「メモを取る」段階から「書くこと」は始まっている…記憶と創造をつなぐ「メモの効用」

書き始める前段階としての「メモ」。ここでは、メモの内容のみならず、メモに宿る底力について解説します。 37年間、書くことで生きてきたーー批評家の佐々木敦さんが、「書ける自分」になるための理論と実践を説き明かす話題の新刊『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋、編集したものです。 メモを取ることの効用 映画美学校言語表現コース「ことばの学校」の基礎科では毎週入れ替わり立ち替わりさまざまな分野の「ことばのプロフェッショナル」をゲスト講師に招いているのですが、特に作家の方にはいつも、一編の小説を書き始める前にどのような準備をしているかを尋ねるようにしています。当然ながら答えはばらばらで、そもそも準備らしきものを全然しない、いきなり書き始める、ただそれだけと仰る方もいます。それでも何らかの意味での「準備」はしていると思うのですが、その話は後に譲ることにして、まず、複数のゲストが言っていたのは、メモを取ることの効用です。 創作メモというようなものでなくても、普段からふと見聞きした興味深い出来事や、知人友人から聞いた面白い話をメモっておくという人はかなり多かった。理由はもっぱら「書いておかないと忘れてしまうから」なのですが、外出時はノートやメモ帳を必ず持ち歩いているという方もいれば、気づいたときにiPhoneでという人もいる。頻繁に見直すという人、ネタに困ったときに見るという人、実際にはほとんど見直さない、全然見直さない、など作家のタイプや人間のタイプによってさまざまですが、ゲストの方々の話を聞いていて私が強く思ったのは、内容以上に「メモる」という行為自体が持つ効用です。 当然ながらメモだって「書いて」いるわけです。実際に何かを書き出すときにはまったく別のかたちになったり、綺麗さっぱり消えてしまったりするのだとしても、手書きであれ入力であれ、自分の手指を動かして「書く」ということは、ただ頭の中で漠然と考えているのとはやはり違います。 単に文字として残されてあとで読み返せるということだけではなく、身体を使っていることに意味があるのだと思います。ある意味では、それはすでに書き始めているということなのです。言葉と文字の違いというか、脳内にとどまっている段階と、たとえメモでも外部に出力された状態とはぜんぜん違う。 後から見てみると、いったい何のことなのかさっぱりわからないメモも結構ある、という話もよく聞きます。これは思い当たる方も多いのではないでしょうか。メモった時は書き留めておくべきと思ったはずであり、だからそこに書かれてあるわけですが、読んでみてもそこには謎めいた暗号のごとき文章があるだけ、という経験は私にもあります。 しかしそれでも、また時間を置いてメモを読み直していて、ふとそれが目に入った時に、ああそうだ、あのことだった、と突然思い出し、そこから作品に育っていくこともありえる。そしてそれは、メモしておかなければけっして生じることのなかった僥倖であるわけです。 書かれたフレーズの潜在性と喚起力 メモの仕方は千差万別です。ただ、思い立ったらすぐメモできる方がいい。メモ帳やノートの大小や形態、メモアプリの種類も色々とありますが、機能があれこれ充実しているものよりも、簡単で即応的な方が結局は使い勝手がいいように思います。メモランダム、備忘録なのだから、あまり凝ったことや複雑な作業をする必要はない。 私の場合は、実はあまりメモは取らないのですが、本や評論のタイトルを思いついたら書き留めておくことはよくします。これはちょっと独特なのかもしれませんが、自分の感覚としては、題名に内容が紐づけられているというか、良いタイトルが思い浮かぶと自然と中身も定まってくることが多い。逆に言うと、何らかの対象やテーマについてぼんやりと考えを巡らせていて、タイトルになりそうなフレーズが思い浮かぶと、一気に思考が収斂(しゅうれん)して書き出せるようになる(気がする)。 余談ですが、若い頃から、実際にはまだ一文字も書いていないし、いつか書けるのかどうかもわからない本や文章のタイトルを幾つもメモしておく癖がありました。かなり時間が経ってから、すっかり忘れてたけど昔こんなタイトルで書きたいと思ってたんだった、などと、メモが過去の自分のアイデアを教えてくれることもあります。 私にとってタイトルは非常に重要で、多くの場合、書き始める時にすでに決まっています。タイトルに限らないですが、文字面としてはごく短い箇条書きに過ぎなくても、メモにはまだ書かれていない記述の種のような面があると思います。もちろん単なるメモでいいのですが、そこに書かれてあるフレーズの潜在性と喚起力とでもいうべき豊かな広がりを持つ次元があると思うのです。メモを見直した瞬間に、そこから書くことがどんどん展開していくような。 書き手によっては、メモの段階から脱稿までをフローチャート化して、非常にシステマティックに書き進める人もいます。複数のアプリを併用して効率的に執筆することもできます。ただ、書こうとする文章の種類にもよりますが、あまりにもスムーズだとタイパ(タイム・パフォーマンス)重視になり過ぎてしまい、ありきたりの発想しかできなくなりそうな気もします。多少は何かしらの引っかかりというか、思考を言葉にする際に物理的な抵抗のようなものがあった方がいいような気もするのですが、これは人それぞれかもしれません。 メモを取る習慣は、やはりそれも「書くこと」である、という点が大きいと思います。かといってあまり構えるのもよくないですが、後で使えるか使えないかを吟味する以前に、とにかく書いておく、メモしたことによって、更に書き留めておくべきことが浮かんできたりもします。軽い気持ちで、あんまり期待はせず、メモの大半は、ただのメモで終わることをよしとするくらいがいいように思います。 * 本記事の抜粋元、『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)は、読み終えると、なぜか「書ける自分」に変わっている!ーーそんな不思議な即効性のある、常識破りな本です。ぜひ、ご期待ください。 書くことは考えることーー あなたはなぜ「書けない」のか? すぐさま書き始め、書き終える…「ことばの反射神経」を鍛えると得られる「ある重要な変化」

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