書くように話す…考えていることが同時に「脳内テキスト化」する人たちの頭の中

話すように書く。書くように話す。この記事では、口述筆記、音声入力、そして脳内の独り言まで、脳内で言葉が生まれる瞬間と、「考えること」と「書くこと」の境界を問い直します。 37年間、書くことで生きてきたーー批評家の佐々木敦さんが、「書ける自分」になるための理論と実践を説き明かす話題の新刊『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋、編集したものです。 口述筆記の可能性 英語圏、特にアメリカでは、すでに本は「読む」ものというより「聴く」ものになってきています。いわゆるオーディオブックです。 今や人気作家の新作はテキスト版と同時に音声版(カセットテープやCDは昔からありましたが、現在は Audible などのストリーミングサービスが主流です)が発売されています。近年の海外のベストセラーの大半は非常に長尺であり、アメリカは運転時間が長い人が多いので、自然な成り行きと言えます。文字で記された文章と声で読み上げられた文章の差異がほとんどないアルファベットは明らかにオーディオ化に向いています。漢字(それ自体にも複数の選択肢がある)とひらがな、カタカナの違いや、打つか打たないか、どこに打つのかがほぼ任意の、発音されない読点という記号がある日本語ではそうはいきません(英語にもコンマがありますが、自由度が読点とはかなり違います)。 英語の作家に口述筆記が多いのは、喋るだけでほぼそのままでテキスト化できるからです。まず最初は口述し、文字起こしされたものに手を入れていくという執筆方法は、各種アプリやGoogleドキュメントの音声入力機能の向上によって、日本でも増えていると思います(生成AIの援用によって今後は更に進化していくことが予想されます)。 日本語ならではの特殊性も、要はあまり気にしなければいいわけです。文字起こしとテキスト化をプロのライターが担当していて、著者は喋るだけの本の場合、少なくとも幾らかは、その文体は著者とライターの合作であるわけですが、これからはライター抜きの口述筆記も増えていくのかもしれません(ライターの仕事には著者のとりとめのない話をわかりやすくまとめる「構成」もあるので、その限りではありませんが)。 当然ながら、書くことと話すことの関係は、用途やジャンルによっても異なります。小説なのかノンフィクションなのか評論なのかエッセイなのか、書こうとする文章(表現)のタイプによって、口述の効用は違ってきます。 この本のような「ですます」ではなく、「だ」や「である」で書こうとする場合、普通の口調ではないので、むしろ声に出すことに奇妙な感覚を抱くこともありえます。何事も慣れてしまえば問題ないとも言えますが、これはやはり人それぞれです。 しかし「ですます」であっても、私がそうであるように、話してから文字にするより最初から話しているかのように書いたほうが楽だし効率的だと考える人もいると思います。しかし逆の人もいることは間違いない。 もう10年くらい前になりますが、ある人が「今後は新書のほとんどがですます調になる」と語っていたことがあります。そのほうが書き手にとっても編集者や出版社にとっても読者にとっても効率的だし利便性が高いから、というのがその理由でした。実際にそうなったのかどうかは未確認ですが、おそらく現在の「ですます」調の新書の多くは口述から作業が始まっているのではないかと思います。そのとき、これも人それぞれですが、口述の文字起こしをテキストに整形していくのに一定以上の手間が掛かる場合と、ちょっとややこしいですが、最初から「話しているかのように読めるように話す」場合があると思います。ややこしくなく言い換えれば、テキストのように話す、ということです。 「考えている」ことを意識している 世の中には、まるで書き言葉のように話せる人がいます。そういう人の場合は喋った録音を文字起こしするだけで、ほぼそのままテキストになります。学者や物書きに多いタイプと言えるかもしれません(私も時々そう言われたりします)。文章を書き慣れているので話す言葉も書き言葉に近くなっているということです。 それは同時に、他人の文章をよく読んでいるから、でもあると思います。書き言葉を大量に摂取した結果、ちょっと変な言い方ですが、脳内口語がテキスト化しているわけです。これには二つの面があって、まるでひと連なりの文章のごとく理路整然と喋れるということと、言葉遣いや単語選択が文語的ということがある。前者はロジック、後者はレトリックの領域です。この場合の前者はことば(言語表現)の問題とはやや軸を別にするので、ここでは後者について述べておきます。 人と話していて、ああこの人は本をたくさん読んできたのだろうな、と思うことがあります。それは知識量というよりも、普通の会話ではまず出てこないような言い回しや熟語が、ごく自然に口にされていることによります。つまり書き言葉が内面化されているわけです。 自分は無意識に喋っているつもりなのに、相手に「そんな単語、耳ではじめて聞いた」などと言われたことが私には何度もあります。相手からしたら、それは聞き慣れない、妙に硬い言い方なのかもしれませんが、自分としては、その言葉遣いがしっくりきている。そこでは、話し言葉と書き言葉が溶け合い、両者の境界がなくなっているか、書くことが話すことをいわば上書きしてしまっている。 逆に言えば、このようなタイプの人にとっては、ある意味で話すことはそのまま書くことでもあるわけです。そんな人の脳内では、話し言葉と書き言葉の区別は、たとえ意識していなくとも、実態としてはほぼ消滅している。だから書くように話す人は、話すように書くこともできる。私自身は、自分が今もこうしてやっている「まるで話しているかのように書く」という行為を、こんな風に理解しています。 もう少し突き詰めてみましょう。私は、ひとりでいる時、いや、誰かと話している時でさえ、音声として空気を震わせている言語とは別に、自分が頭の中でのべつまくなしに喋っていると感じることがよくあります。あ、ごめん、ぼけっとしてた、とか、いま何考えてたの? うーん何も考えてなかった、などということが、考えてみれば自分にはほとんどありません。とにかく間断なく何かを考えている。 そして「考えている」というのは、言語によって考えているわけです。これは脳科学や認知理論の範疇かもしれませんが、とりあえず難しいことは抜きにしても、おそらく私だけではなく、人間は皆、実際にはひっきりなしに何かを考えている(「思っている」と言っても同じことです)。「何も考えてなかった」というのはたぶん、夢を覚えていられないのと同じで、ほんとうは考えていたのに、すぐに忘れてしまったのです。 裏返せば「頭の中で何かを考えている」とは「頭の中で何かを考えていることを意識している」状態を指していると言えます。人は誰もが頭の中/心の中で、絶えず何かを話している。 * 本記事の抜粋元、『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)は、読み終えると、なぜか「書ける自分」に変わっている!ーーそんな不思議な即効性のある、常識破りな本です。ぜひ、ご期待ください。 書くことは考えることーー あなたはなぜ「書けない」のか? 「メモを取る」段階から「書くこと」は始まっている…記憶と創造をつなぐ「メモの効用」

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