を経て独立する。ピカピカのエリート弁護士のように見える一方、広島とは縁の薄い落下傘候補である。  いまの広島5区は、元首相の宮沢喜一や元運輸大臣の亀井静香の膝元として知られてきた中選挙区時代の3区と重なる部分が多く、名門宮沢家が長年地盤を築いてきた選挙区といえる。  現に衆院選を見据え、自民党税制調査会長で参院広島選挙区選出の宮沢洋一は、衆院広島5区に次男の二郎を送り出した。落下傘候補の今井ではとうてい歯が立たないと見られた。が、さにあらず。今井がみごと公認候補にあたる支部長の座を射止めたのだ。それだけでも十分驚きである。が、それよりもっとたまげるのが、冒頭の裁判だ。来る衆院選の候補者がまるで詐欺師呼ばわりされているのだから……。いったい何があったのか。 大地主の顧問弁護士に  原告の石井はJR五反田駅前をはじめ、都内にいくつもの優良不動産を所有する地主の家に生まれた。わけても東五反田1丁目のおよそ240平方メートルの所有地は、地元の駅前再開発地域にあった。石井はテナントビルの底地権者として、不動産の賃貸事業を始めた。いわゆるビルの大家だ。2017年8月、資本金888万円でM&T bondホールディングスという不動産管理会社を設立。石井の事業パートナーである河野守彦が、設立の経緯を説明する。 「石井さん一家は所有地を貸している関係で、借地料の増額などを巡り、借地人といくつも裁判を抱えていました。なかには土地を提供しているパチンコ店が役所から行政処分を受け、借地料で揉めたり。地代の集金代行をする会社があれば便利なので、不動産営業をやってきた私が石井さんといっしょにつくったのがM&Tだったわけです」  社名のM&Tは河野守彦と石井徹也のイニシャルに由来し、石井が社長に就任。河野の実母が888万円の資本金のうち約300万円を出資したという。河野が続ける。 「その集金代行をやるにあたり、信頼できる弁護士を探してくれ、と石井さんから頼まれ、私が友人の伝手で知った今井氏を紹介したのです」  法人の設立手続きを依頼された今井は出資していないが、M&Tの顧問弁護士兼取締役に就任し、事業にかかわっていく。そこから事件の幕が開く。 「今井氏は銀座に事務所を構えていて若手のやり手弁護士だと聞いていました。役員でもあったので株主総会にも参加していて、何度目かのときに彼が『M&Aのいい物件がある』と提案した。それが名古屋にあるエステの会社でした」(同前)  今井の持ち込んだ買収先が、男性向け脱毛エステティックサロンを都内や名古屋で複数経営していた「BIRDELL」だ。今井がM&Aコンサルタントから紹介され、社長の石井に提案した。 「私と取締役である母は、あくまで不動産事業をやろうとしていたので、怪しげなエステの買収には断固反対でした。しかし、今井氏が新宿でエステを立ち上げた女性を会社の(年末に行なう)納会に連れてきて石井さんに紹介し、講習会を開いたり。石井さんもその気になっていきました」(同前)  M&Aでは、金融機関から買収資金を調達し、相手企業に支払うケースが多い。このときも石井はみずほ銀行に相談したが、断わられてしまう。 「みずほの目黒支店長さんとも2回ぐらい会って話し合ったのです。けれども、怪しいと感じたのでしょう。当行としては融資できません、と断わられてしまいました。だから、いったんこの話は終わりと思っていました。ところが、気づくとなぜか契約がまとまっていたのです。僕もあとから聞いて驚きました」(同前) 買収後8か月で破産  M&Tは2018年7月、BIRDELLの発行済株式180株を1000万円で買い取る譲渡契約を結び、企業買収が成立した。1000万円は社長の石井がM&Tに貸し付ける形をとっている。  そこから問題が噴出する。買収したBIRDELLは銀行から1億円を超える負債を抱え、当時の社長が債務の連帯保証人になっていた。中小企業では経営者が借金の保証をして融資を受けるケース自体は珍しくない。  企業買収をする場合、話を持ち込むM&Aコンサルタントや仲介者が事前に企業査定調査(デューデリジェンス)し、買い手側に説明する必要がある。つまり今井がその任を担っていたわけだ。  しかしくだんのBIRDELLは毎月平均186万円の営業損失を出しており、明らかな債務超過に陥っていた。とどのつまり、エステ会社を1000万円で安く買えたと思っていたら、そこには1億円を超える借金が隠れていたという話である。今井は、会社をろくに調査もせず、石井に対し強引にM&A話を薦めてきたという。  買収した石井は前社長の連帯保証を含めたBIRDELLの債務を継承し、会社の赤字補填を余儀なくされた。ついには会社の資金が枯渇し、石井はやむなく2019年3月、破産手続きに踏み切った。M&Aの契約締結からわずか8か月後、エステは破産し、石井が前経営者の借金を肩代わりする羽目になるのである。  そうして石井は2022年、今井を東京地裁に訴えた。M&Tという会社として行なった損害賠償請求、さらに個人としても民事訴訟を提起した。冒頭の「弁護士の面を被った詐欺師」呼ばわりしたメールは、一連の裁判に提出され、怒りに震える石井の心情を如実に物語っている。事業パートナーの河野が補足する。 「裁判の話は私も聞いています。詐欺師呼ばわりしたのも頷けます。メールのなかでグルになって、と名指ししたエステ会社の社長は、名古屋から東京に出てきて石井さんを口説く姿を何度も見ました。みずほ銀行から融資を断わられたあともね。彼が乗っていた派手な外車とか、いかつい身なりを見ていると、普通ではない気がしましたし」  最後にこう吐き捨てた。 「あんなのはイカサマのM&Aですよ」 被告の完全敗訴  二つの裁判は地裁で原告の石井が勝訴し、控訴審まで争われたが、ともに控訴棄却となり、石井側の全面勝訴が確定している。一審の東京地裁判決言い渡しは、一つ目の会社による損害賠償請求が2022年3月で賠償額がおよそ1800万円、次の個人が昨年4月で約6400万円となっている。合わせて約8200万円もの賠償命令が下った。その裁判ではむろん原告の石井の尋問もあった。 「役員でもあり弁護士という職業柄もありますから、まさか嘘をつくなんていうことは思ってもみませんでした」  怒りをぶちまけていた。 「実際に(BIRDELLを)買ってみると、もうメッチャクッチャな会社で、もう経営なんかどうにもならないっていう状態でしたから、嘘つきだと思って呆れましたね」  日大法学部教授で弁護士の松嶋隆弘に判決文を分析してもらった。 「会社と個人の両方の訴えのどちらも、原告側の主張が100パーセント認められています。ただしこの裁判における注目点はそれだけではなく、被告(今井)には弁護士と会社の取締役という二つの側面があることです。会社法の423条ならびに民法709条違反の取締役としての任務懈怠、善管注意義務違反の疑いが濃い。原告代理人も当初はその点を強調し、民法に基づく会社に対する特別背任に該当する不法行為だと主張していたといいます」  特別背任は日産カルロス・ゴーン事件などで適用された刑事事件の罪のイメージが強いが、これは民事上の不法行為だ。それでもやはり特別背任となると、より重い責任が問われる。 「もっとも民事上の完全勝利が見えてきたのでそこまで追及する必要はない、と原告側が特別背任の主張を取り下げたのでしょう。それは理解できます。ただし、弁護士である被告が取締役としてここまでの任務懈怠を指摘されるのは、限りなく故意に近い重過失と言わざるを得ません」  仮に賠償金を支払わなければ、少なくとも弁護士資格を失う事態なのだというが、当の今井は賠償命令の判決が確定すると、さっさと石井側に支払ったようだ。8000万円をいとも簡単に払える資金力があるということかもしれないが、それ以上に本人の念頭にあるのは、政治家への転身だったのではないだろうか。  先に書いたように、今井は宮沢洋一の次男を破り、衆院広島5区支部長として名乗りを上げている。万が一、解散総選挙があれば、自民党候補として出馬するかもしれないのである。原告の石井は昨年他界し、話を聞くことはできないが、詐欺師と名指しされた今井をはじめとした関係者たちは、どう答えるか。  M&Aコンサルタントは「話すことはない」と逃げを打ち、BIRDELLの元社長はこう嘯く。 「(今井もコンサルタントも)覚えていないですね。代表者(の石井)とは話しましたけれど、そもそもうちの資料を見て買っているわけですから、あとになって訴えるのはおかしいのではないでしょうか」  被害に遭ったのは石井であり、それを賠償したのが今井だ。あなたの腹は痛んでいないのではないか。そう聞こうとしたが、これ以降は連絡を絶ったままだ。そして今井はメールでこう回答した。 「私は、社外取締役として就任したのであり、M&Aの担当役員のような形ではございません。BIRDELL社のM&A案件を石井氏に紹介し、石井氏をはじめとするM&T社の了承及び依頼のもと、弁護士として業務を行いました。石井氏が個人の資産をもとに買収したいという意向を示し続けていたためです。(賠償については)ご遺族と和解が成立しています」  とどのつまり、弁護士としてM&Aの職務をしたが、担当役員ではなく、あくまで石井の意志で行なったもの。賠償については答えず、和解したと言うだけだ。ここへ来て、衆参ダブル選の断念も聞こえてきた。自民党総裁はどう対処するつもりだろうか。 【プロフィール】 森功(もり・いさお)/ノンフィクション作家。1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。新潮社勤務などを経て2003年よりフリーに。2018年、『悪だくみ——加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション大賞受賞。『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『菅義偉の正体』、『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』など著書多数。 ※週刊ポスト2025年6月27日・7月4日号

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